理性と本能の狭間1
「ところで楓師匠。話は変わりますが朝凪の能力、連続攻撃と相性がいいこと知ってて隠してませんか?」
自らの作戦を伝えがてら
綾瀬 智也が尋ねると、楓は霊刀朝凪を構えたまま口角を上げた。
「ほう、そんな使い方も出来るんじゃのお」
そんな返答にやれやれと肩を竦めた智也は、四季符・夏をかざして熱波と共に晴れの状況を作り出す。
その間、
エレナ・フォックスは離れた場所で自らの分身を生み出しながら飛び回っていた。
宿儺の振るう腕を掻い潜り、霊力によって生じた細かい刃を得物に纏わせての攻撃を繰り返していた。握り締める篝火によってその鋭さは増していく。
そして、空走下駄によってより高く飛翔した瞬間、纏火・刃桜は宿儺の二つの顔に向けて放たれた。
しかし、宿儺はそれを読んでいたかのようにするりと頭部をずらしてエレナの攻撃を避けた。
頭が二つある分、それぞれが互いを把握して動けるらしい。
「くっ……」
それでもエレナや周囲を飛び回るように動く隊士たちによって、宿儺の注目はある程度得られているようだ。
エレナは更に宿儺が本能へと傾いていくだけの時間を稼ぐべく、瓦礫を蹴って霊子噴進靴の霊力噴出で飛び上がるのだった。
一方の智也は、五行書によって見定めた場所に向かいながら祓行灯の霊力を解放した。
仁科流の波紋の型で射線上に力の通り道を作り、他の隊士たちが戦う傍ら、今度は瀑布の型を取り急急如律令を唱える。
(師匠、今です!)
智也が目配せすると、エレナの陽動により宿儺の視界から外れた楓が踏み込み、朝凪を振るう。
一瞬、動作の止まった宿儺の頭部目掛け、智也は威力を底上げした天道の印を放った。
『グゥッ!』
顎を跳ね上げるように命中した強烈な光に、宿儺の右の頭はきつく目を瞑る。
その傷もじわじわと癒え始めたが、ここで手を緩める訳にはいかない。
更なる隙を生み出さんと、
土方 伊織が霊子鞘『建雷』を握り締めて踏み込む。
(僕の実力じゃ、致命傷を与えるのは無理だと思うです。なら、出来る人がその一撃を与えられる様に隙を作るのが僕の務め……!)
これまでは離環による円の動きでの回避と陰陽進退の反撃で切り抜けてきたが、宿儺が一方の頭に衝撃を受けた今、動くべきと自然と足が進んだ。
霊力を注ぎ込んだ鞘から蓬燕を抜き払うと、斬撃と共に爆発が宿儺の足を襲う。
宿儺の足は地を踏み締め堪えているようだが、その傷は深い。
八乙女舞や祓穢警策で味方の援護をしていた
フリッグ・フェンサリルも、この時ばかりはと浄化の大弓を構え、矢を射った。
「あの翁の動きからこちら、流れが向いておるかのう」
更に好機と見た
クロノス・リシリアは打刀を構え、崩れ掛けの床を蹴った。
「何も関係ない人々を巻き込み生活を脅かしたこと、絶対に許さないよ!」
斬撃に少し遅れて、中空から霊気の炎が宿儺の足に襲い掛かる。
自分にも出来ることはある筈、だから皆のためにたったひとつの技に全てを込める。
そんな思いで放たれた攻撃。
クロノスが想像していたような連撃は叶わなかったけれど、それは宿儺に着実にダメージを刻んでいく。
隊士たちの立ち回りやマガカミの動きを鈍らせる術によって、宿儺の攻撃でダメージを受ける頻度はここまでそう多くはなかった。しかし、その身に纏う不浄の霊気は彼らにとってはやはり猛毒で、純粋な攻撃よりもこちらで苦しめられる羽目になっていた。
「はわ……こんなに毒気が強いなんて」
「やはり難儀な相手じゃ、これで少しでも持てばよいのじゃが」
毒に晒された伊織や周囲の隊士たちに、フリッグは気吹を用いて蝕まれた体力を回復させていく。
「毒に対処するスキルも用意しておくべきだったか……」
掌に集めた霊力で負傷者を癒しながら、
ジェノ・サリスは沈着冷静に状況を見極めて呟く。
自身は身に着けた清纏によって毒には掛からない状態ではあるが、宿儺の纏う不浄な霊力によって猛毒に侵される者たちが後を絶たない。
合間に祓穢警策でせめて味方の防御力を引き上げてはいっているが、自らの消費もその分増していく。それでも長期戦を見据え、猫丸参式を傍らにジェノは支援に立ち回り続ける。
タイガ・ヤカゲが救急セットを手に後方で応急処置に借り出されている中、パートナーの
風間 瑛心は厄除懐中合羽に身を包み、霧隠で自らの霊力を遮断していた。
多くの隊士たちに囲まれてはいるが、頭二つの思考に四つ足でどっしりと構えた宿儺相手に乱戦とは言えない状況。
けれど瑛心は隙を探りながら、宿儺の足下に忍び寄り左右からほぼ同時に斬り掛かった。流石にそれだけでぐらつくような相手ではないが、手応えを感じながら飛び退る。
(常夜煙管と朱砂切の猛毒を、同時に打ち込めればよかったんだがな……)
流石にそれぞれ一手必要な行動を、一度に行うことは出来ない。
それはそれと意識を切り替え、彼は更なる一撃を加える隙を探った。
(この世界で得てきた全てを乗せて……今こそ未来を紡ぐ一振りの刃と成りましょう)
強い霊力感知による予知と行動予測によって、
砂原 秋良は宿儺が振るう得物たちの間をするりと掻い潜り、霊子技術を用いて作られた特徴的な銃の引き金に指を掛ける。
「一織流奥伝、砂原秋良……推して参ります」
狙いを澄まし、清浄な霊力を付与した銃を撃つ。
宿儺の片腿に命中した銃弾は、ただ傷を与えるだけのものではなかった。
『クッ、何ヲシタ!』
その見てくれの様子からも、秋良の放った狩魔が負傷の回復を阻害していることは明らかだ。
『小癪ナ……』
地鳴りのような唸り声と共に、宿儺の瘴気が威容を増したように感じる。
しかし回復の術はすぐには取り戻せないらしいと見た隊士たちは、次々と攻撃を浴びせていく。
『エエイ集ルナ、目障リダ!』
自らを囲む隊士たちに向け、宿儺は足元の周囲を舐めるように剣を一薙ぎした。
予知をもってしても避けきれなかった速度に、秋良は黒塗りの鞘に納まった脇差をかざし流そうとするも、数人の隊士と一緒に吹き飛ばされる。
接した面に足を張って勢いを殺いだものの、ダメージは避けられなかった。
けれど彼女はすぐに立ち上がり、再び黒闇の引き金に指を掛ける。
(できる限りのことはしてみせますよ……諦める理由はなにもないんですから)
宿儺の眼前までは届かないとしても、砲身から撃ち放たれた霊力は閃光を弾けさせた。