執念の大蛇
ここで怯んでなるか、と隊士たちは怒りの湊に構わず攻撃を続行する。
特に
アキラ・セイルーンは湊の怒りに何らプレッシャーを感じていないようだ。
「凄い顔だけど、美人の怒り顔と考えると、それを向けられるというのも乙なもので……」
「じゃから、湊は男じゃろう?」
場にそぐわないことを考えているアキラに、パートナーの
ルシェイメア・フローズンはツッコミを入れる。
アキラは湊が女性を演じる男性ではなく、本当に女性なのではないかと考えており、事実を確かめるべく湊に仕掛けていた。
「大体、中身が蛇じゃあんなことやこんなことも出来ないじゃろ。そこのところはどうなんじゃ」
「蛇のまぐわいは情熱的だぜ? ってそうか、弱らせて人間形態に戻せばいいんだ! そうと決まれば……」
そんな会話の中で、アキラは攻め口を見出す。『四季符・春』を振るい、『氷牢の印』から放たれる冷気でひたすら湊の周囲を冷やしていく。こうすれば低気温に弱い爬虫類は弱体化するはず、とアキラは考えたのだ。
だが、湊が動きを鈍らせる様子は一切ない。怒りによって体温が上がっているためか、そもそも蛇としての特性を継いでいるわけではないのか、因果関係は不明だ。
「はぁ、全くあやつは」
そんなアキラを放っておいて、ルシェイメアは『裂吸斧』を振るい、湊の背後を脅かす。湊は怒りで攻撃的になっているが、いつ冷静になって距離を取られるかもわからない。そのため、咄嗟に後ろには引けないように退路を塞ぐのがその目的だ。
また、背後から攻めると言っても雑にはいかず、常に反撃に備えてヒットアンドアウェイの要領で攻めている。こうすることで、退路を塞ぎつつ集中力を削ぐことに成功している。
(欲を言えば、吸収や冷気でもう少し弱体化を狙えんかと思ったんじゃが……)
見た目には湊が弱体化しているかどうかはわからない。蓄積されたダメージこそ確かなものの、怒りによって能力は引き上げられているかのようにさえ見えるのだ。
(これだけやってもなお、油断ならない相手とは恐れ入るな。ここは素直に、連携を取ろう)
高天原 壱与は『霊子端末弐号』で密かに金川分校組と連絡を取り、連携を提案する。
押せ押せの展開ではあるが、真正面から押すだけではあまりにも危険。同時に多方向から攻めることで、徹底的に湊を攪乱した後に決めにかかるのが最も良い。
壱与の助言を受けた金川分校組は、いつもの役割分担を一度解き、三者三様の攻撃手段を多方向から行い始めた。
「よし、私も動くぞ!」
金川分校組の動きに合わせて壱与も攻撃を開始する。まずは『八重山吹』を実行し、周囲に花びらを舞わせる。花びらは舞うだけで湊の集中力を削ぎ、使役する式神たちへの攪乱効果も発揮される。
しかし、真の目的は別にあった。
「道が見えました……行きます」
舞い散る花びらを見て、
西村 瑠莉が行動を開始する。その移動方法は『睦美流伍ノ型・飛石』による花びらを足場にした通常ではあり得ないものだった。瑠璃はその移動方法に『睦美流肆ノ型・行雲流水』、『星華一天』を組み合わせて守りの歩法とし、湊に仕掛けた。
ある意味、空中を自由に飛び回るより予想のつかない瑠莉の動きに、湊は上手く対応できない。空中で足を踏ん張ることができるというのも、瑠莉が近接戦闘を行う上で重要な意味がある。『狂骨刀』による斬撃に、自身の体重を乗せることができるからだ。
湊が反撃しても、そもそも防御を意識した構えを取る瑠莉は落ち着いて『雷閃之振』で攻撃をいなし、返す刀で雷を纏わせた斬撃を見舞う。このカウンターは、一見すると刀の射程外に思えても、適時『透伸』で刀の長さを操作することで間合いをほぼ無視して行うことができるため、瑠莉がどこにいても湊は気を抜けない。
「さて、今の内に……」
湊の意識が完全に瑠莉へと向けられている間に、
西村 由梨は『五星流参ノ型・夕霧』を実行して周囲から迫る式神の足止めとすると、『燐光の払弓』に『春驟雨』の光槍を番え、湊への射撃に集中できる環境を作り出す。
狙うは湊の目と鼻の間。由梨は湊が蛇と同じく、暗闇でも熱を感知できるピット器官があると見ている。そこを潰すことで次の手を打てるようにするのが彼女の狙いだ。
ただ、ピット器官の有無を問わず、顔面を狙撃すると言うのは極めて難しい。通常ならば、そんなところを晴驟雨で射貫かれればそれだけで決着となるだろう。案の定、由梨の矢はなかなか湊には当たらない。
(少しでも感覚が鈍ってくれればいいの……)
当たらないまでも、湊は由梨が必殺の一撃を狙っていると判断し、その存在に注意を払い始める。この分ならば、或いは感覚器を破壊できずとも、自分たちの立てた作戦は成功するかもしれない。
いや、ここまで来たら、もはや強引に持っていくしかない。
「準備を始めル」
湊に引導を渡す役割を担う
リルカ・ハートカラーズはそう判断し、自身の能力強化を始める。身に着けた『碧朧』の力を解放することで青い炎を纏うと、『一織流参ノ型・火龍』によって発せられる炎と組み合わせることで防御力、そして文字通りの火力を獲得。雨粒はその熱によってリルカに付着する前に蒸発している。
炎と蒸気に包まれるリルカは、そこから更に『潜能解放』を実行することで異形と化し、身に着けた『般若赤面』を体内に取り込み身体能力を強化する。
その急激な霊力の増大を、由梨や金川分校組を相手取る湊は戦いながら察知する。
「わたしに付き合ってもらわ」
湊はすぐにリルカを片付けようと標的を変えようとするが、そうはさせじと割り込んだ
狐塚 雪に妨害された。
雪は湊から放たれた攻撃を『雪結晶の盾』で防ぐと、すぐにカウンターとして『冬霧』による『天氷』を見舞うことで湊の凍結を試みるが、流石にそれだけでは湊を凍結させることは愚か、動きを鈍らせることもできない。
もっとも、それは雪の予想通りの結果。彼女の目的は、リルカの道をこじ開けること。
「さぁ、道を開くわよ……!」
雪はその言葉とともに、『潮流斬』を実行。放たれた水しぶきは冬霧の冷気によって凍結し、氷の壁を形成する。壁は道を成し、短時間の間壁の外から式神や湊が展開した霊符の攻撃を防ぐ壁として機能する。
「覚悟しろ、湊っ!」
「っ!?」
しかし、リルカがその道を猛進するより先に、壱与が『天道の印』を、
日輪の鴉が『日輪』を実行する。
てっきり次の瞬間にはリルカが突っ込んでくると構えていた湊は、天道の印から放たれた光線をまともに浴び、強烈な光によって一時的に視力を奪われる。
「し、しまった……!」
「さぁ、覚悟しロ……」
湊はリルカの声が聞こえたと同時に、熱の塊が接近してくるのを感じる。
爆発的なスタートを切ったリルカは、勢いのままに湊へ肉薄すると、『一織流伍ノ型・緋灼』で炎を纏った平突きを『阿修羅拳』の要領で放った。
リルカの突きは、視界を奪われたことですぐに強化していた湊の防御を斬り裂き、その肉体に届いていた。
「ぐうううッ!!」
「これで終わりじゃありませんわ」
更に、ダメージを受けて身を屈めた湊の頭上から、その首を落とさんと瑠莉の狂骨刀が迫る。
「がッ……!」
しかし、浅い。流石に急所の防御力は異常と言えるほどに固められており、一撃で斬り裂くのは難しいようだ。
「決めるわ……!」
だからと言って、この好機を逃す手はない。そう判断した由梨は、即座に『天鼓雷音』を実行。強烈な雷で、湊を撃ち抜いた。
一行の攻撃は、湊の肉体にも、霊体にも深々とダメージを与えた筈だ。だと言うのに、未だ湊は直立している。これは、雷を浴びたことによる筋肉の硬直ではない。その証拠に、その目は殺意に爛々と輝いている。
「落とす……!」
ならば、湊が倒れるまで攻撃を続けるべし。そう判断した瑠莉は再び狂骨刀を構え、斬り伏せようとする。
「ウゥ……!!」
しかし次の瞬間、湊がうめき声を発すると同時に、その身に貼り付いていた霊符から霊力が放出された。
もはや死に体のはずだと思っていた瑠莉は驚いて身を翻そうとするが、防御は最早間に合わない。
「危ないッ!」
そこに割り込んだのは、二階堂 夏織 キャロラインだった。夏織は結界符を全開で展開し、湊から放たれた強烈な霊力の奔流を阻み、瑠莉を守った。
「助かりましたわ……」
「無事で何よりよ。でも、ヤツはああ見えてまだまだやる気のようね」
湊を見ると、その姿に生気はないと言うのに、霊力がどんどん膨れ上がっている。豪雨は彼の周囲だけ強くなっており、操る式神の動きが怪しいながらも荒々しいものになっていた。身体から放たれている霊力は、近付くだけで危険なほど汚染されているようだが、その様子は湊の霊力が漏れ出しているも同じだ。
苦し紛れの、最後の抵抗のつもりだろうか。
しかし、油断していい相手ではない。その霊力が完全に尽き、命が潰えるその瞬間まで、勝敗は決していない。
だが、終わりの時は近い。