枢との決着1
あれだけ激しく降っていた雨が弱まってきていた。
そんな中、隊士たちは沈黙した霊子兵器の上に立つ枢と睨み合う。
御風の印で突風を起こすことで、
アイリス・フェリオは一時ではあるが
ルージュ・コーデュロイが楽器を弾けるようにと雨水を飛ばす。
(私に出来るのは、皆さんの後ろからのささやかな支援だけ。それで確実なものと変えてみせます)
アイリスの支援を受けたルージュは緋色の法衣の袖を揺らし、桔梗琴を爪弾く。
五星流の型、朧月夜で霊力に干渉しようとしたが、枢はこれを少ない動作でかわした。
陽の加護を受けた妖狐の豪奢な衣に身を包み、透霊の白無垢の結界で雨を逃れる
優・コーデュロイはパートナーたちによって強化を施された状態で、五星流の型により浄化の作用のある霧を生み出した。
けれど、これも枢の身の自由を奪うことはなかった。
その後の行動で薄々気付き始めたが、マガカミ相手であれば有効である筈の術が、枢にはそこまで効果が高くないようだ。
「もしかして枢は、マガカミではない……?」
思わず優は呟く。
枢の外見は、付喪神の幼い少女のようだ。彼自身がそう作り変えたのだと。
そして、三代目元内の示唆したことを知っていれば、枢がマガカミという訳ではないことも導き出せたかも知れない。
霊子襟巻で髪を自在に操り、黒鋼糸に引っ掛けながら立体的に移動する
諏訪部 楓は、耳をそばだてながら枢が何かを仕込んでいないか警戒する。
接近した楓は仕込み刀・溜を三井流の天昇の型で、素早く抜刀し、跳ね上げるように斬り掛かる。
「一人の付喪神として枢、貴方を必ず仕留めます!」
その一撃を軽くいなした枢は、少女の顔をわざとらしく憐れを誘うような表情に変える。
「なんて奴らだい、こんなか弱いアタシに寄って集って」
その直後、枢の体は二つに分裂した。影分身か? と、そう見る隊士たちの前で、二人の枢たちは動かなくなった霊子兵器や建物の上を跳ね飛んで別々の方向に散った。
分かたれた枢の一人の後を追った【卯ノ弐班】。
巡と名付けられた青い鳥型の霊子からくり人形が、その姿を捉える。
それを仲間たちに伝え、
麦倉 淳は意思を固めた。
(……必ずオレたちが、阻止する!)
「霊子技術の可能性は、私も理解するところだ。だが……それを、私利私欲の為に振るい誰かを傷つける者を野放しにはできん」
堀田 小十郎はそれにだ、と心で続ける。
(同じ久重元内ならば、私は仲間である三代目の想いを信じたい。ただ、それだけのことだ)
「手先が器用なのは結構だがよ……睦美の技術も、霊子技術も、てめぇは何のためにそれらを学んだって話だ」
肩を竦める
睡蓮寺 陽介。
梨谷 倫紀もそれに頷いた。
「久重氏の霊力技術は、世界を不安に陥れるためのものじゃないです……」
「この機に五星を狙う、か。彼、随分九厄に精通している節もあるし……禍根にならぬ内に止めるが吉ね」
八葉 蓮花は浄化作用を持つ風を流すように皆に広めた。
彼の行動は、他の七難会の者たちとどこか違う。
それでも、その行いが人々を傷つけることには変わりない。
扶桑の人々の安寧を護る為に、
小山田 小太郎は韋駄天の靴で雨の中を駆けた。
彼と
八代 優が境界の結界を班の面々に掛けることで、風雨への対策を行っている。
(彼の思想が人々の笑顔を曇らせるのなら……わたしはその行いを止める為、戦おう……)
意表を突こうと、陽介はザ・ファーストデイで周囲を闇に包み縦横無尽に光を走らせるが、枢はさして反応することなく身を翻す。
「ノリ、いつもの頼む☆」
辺りが暗くなったのを機に淳が頼み、倫紀はパートナーや仲間たちに強化を施したり守りを固め始めた。
「こっちが本命だ……詰めていくぜ、枢!」
陽介が本命として出したのは局所的に重力場を形成する虚彼岸だったが、これも枢は飛び退いて難を逃れる。
「伊達に隠密じゃないってことなのね……」
裾縫に光の矢を番えながら、優は呟いた。
「八葉さん……そろそろやってみていいですか?」
蓮花が頷くのを確かめ、倫紀は四季符・夏を掲げた。
熱波と共に、局所的な晴れの状態が作られる。が、それもすぐに雨に消えそうだ。
「ここでもたもたしてる場合じゃねぇな。いくぜ!」
陽介は結鏡の印を刻んだ一枚を頭上に投げ放ち、手許との間に窓を作る。
「二の太刀は要らないし、できない。全霊一刀……文字通り、この一刀に全てを込めよう」
それを潜りリープシューズの噴進で上空へ駆け上がった小十郎は、蜻蛉の構えで極限まで洗練させた集中力を更に高め、薙一閃を振り下ろす。
「如何に技術や技に通じていようと……目的を違えたそれを、通す訳にはいきません」
小太郎は黒蓮の念珠による浄化の波動を放ち、淳が黒双身から眩い銃撃を浴びせる。
「逃がさないわ」
一所に留まって久重式霊子小銃を構えた蓮花が、チャージショットを撃ち放った。
枢は一斉攻撃を舞うようにひらりひらりとかわしていく。
屈強な存在ではなく、隠遁や避けることに長けた隠密だからか。それでもダメージを与えるべく、彼らは手を緩めない。
(私自身が今、刀になっている!)
楓はその一念で、雷迅の型から霊力を送ることで硬化させた拳を、枢に叩きつけた。
その一撃に吹き飛ばされながら枢は歪んだ笑みを浮かべ、僅かな歯車を残して消滅した。
「確かに霊力は感じたのに……」
「ギミックというやつか!」
見禍でその気配を追っていた優は、枢本人ではなかったことに目を伏せ、小十郎も歯噛みした。
「ルシアくん。……闇の術者と戦った時の言葉、覚えてるかな」
【花千本槍】の
エル・スワンは枢を追いながら
ルシア・エルシオに尋ねる。
前回一緒に戦った際、彼はエルたちに『協力できることがあれば協力する』と言っていたのだ。
「それが今ってこと?」
エルに似た顔に『そうなんだろうな』と理解しているらしい表情を浮かべ答えたルシアを見返し、少年は頬を緩めた。
「うん、また君の力を貸してほしい」
そうしてエルは自分たちの作戦を伝える。
「わかった。でも、先に枢を倒せるならオレがトドメを刺してもいいんだよな」
やはりライバル的な対抗心があるのか、ルシアにとってそこは譲れないらしい。
「いいよ。大事なのは君と力を合わせられること。二人の力で、枢と七難会の企みを終わらせよう!」
「……なんか調子狂うんだよなぁ」
そう言いつつも、エルの返事に彼は納得したようだ。
二人の話が済んだ様子を見て、
信道 正義がルシアに話し掛ける。
「これが終わったら、助けてくれた礼はどこかで言わせてくれよな」
「え、何? オレは礼を言われるようなこと、したつもりはないんだけど」
むすっとした様子のルシアに、正義は「いいから言わせてくれ」ともうひと押ししたのだった。
雨降りしきる街角に、佇む枢を見付ける。
「アンタが区内に放たれた霊子兵器の親玉か。世界を救うためだ、仕留めさせて貰う……!」
「世界ねぇ、随分と大仰な」
言い放った正義に、クツクツと喉を鳴らして笑う枢。
歴戦の特異者が持つオーラを漂わせながら、後衛に立つ
納屋 タヱ子が皆に神咒を掛けていく。
(向こうも同じ睦美流の技を使えるなら、同じだけの動きとその上で動きを封じる手段を使う!)
跳流駆と黒鉤縄で機動性を確保し、立ち回る正義。
だが『同じだけの動き』とはならなかった。
「どうしたんだい? 威勢のいいことを言っていた割に、思うように動けていないようだけれど」
単純な力量としてか、その身に詰められたからくりのギミックもあってか、そのどちらもか。
枢の動きは正義の想像を上回っていた。
持ち主の霊力を吸い、磁場に干渉する妖刀の間合も把握されてしまい、効果的に引き寄せることも難しい。
霊子噴進靴の霊力噴出で跳び出した
ベルナデッタ・シュテット。
跳流駆の動きで枢を翻弄しようとするが、その技は彼の手の内でもあった。
「隠密の力ってのは、それだけじゃないだろう?」
からくりを展開しながら睦美の術を使う枢に、ベルナデッタは逆に翻弄されてしまう。
「ちっ、チョロチョロとうぜぇ奴だぜ!」
強い霊力を纏う羽織を身に着けた
クロード・ガロンの体は、羅刹の技によって一回り大きくなり、潜在能力を解放していた。
以前他の相手に破られた拳だったが、どんな相手であれ真正面からぶっ潰せるようにと修練を積み更に力を付けたのだ。
尚も装備とスキルで能力を上げたクロードが、枢に立ち向かっていく。
「……オレが、お前を壊す鬼だ。沈めよ、枢」
「ハッ」
渾身の阿修羅拳が放たれるも、枢は軽業のようにそれを避けた。
「いやぁ、真っ直ぐだねぇ。真っ直ぐすぎて、アタシにはちょいとばかり退屈だよ」
「なんだと!」
「待て、挑発だ。枢に乗せられるな」
激昂しそうになったクロードをベルナデッタが宥め、隙を作ろうと正義と共に果敢に挑む。
そのさ中、エルは五星流参ノ型・夕霧で浄化作用のある霧を発生させる。
けれど霧に惑わされなかった枢は、次々と反撃を仕掛けてきた。
タヱ子は負傷した仲間の傷を不浄を祓う息吹で癒していく。
「いくよ、ルシア君!」
長い刀身が淡い光を帯びた刀に霊力を込め、大きく振るうも跳び退った枢にルシアの攻撃諸共かわされる。
代わりに二振りの刃でより深く踏み込んでいたルシアの腕を、枢の刃が斬り裂く。
「くっ……」
「大丈夫ですか?」
腕の傷に霊力を注ぎ込んで癒し、タヱ子はその顔を見上げた。
「悪い、助かった」
(ルシア君、また……会えますよね?)
彼女の表情を目にして、ルシアは軽く瞬きする。
「どうしたの、そんな顔して」
「いえ……ルシア君とこんな風に関わって、結構経つなって」
「確かにそうだな……この国での戦いもひと段落つきそうだし、これが終わったら――」
元々ルシアはローランドにいた。
神州扶桑国に飛ばされてからは同じ隊士として戦ってきたが、それもひと段落ということなのだろう。
帰る方法はある。ゲートを越えてきた特異者たちが、それを示している。