崩れた邸にて
立花邸を目指して走る修祓隊の面々は、遠目にも見える小山のようなその存在を見上げた。
あれが立花幹久だったもの――九厄・宿儺だというのか。
近付けば近づくほど、無惨に崩壊した立花邸と宿儺の大きさ、その形相がはっきりと見えてくる。
急がなくては。
あの下で禍を精一杯押し留めているであろう
三井 楓たちの負う荷を分かち合うためにも。
四つの足に四つの腕、二つの頭部。
不浄な霊力を纏った宿儺の巨体を前に、立ち向かう四つの人影。
「ぐっ……この毒気は厄介だな」
「下がってください、ゴウ君!」
一撃を浴びせたものの、肩で息をする
轟 豪に、霊符を掲げた
浅間 早苗が声を張る。
宿儺の纏う霊力は一種の瘴気で、人には猛毒だった。
「ふむ……」
天下六霊槍のひとつである霊刀・朝凪を構え、楓は状況を見据える。
あとどれ程の間、この状況を維持できるのか――
その時、後方から一条の光が放たれ、宿儺の腿に突き刺さった。
見ればそれは、桜の模様が浮かび上がる着物をの袖をひらめかせ
アーニャ・エルメルトが掲げる柊八尋槍の穂先から発されたものだった。
その一撃を切欠に、立花邸の門を潜って駆けつけた隊士たちが瓦礫を乗り越え次々と構えを取る。
「気合を入れて刀一本をしっかりと握る、基本中の基本」
霊力の通りがよくなる朝凪の籠手で握り締めた蓬燕を素早く抜刀し、
騎沙良 詩穂は不浄の存在を払う狩魔の一撃を宿儺が漂わせる霊力に見舞った。
霊力を斬ることの出来る刀で、この不浄な気を削っていこうという算段だ。
その後方では
ロザンナ・神宮寺が、いつでも斎戒で毒気を祓えるようにと立ち回っている。
「兵器局の局長ちゃん自身が黒幕だったとはね~」
漂う不浄の霊気をものともせず、面を被った【金蓮花】の
シャーロット・フルールがその巨体を見上げた。
フレデリカ・レヴィが大掛かりな巫僧の術で放った太陽の力が光を放ち、
御子柴 瑞稀は床に手を突き土の壁を形成した。
「しょーたいむです」
柔和な笑みを湛える瑞稀だが、宿儺に向ける眼差しは冷ややかだ。
『フン、数ダケ増エオッテ!』
二本の腕が番える弓から放たれる無数の矢を、隊士たちは飛び退り、或いは転がり避ける。
「三井流、奏梅詩杏です。挨拶が遅れて申し訳ないですが、此度は共に戦わせていただきますのです」
攻撃を堪えた
奏梅 詩杏が改めて楓に声を掛けると、彼はうむと頷く。
「もう分かっておるとは思うが、心して掛かれよ」
「はい!」
詩杏は強く答え、木枯らしの型を取り星と龍の意匠が人目を惹く大鎌を振り被った。
得物に注がれた霊力により、斬りつけた部分から炎が噴き出た。
すかさず隆起した土壁を駆け登り、霊子噴進靴の機構により高く跳躍した
草薙 大和が刃に宿らせた旋風を次々と放ち、
草薙 コロナの斬撃に風による衝撃が押し寄せる。
黒鉤縄の鉤を投げて宿儺の斧の柄に引っ掛けた瑞稀は土壁を蹴って宙を舞い、彼の手から離れた霊符が光る花弁に変わって戦場に散らばった。
それを足場にシャーロットは睦美流の型で飛び回り、宿儺の足に斬りつけると共に霊力をかき乱す猛毒を流し込んだ。
始めから全力で攻撃に掛かった彼らだったが、その身に纏う霊力が宿儺の傷を次第に塞いでしまう。
その上、彼の不浄な霊力は猛毒として隊士たちを襲い、蝕もうとする。
「みんな、大丈夫?」
毒に耐性を持っているシャーロットは無事だが、備えのない者は容赦なく体力を奪われていく。
「回復するわ。災厄だろうが私たちは負けない!」
同じく装備で毒を遠ざけたフレデリカが、淡雪の如く降らせた清浄な霊気で仲間たちを癒していく。
もっと有利な状況を作り出したかったけれど、戦線の維持のために背に腹は代えられない。
宿儺の足元に迫りながら、アーニャが一点に集めた光を光線にして叩きつける。
「今の時代に突撃してくる槍兵というのも予想外でしょうか」
続くように詩穂は尚も宿儺の霊力に斬りつけ、その瘴気を削ぎ続けていた。
「再生するなら枯渇するまで! ……っ!」
しかし、漲っていた力に限界が走る。
服用していた昇力の秘薬の効果が切れ、強力な力を得ていた反動を受けたのだ。
「詩穂ちゃん! 少し休もう」
強い疲労感に身動きの取れなくなった詩穂を休ませようと、ロザンナは肩を貸して一度最前線を退くのだった。