■2-2.愛と殺意
――朝陽がどういう人間だったかって? そうね、すごく真っ直ぐで優しい子だったわ。でも、そうね。朱音に負けないよう努力を続けていたって意味じゃ、私よりずっと立派な子だったわ。
ある隊士……
火屋守 壱星の問いに、一橋 朱美はそう答えていた。対峙する敵――焔がどれほど朝陽の影響を受けているかは分からない。しかし、彼が拘りを捨て全力を出した今、朱音や自分たちを純粋に凌駕しようとしていることだけは隊士たち全員が理解できていた。
「鬼火が鬱陶しいな……だが!」
降り注ぐ炎の雨から逃れるように
養藤 祥花は霊符を放つ。それが解け編まれるように展開した霊力はなんとかその暴風を弾き力を逸らしていった。
「一橋先輩、兵器は私達にまかせてください!」
その間に組み立てた術式を立て続けに零号歩行砲へと放つが、決定的な威力は持ち得ない。己の無力さを歯噛みしながらも、祥花は諦めずに霊力を制御する。
「――――ええ。任せたわ!」
だからこそ朱美は祥花を信じて焔との戦いに臨む。朱音という高みに挑み続けた彼女だからこそ、諦めずに戦う祥花たちに背中を任せたのだ。
そうして前を向いて霊子兵器へと挑む祥花は、自身の身体が軽くなったように感じた。霊力を分け与えられた感覚に空を振り向けば、
別府 シエンが彼女に向けて霊力を分け与えていたのが見えた。
「焔も鬼火を出し続ければ消耗するはず! 零号歩行砲に攻撃が通用しないなら、祥花さんも鬼火の迎撃をお願いします!」
矢を放ちながらなんとか仲間たちを援護しようとするシエン。しかしその相手が鬼火であれ歩行砲であれ、その攻撃が直撃すれば撃墜は免れない。
「……一秒でも、長く保たせます……!」
歩行砲の攻撃を受けて後退するアイリスやルーテンシアたちを治療するため大きく翼をはためかせ、巨大な盾を出現させ治療を開始した。
それを更に遠い間合いから見つめていた
薬研 心乃は、白の弓箭を用いて光の槍を引き絞る。狙うはこちらを悩ませる鬼火、
「……確実に射落としていきましょう!」
その一撃は霊体である鬼火に対しても効果が見込める。一体ずつとはいえ、彼女の一矢は確実に鬼火の数を減らしていくだろう。
「心乃さんの懸念が正しければ、鬼火は歩行砲に取り憑くかもしれない……」
「ええ。そうなれば、仮に別働隊が枢を倒したとしてもその機能を停止するかもしれません」
そんな中隣で控えたひさゑは彼女とともに考えを整理しながら霊子端末でそれらの情報を共有していった。
「いやあ、それより早く倒してしまえばいいだけっす!」
そう言い放ったのは
金剛 楓夏。
晴海 志桜里とともに零号歩行砲の注意を惹きつけた彼女は、挑発を繰り返した結果鬼火や副砲の雨に晒され始めていた。
「鬼さん~こちら~手の鳴る方へぇ~っ♪ ってまたすごい来た! ……ひぇえ! 師匠ぉ~! 助けてぇえ~っ!」
いかに兵器といってもその動力に付喪神やマガカミを用いている弊害か、楓夏の分かりやすい囮に引っかかり歩行砲は雨あられと彼女へ攻撃を放ち続ける。楓夏は七転八倒とこれをかろうじて避け続けながら百面相を仲間たちへと披露していた。
「全く世話が掛かる弟子ですね……」
師匠、と助けを乞われた
ガレット・マクレガーは大きくため息をつきながら二連装の銃身を歩行砲へと向ける。楓夏がこちらにめがけて逃げ、歩行砲が自身を認識した瞬間、彼は撃鉄を起こした。
轟音。歩行砲から放たれた砲撃はガレットを粉微塵に砕いた……ように見えたが、それはただの幻。霧散した幻に紛れながら楓夏とすれ違うように飛び込んだ彼は、歩行砲の砲口目掛けて引き金を絞った。
歩行砲のそれに比べればささやかな砲音。拡散した炎の一部が砲口の中に入り込み甲高い音を響かせ炸裂した。
「楓夏ちゃんとガレットさんの生み出したこの勝機……これなら……っ!」
大きく歩行砲が仰け反るのを見るや志桜里が斬撃とともに深くその懐へと踏み込んだ。歩行砲の迎撃よりも早く、雷を纏った刃が歩行砲の装甲へと叩きつけられた。
「如何に堅牢な装甲でも、一点に攻撃を集中させれば貫けるはず!」
斬鉄の技術によって深く切り込む彼女に向けて、別の歩行砲がその砲口を向ける。
「!」
「――やらせるか! 頼むぜ、炎神!」
仲間を守るため待ち構えていた火屋守 壱星は炎神招聘符によって巨大な猿を顕現させる。猿の式神はつんざくような声を上げながらその歩行砲へと組み付いた。
お陰で主砲から逃れることができた志桜里は流れるように納刀すると、そこから続けざまに神速の抜刀術を繰り出した。都合四撃、先んじてつけた傷を広げ貫くように刃が走る。
傷は開かれた。そして、
「……力を制御する術を学び、思いを強く持って抗いなさい、と二階堂先輩は教えてくれた。
審神者の力は神州の調和を保つ為のもの――俺は、人々の平穏を護る!」
壱星は己の中に眠る信念を呼び起こす。霊力を振り絞り一気に加速した彼の踏み込みは、何よりも速く歩行砲の穴を狙う。
「おぉおッ! 伍ノ型・緋灼――ッ!」
歩行砲の動力部を狙ったその刺突は激しい衝撃でもってその巨体を揺さぶる。
「……これでもだめなのか……!?」
「火屋守の方のイッセー、動揺しない! はい猫ちゃん!」
「マヨル!? ……助かる!」
マヨル・プルウィウスの遣わしたからくり人形が、力を一気に放出した壱星へ急速補給していく。辺りを鋭く見回したマヨルは自分の信義のためにできることを探していた。
「トドメと行こうか、デカブツ……!」
そんな中で何者かの声がどこからか響く。壱星によって強烈な一撃を受けた歩行砲、その足元に当たる地中から
佐藤 一が飛び出した。豪腕によって大地を掘り進んできた一は完全に歩行砲の死角から攻撃を仕掛けることに成功したのだった。
「花から聞いていたが、お前らは動力にマガカミを使っているんだろう? なら……直接霊力を叩き込まれたら、どうなってしまうんだろうな!」
一の腕が闘気を纏い輝いた。雨垂れ石を穿つ……仲間たちによって集中攻撃を受けた破損箇所から動力炉への道を思い描く。そこにつながるよう、彼は装甲の薄い部分を見極めて拳を叩きつけた。
闘気が装甲を貫き内部に霊力を伝播させていく。動力炉のマガカミを浄化するため駆け抜けた力は、一の意図通りに荒れ狂い動力炉へ殺到する。
最後のあがきとばかりに押しつぶそうとする零号歩行砲に対して腕を増やすことで押し返そうとする一だったが、
「ビューティフル・シュガー、華麗に参上ですわ! 【わたくしのサルバトーレ】なら油断しないで下さいまし」
突如彼の目の前に現れた
佐藤 花が結界を張ったことで、その必要は無くなっていた。
「花!?」
「霊力が行きどころを失って誘爆しますわよ! 影結を使って拘束しているうちに離脱いたしますわ」
「……そうだな、すまん!」
花から伸びた影が絡みつき歩行砲の脚を止める。機能停止寸前であるからこそ二人は見事窮地から抜け出すことに成功した。周囲の鬼火を巻き込みながら零号歩行砲の一基が爆発し、大きな熱波に煽られる。
「ああ、もう汗だくになってしまいましたわ。とっとと終わらせて……次は涼しい場所に行きたいですわね」
「はは、同感だ」
焔の熱によって陽炎が生まれるほどの戦場。そこで爆発の熱波を浴びるとは実に嫌な体験であった。
「なんとかこれで一基か。……花の助言のお陰かね」
「おだてられれば嬉しいですが、まだまだ歩行砲は残っていましてよ?」
花が向けた視線の先、そこにはまだ二基の歩行砲が残っている。彼らが総出でかかってようやく一基、それでも倒せないことはないことが分かり、畢竟そう悲観的な状況ではないことも分かるだろう。
「マヨルの意気をむだにしないためにも、もう少し力を入れなければなりませんわね」
彼女の視線の先ではマヨルが懸命に戦場を駆け回っていた。
「もう! ちょっと真面目にしただけなのにこんなてんやわんやするなんて! ……今後はそっちか!」
歩行砲は一基だけではない。マヨルは誰からも妨害されていない歩行砲へと向き直ると、全身に霊力を張り巡らせながら大きく息を吸い込んだ。
「大技行くよ! 幾重に荒べ神の風、この天の権は今我に在り!」
手に持つ霊符にその力を注ぎ込んで放てば、それらはすべて花吹雪と転じて歩行砲を包み込む。それらは霊力の撹乱幕となって歩行砲の感覚を欺いていく。
――三基の零号歩行砲、うち一基は撃破も叶いました。他の二基もなんとか抑えることができています。……後は、貴方は一人ではないと一星が証明するだけです。
ガラにもなく彼女は真面目な調子で戦場に対峙していた。それもこれも彼女が深く入れ込んでいる火屋守……ではなく、
藤田 一星のため。
「イッセー、師範のために生きて!」
撹乱されたことででたらめな攻撃を繰り返す歩行砲。その砲火の隙間をくぐり抜けるようにして一星は焔の懐へと飛び込んだ。
「焔ァ!」
「ハッ! 前と同じように行くと思うなよ……!」
焔の持つ炎の刃と一星の持つ朱く輝く刃が衝突する。激しい火花を散らした剣戟は一瞬とはいえ焔を押し込んでみせた。
「皆さんは一度後ろへ!」
「……一星君は全部終わったら話したいことがあるんだよね。無茶しないで!」
「もちろんです……!」
朱音の言葉に答えるように声を上げた一星は、額に巻いた朱一文字を締め直すと焔と対峙するように刀の柄を握り直す。
「かっこつけるじゃねえか、なあ!」
「……惚れた方の前でかっこつけなくてどうする。お前の炎など恐れはしない……!」
焔の炎を受け止めその熱さに歯を食いしばる一星。苦悶の声も上げずにそれを振り払い、一気に霊力を高めていく。
「焔、その程度か……!」
「満足できないならもっと食らわせてやるよ!」
更に勢いを増す炎に己の刃を突きこんだ一星は、そのままその力を吸収するように霊力を循環させる。
「もらった……終わりだ、焔ァ!」
焔の炎は霊力へと転じそのまま風雷となってその身へ返る。一星渾身の一撃はそのまま焔の身体を貫いた。
「き、さ、まァ……!」
焔の纏う霊力に揺らぎが生じる。どれほどの負傷を受けたのか外見では分かるまいが、その声は焔の感じた屈辱がいかほどのものか窺いしれようものだ。
ちょうどその時、まるで笛をかき鳴らしたような耳障りな音とともに零号歩行砲がその動きを止めた。恐らく別働隊が枢を無力化したのだろう――未だ脅威となりうる二基もまた無力化されたのだ。
「ハ、ハハハハ! ああ、くそ! 結局残るのは俺だけか!」
それを理解した焔は哄笑する。それは捨て鉢の笑いか、いや――。
「偉そうにしてたくせに、てめぇも無様に負けたのかよ、枢。……もう退くわけにはいかなくなっちまった」
焔の想念が膨れ上がる。負の想念がマガカミの根源であるならば今の焔は殺意そのもの。周囲の鬼火が鳴動し、機能停止したはずの霊子兵器からも悲鳴めいた共振が響き渡る。笑みが消えた焔からは、濃厚な破壊の気配が漂っていた。