怒れる湊
相手は七難会の大幹部。ただ一手で戦況を覆されることも考えられる。だからこそ、この優勢は維持しなければならない。
羽村 空は湊に一息つかせることが今は最も悪いと考え、仕掛け始めた。
「こっちにはまだまだあの手この手があるんだから!」
空は湊を慌てさせる言動とともに、『流水の印』と『氷牢の印』を組み合わせて作った氷の足場を滑りながら立ち回る。
この立ち回りは、ただただ滑り回っているのではなく、常に湊との距離を一定に保つように移動しつつ、『御風の印』を適時放つことで牽制することが主な目的だ。そうすることで湊の集中力を削ぎ、休む暇を与えずにいられる。
また、湊がイラついて放った攻撃が不意に当たることもあると予想し、自身に『跳返の印』も施してある。先ほどのような雷を落とされれば無為に終わるが、単純な攻撃なら反射することで逆にチャンスに繋がることもあり得る。
「あの方に合わせましょう。今は、様子を見る場面ではありません」
空がひたすら牽制、攪乱に動いているのを見て、攻める手が必要と感じた
イリーゼ・ユークレースが動く。イリーゼはパートナーの
桜・アライラーと、桜の伴侶である
エリル・アライラーに『霊分』を施し強化することで、自分たちのスタートの合図とした。そしてスタートと同時に、落雷攻撃を封じるべく『絣の祝詞』を読み上げる。
「まずは、機先を制しましょう」
ところが、最初にスタートを切ったのはエリルのパートナー、
Agent・Eだった。Eは『疾の脚』で強化した脚力を以てスタートすると、すぐに空との連携を開始。攪乱する空が作り出した湊の隙を大きくすべく、真正面から『烈閃籠手』による格闘戦を挑む。
攻めっ気を前面に出してはいるが、Eの目的は空と同じく湊の注意を引き付けることと攪乱だ。こうやって動くことで、まずはイリーゼの絣の祝詞を妨害させないようにする。
しかし、最大の目的は本命を悟らせないこと。
本命を担うのは、桜とエリルだ。が、二人にはまだ戦闘準備を整えた以上の動きはない。
また、起点もEの行動からだ。彼女の行動が上手く行かなければ、その後に続く本命もまた、スタートすら切れない。
Eは集中力を最大限に発揮し、空と連携しながら事を起こす機を待つ。
そして、その機はすぐに訪れた。空を討ち取れると判断した湊が攻撃を加えた瞬間、密かに張っていた跳返の印が発動したのだ。反射のダメージは、実際のところ無いに等しい。避ける必要も、守る必要も無かった湊は追撃を加えようと、空への再攻撃を行った。
(ここですね……)
その瞬間、Eは動く。霊符による湊の攻撃と入れ替わるように、Eは湊に肉薄。『潜能解放』を実行し、自身の能力を強化すると、そのまま湊の胴を狙って渾身の『獅子吼』を見舞った。
湊の身体が大きく歪む。が、蛇の身体となっているためか、そのダメージは見た目ほどではないだろう。
それでもいい。隙を突いて強力な一撃を放った自分に、注意を引き付けられれば起点の動きとしては成功だ。
その目論見通り、湊は空からEへと標的を変える。後方で控えている、桜とエリルへの意識は、ほぼ無い。
「行くぞッ!」
獅子吼に合わせて先に動いたのは、エリルだ。エリルは手にした『地噛』に『燿刃』を施すと、『霊子噴進靴』を用いて大跳躍すると、湊の頭上から『一織流壱ノ型・炎心』で強化した『千裂』を見舞う。
「く……また上からっ……!」
その狙いには、湊の首を落とさんがための必殺の意志が多分に含まれていた。強烈な斬撃を湊は無視できず、防御を上空のエリルに集中させる。その甲斐あってか、湊は防御用の霊符を多く消費しながら、エリルの攻撃をほぼ完全に防ぐ。
「イリーさん!」
「えぇ、わかっておりますわよ」
エリルの動きに合わせ、今度は桜とイリーゼが動く。
エリルが湊の首を落とそうとしたのは本当だ。しかし、その狙いの他にも、注意を引き付ける役割も担っていたのだ。そのための殺意であり、これだけやらねば注意は引き付けられないと考えての行動だった。
Eと空、そしてエリルのフェイントに紛れ、イリーゼの『溌呼』によって防御力を引き上げられた桜が、ついにスタートを切る。
そのスタートは『胆力の青水晶』の解放と『潜能解放』による強化によって切られており、『縮天翻地』によって万全の態勢であっても正確に迎撃できるかどうかはわからないほどの速度だ。
「この拳で……ぶち抜くのみー!」
その勢いのまま、桜は『烈閃籠手』による『阿修羅拳』を、湊の胴体に見舞った。
「ォ……!」
苦し気な声とともに、湊の胴体は大きくひしゃげる。桜は残心しながら、確かな手応えを感じる。
だが、湊は前のめりに倒れそうになるのを必死に抑え、踏みとどまる。
「汚らわしい拳なんかで、この私をっ……!」
血を吐きながら、湊は態勢を立て直そうとする。表情は苦痛と怒りに歪んでおり、広角には血の泡が溜まっている。それでも尚、湊に戦意の衰えは感じられない。その激昂に身体がついて行かないだけ、と言ったところだろうか。
ならば、ダメージが明らかな内に勝負を決さねばならない。
「いいや、お前はその拳に敗れるんだ」
そう言って霧の中から現れたのは、
コトミヤ・フォーゼルランドとそのパートナー、
ソッソルト・モードックの二人だった。霧はソッソルトの『輝麗錫杖』から発されたものであり、マガカミとしての側面の強い湊の式神は力を奪われ、二人になかなか襲い掛かれずにいる。
「場は十分に整っているわ。臣下、始めなさい」
ソッソルトはそこから更に、この勝負を決して邪魔させないとばかりに『八乙女舞』を踊る。
「了解だ、王様……!」
式神による不意打ちをほぼ完全に防いだ状況で、コトミヤは湊に仕掛ける。
距離を詰めたコトミヤは『紫垣流壱ノ型・剛決』の構えとともに格闘戦を展開。手数を重視した攻撃で『闘魂肢巻』の性能を徐々に上げ、一撃の重みを増大させていく戦術は、時間の経過とともに湊にとっての危険度が増していく。
「舐めないで頂戴……!」
傷ついても、やはり湊は強力なマガカミであることに代わりはない。本来不得手である格闘戦に、霊符を操ることで上手く対応している。やはりその立ち回りは防御的であり、一見するとコトミヤのミット打ちのようにすら見えてしまうが、ダメージは上手く散らせている。
両者決め手を欠く戦況ではあるが、そうなれば不利なのはダメージが深い湊の方だ。もはや付き合っている場合ではないと感じた湊は間合いが開いた瞬間、攻勢に転じる。防御に当てていた霊符を拡散させ、多角的な攻撃でコトミヤを攻めようとする。
「焦ったな、湊!」
しかしコトミヤは湊がガードを下げる瞬間を待っていた。湊がどのような攻撃をしてくるかなど考えず、ただ、その拳を湊の深いところへ届かせるために注力していたのだ。
コトミヤは瞬時に『双乃身』を用いて足を変形させると、『霊子噴進靴』を起動することで一気に湊への距離を詰める。
更に『四臂化』で腕の本数を増やして異形と化すと、身に着けていた『般若赤面』を身体に取り込み、勢いのままに『金砕拳』で強化した拳を叩き込んだ。
「うぐっ……!」
防御が薄くなった湊の腹部に、コトミヤの拳が炸裂する。湊はすぐに展開した霊符を防御に当てるために戻す。
「まだまだ!!」
コトミヤは湊が防御態勢を取ったのを見て畳みかけるべく、四本の腕全てを失うつもりで金砕拳を施し、拳を連続で叩き込む。
残酷なほど強烈な拳が、一撃、また一撃と叩き込まれる。
だが、まだ湊は倒れない。防御に特化した態勢を取っていることは見てわかる。
ならばダメージのほどは? 殴り続ければ倒せるか? 本当に防御に集中しているのか?
もし、こちらの隙を伺っているのなら、ここでの攻撃は手痛いカウンターを誘発する恐れがあるが、ただ防御を固めているだけならば決定機を逃すことになる。
「臣下! 退きなさい!」
「っ!」
後ろから放たれたソッソルトの声で、コトミヤは湊から距離を取る。
次の瞬間、目の前に強烈な雷が落ちる。あと少し後退が遅ければ、直撃を受けて倒れていただろう。
しかし、危機はまだ去っていなかった。湊は霊符を再び展開すると、コトミヤに一斉攻撃を仕掛けたのだ。
「く……!」
「下がってください!」
その言葉とともに現れたのは
成神月 鈴奈だった。鈴奈は絶体絶命のコトミヤの前に立ちはだかると、湊が放った霊符による攻撃を、全て自身で受け止めた。
「うぅっ……!」
まともに湊の霊力を浴びた鈴奈は、その場に膝を付く。コトミヤを守ることには成功したが、代わりに今度は自身が危機に陥る。
しかし、鈴奈も無策で突っ込んだわけではない。既に彼女の援護をすべく、パートナーの
モニカ・ヴァネルと
コレット・アンブローズが駆け付けていた。
モニカは鈴奈の前に立ちはだかり、コトミヤとともに湊を牽制し、コレットはすぐに鈴奈を癒すべく『栄気』を施す。
「大丈夫!?」
「え、えぇ……自分でも無茶だとは思いましたが、どうやら師匠のおかげで耐えられたようです」
鈴奈は後方で霊符・河伯による結界を張っている碧斗を見る。隊士たちの防御能力は、彼のおかげでかなり強化されている。もし、この結界が無い状態で今の攻撃を受けていたら、跡形も無くなっていた可能性がある。
しかし、これくらいならば。鈴奈はダメージを受けつつも、手応えを覚えていた。そして、十分に傷を癒すと、再びモニカとコトミヤの戦場に舞い戻り、一転して攻撃的な立ち回りを見せ始めた湊の攻撃を受け止め始めた。
その立ち回りは、符術士でありながら前衛として他の仲間を支える壁役のようだ。おかげで、モニカとコトミヤも攻勢に転じた湊に臆することなく攻撃を放てている。
(なるほど、彼女の意図は読めました)
そんな鈴奈の立ち回りを後ろから見ていた碧斗は、鈴奈の目論見に気付く。そして、鈴奈を守る防御結界を強めた。
(師範……ありがとうございます)
碧斗の加護に気付いた鈴奈は一層壁役として駆け回り、多くの攻撃を受け続ける。
そして、機は訪れた。
「霊力は十分に頂きました。お返しします!」
その言葉とともに、鈴奈は『未妙の枝符“玄妙の枝符”』で強烈な閃光を湊に向けて放った。
「な……!?」
湊はこれまでひたすら防御に動いていた鈴奈が、突如として放った霊力の塊に反応がおくれ、まともにこの一撃を受ける。
鈴奈は、ただ防御に徹していたわけではない。『帯霊陣』を敷き、『仁科流壱ノ型・波紋』と『仁科流弐ノ型・水輪』の構えで湊の攻撃を受けることで、ダメージを最小限に抑えつつその霊力を溜めていたのだ。一種の賭けであったが、鈴奈がコトミヤを守ったときからこの作戦は始まっており、溜められた霊力は相当なものだった。
仁科流の戦術である鈴奈の立ち回りに湊が気付かなかったのは、コトミヤとモニカによる格闘戦に対応していたこともあっただろう。逆に、当主である碧斗は作戦に気付き、鈴奈を支援した。
「このままブッ潰すッ!!」
大きなダメージを受けた湊を討ち取るには、ここしかない。モニカはコレットから『霊分』による霊力の強化を受けると『潜能解放』を実行。その身体能力を強化すると、『霊子噴進靴』で一気に湊への距離を詰め、『金砕拳』で強化した『烈閃籠手“烈竜籠手”』で『練気の拳』を叩き込んだ。
湊は必死に自身の防御を固め、モニカの攻撃に耐える。霊符は次々に役目を終えて剥がれていくが、湊も必死だ。これ以上のダメージを負うまいとカウンターなど狙わずにひたすら防御力を高め続ける。
程なくして、モニカの拳すら通らなくなるほど、湊は自身の身体を硬化させた。物理的には勿論のこと、霊体へのダメージすら通さないほどの防御結界だ。見た目には、大量の霊符に封印された大妖に見える。実際、その状態では身動き一つ取れないだろう。
「チッ、ミイラかよテメェは……」
モニカは無駄を悟り、一度退く。
ようやく攻撃が止んだことで湊は身体に巻き付けた霊符を剥がし、ようやく動けるようになる。
「……っはぁァァ……! おのれ、よくもここまで……!」
露わになった湊の顔に貼り付く、疲労の色に塗れた憤怒の形相。思わず立ち竦みそうになる迫力がある。
だが、それは逆に湊も追い詰められているという証左だ。