雷
湊は再び使役する式神の数を増やし、時間を稼いで受けたダメージを癒すつもりのようだ。
しかし、式神の動きが乱れている。どうやら湊の動揺が式神に伝わっており、その動きから精緻さが失われている。
「次から次へと、邪魔なのよ!」
そんな戦闘能力の落ちた式神に、
瑞浪 しずは次から次へと襲い掛かる。その意図は当然、湊を休ませてなるものかというものだ。
加えて、ここで式神をあっと言う間に撃退できれば、それは更に湊を追い詰めることにも繋がる。ならば、ここは多少派手であっても強引に式神の数を減らしていくべきだ。しずはそう考え、戦っていた。
しずの武装である『烈閃籠手』による強烈な一撃を惜しみなく使い、多くの式神を衝撃波で撃破していく。衝撃波のクールダウン中は素早く動きながら戦い続け、十分な冷却が終わればすぐにまた衝撃波を放つ。正に大暴れである。
その戦いぶりを見て、湊は式神の使役に力を入れようとするが、流れはあまり変わらない。徐々に、湊への道は開かれていく。
その道を一気に駆け上がらんと、
ダークロイド・ラビリンスの一行が攻め上る。
「豪雨の中での闘いとは、気が昂るな……!」
ダークロイドの立ち回りもまた、しずと同様に荒々しいものだった。標的を湊に定めつつ、その前に立ちはだかる式神は『烈閃籠手』で殴り飛ばす。その様子は、さながら戦闘狂と言ったところだ。
「ったく、無鉄砲に戦うんじゃねぇよ!」
「警戒しながら戦わないと、ですね。まぁ、いつも通り耳に入っていないようですが」
パートナーの
卯月 神夜と
エドルーガ・アステリアは、そんなダークロイドが不意を打たれないように脇を固めている。
しずが周囲で暴れ、ダークロイドが湊に対し真っ直ぐに暴れながら接近する。戦場はは荒れに荒れ、ダークロイドの一行は程なくして湊を射程距離におさめる。
「会いたかったぞ……!」
言うや否や、ダークロイドは湊に殴り掛かる。が、湊は先ほどまでの能力を落とした式神ではない。ダークロイドの拳は湊の防御に阻まれ、まともなダメージを与えられていない。
にもかかわらず、ダークロイドは同様の戦法で湊を殴り続ける。湊から放たれる反撃は神夜、エドルーガの手によって阻まれ、ダークロイドは攻撃に専念できているが、それでもリスクに対してリターンが小さすぎる。
しかし、三人はそんなことなどいつものこととばかりに戦闘を続行する。何とも歪な連携ではあるが、まだ倒れてはいない。
両者ともに、まだ余裕はあるのだが、周りから見ればダークロイドたちは孤立無援で湊とやり合っているように見えてしまう。
その様子に慌てて行動を開始したのは
白波 桃葉の一行だった。桃葉たちはダークロイドを援護するため、開かれた道が閉じる前に、一気に進み駆け付けることに成功した。
「私が相手よ!」
桃葉は駆け付けるや否や湊の注意を引き付けるような動作を見せる。その動きは『機巧霊時計』の加速を以て行われており、湊を攪乱するのが目的だった。そうやって立ち回りながら、『霊子火縄銃』で銃撃を行う。近接戦闘のみを行うダークロイドと、中距離から銃撃を加える桃葉による即興の連携は相性がいいようだ。
桃葉のパートナー、
早乙女 綾乃は折を見てダークロイドたちは桃葉に『気吹』を施すことで傷を癒す。一応、念のため『燐光の払弓』を持っているが、彼女の役割はあくまで味方の回復だ。その回復に使う霊力も、『活霊の面』で軽減しているため、癒すことに集中すればかなり長い時間仲間たちの支援を続けることができるだろう。逆に言えば、攻撃している暇などない。
「流石にこれだけだと、押し切れそうにないわね……」
「僕らも加わろう!」
桃葉が割り込んでから暫くは有利に事が進んだが、今では既に湊の対応に余裕が出来つつある。だからと言ってこのまま押し返されてなるものかと、桃葉のパートナー、
麦倉 音羽と
藤崎 圭が参戦する。
音羽は桃葉の隙を埋めるように『祓禍の光』を放つことでアシストする。威力こそ低いものの、相手はマガカミとしての面が前に出ているため、おいそれと無視はできないだろう。また、不意を突かれた際の対策として『雀の呼び符“瑞鳥の守護符”』で使役する雀も待機している。
圭が連携するのは、前衛として戦い続けているダークロイドだ。『空刀』を抜き、攻め続けるダークロイドの合間を縫って斬撃を見舞う。その攻撃もやはり、自身やダークロイドを守るための迎撃的な役割を担っている。
また二人はその他にも湊が使役する式神による不意打ちにも備えている。ここは誰が何と言おうと敵中なのだ。前にいる湊にばかり集中していると、背後から式神の急襲を受けるということもあり得る。そのため、音羽と圭は常に式神の存在を感知できるように注意を払い続けている。その警戒はこれまで功を奏し、ダークロイドや桃葉に式神の魔の手は伸びていない。
ただ、状況は良く見積もっても膠着状態と言わざるを得ない。このまま決め手に欠けた戦闘を繰り広げても、永遠に湊を討ち取ることはできないだろう。それは、湊の前の前で戦っている隊士たちも理解していた。
「あぁもう、鬱陶しいわぁ!」
そんな状況を動かすべし、と先に行動を起こしたのは湊だった。湊は大声と共に、周囲へ落雷攻撃を行ったのだ。声とともに前衛組はすぐに引いたため直撃は避けたが、命中すればひとたまりも無かっただろう。
このような攻撃を乱射されれば、最早近付いて攻撃などできない。雷を避けるなど、人間には不可能に近い。標的にされた者は、有無を言わさず丸焦げにされてしまうだろう。
「視界はいただき、だよぉ!」
湊と相対する隊士たちに絶望感が広がった瞬間、後方から暴風が吹く。同時に、大量の花びらが湊に襲い掛かった。
湊を攻撃したのは、
エレミヤ・エーケロートだった。エレミヤは湊の視界を塞ぐべく、『四季符・春』を用いた『八重山吹』を実行し、大量の花びらを湊に纏わりつかせていた。
「このっ、花びらぁ……!」
突如視界を奪われた湊は、必死にエレミヤの放った花びらを振り払おうとするが、エレミヤは攪乱を続ける。もし、この攪乱を看破されてしまえば、雷は自分や他の隊士たちに落ちることになるだろう。そのため、彼女は必死に湊を攻撃し続ける。
そして同時に、エレミヤは湊の霊力を乱すべく『絣の祝詞』を読み上げる。先ほどの雷は半ば悪天がもたらす自然現象、半ば湊の意図した攻撃と言ったところのはず。上手く扱わねば、自分に雷が落ちることもあり得る。ならば、霊力を乱されればおいそれとは使えない攻撃のはずなのだ。
「さて、俺の出番みてぇだな?」
そう言って現れたのは、エレミヤのパートナー、
十朱 トオノだ。トオノは既に戦況は次の段階に移ったと感じ、彼唯一の腕である左手に『錆喰』を持ち、湊に仕掛けた。
トオノはまず、挨拶代わりに斬撃を放つ。視界を塞がれている湊はこの斬撃をまともに受け、同時に視界が薄い状態で敵が肉薄していることを認識。否が応にも、その注意はトオノに引き付けられる。
彼の目的は、エレミヤへの注意を自分に逸らし、その間にエレミヤに攻撃の準備をさせることだった。
トオノは少し自棄を起こし気味の湊の攻撃を『心円』で合わせて錆喰を振るい、攻防に役立てる。必死に攻撃してくる分、負担は大きいが、もしもの際には『破刀』の準備もある。この分なら、至近距離で充分に対処できるはずだ。
(準備完了だよぉ!)
「了解だァ……!!」
程なくして、エレミヤから合図が出される。その瞬間、トオノは瞬時に『三井流参ノ型・天昇』を実行。斬撃と同時に、強烈な爆風が湊を襲う。
「ぐぅっ……!?」
トオノは天昇は確実に湊を捉えた。しかし同時に、その爆風はエレミヤの放った花びらをも吹き飛ばしてしまった。
湊はようやく視界を得て、敵を認識する。至近距離で戦っていた隻腕の血刀士と、
「なっ!?」
万全の準備を整えていた、エレミヤと、彼女が設置した霊符の存在を。
「行くよぉ! 兄さん、離れてぇ!」
トオノがその場から急速離脱した瞬間、エレミヤは『束雷の印』を発動させる。
轟音とともに四方から放たれた雷は、湊を撃ち抜いた。
「……ッ!!」
雷は湊に命中。彼が纏うように扱っていた霊符も、その役割を終えてその場から消滅する。
それはつまり、湊が鎧を身に着けて戦いに臨んでいたということだ。
「き、効いたわ……本当にねぇ……!」
確実に湊を撃ち抜いたと思われたエレミヤの攻撃は、その実、湊の鎧を破壊したに留まった。
しかし、エレミヤの放ったのは雷。討ち取れなかったとは言え、ダメージは確実に通っている。
加えて、湊の防御能力を大幅に低下させたというのは大戦果だ。
そして、戦況はまだまだ隊士たち優勢で進んでいる。