制御装置を奪え1
――扶桑市・市谷区、やがて五星家の屋敷へと繋がる通り。
激しい雨が区内に降りしきる中、あちこちに霊子兵器『零号歩行砲』の姿が見えた。
『”二代目”……さあ、年貢の納め時にゃ』
「なんだい、ちょっとばかり気が早いんじゃあないか? 戦いはまだ始まったばかりだよ」
三代目である
久重 元内が乗っ取った霊子兵器から聞こえる声に、
枢は顔を歪めて笑った。
嘲るような枢の瞳には、豪雨に晒され浮き上がった修祓隊士たちの人影が映る。
視界にいるのが全てではないが、彼らの多くは少しでも雨を凌ぐために合羽を着込み、あるいは結界などで影響を和らげているようだ。
(霊子兵器なんて物騒なもんを兵器局が作ってた時点で、こーなるんじゃねぇかと薄々思ってたよ)
人間同士でギスギスしている場合ではなかったのに、兵器局では露骨な悪意をまざまざと見せられていた
キョウ・イアハートが思う。
「悪いがこれ以上、そちらさんの思い通りにゃさせん」
祭りの幕もとっとと下ろそうさ、と小さく呟いた彼は、厄除懐中合羽に包まれて雨に紛れ、枢の様子を窺っていた。
見禍では枢の本体と制御装置の霊力を見分けることは出来ないが、探り当てるまでは迂闊に動く訳にはいかない。
(枢が持つとされる制御端末、それをどうにかしないと無辜の民草こそ危ういようだからな。その抗いの一助となろう)
アルヤァーガ・アベリアも、枢の隠し持つ制御装置を見付けようと後方に立っていた。
「しかし、雨音がこれほど激しいとは……」
裏葉で霊子兵器に球爆の御符を投擲し、爆ぜさせながらもひどい雨の音に彼は顔を歪めた。
傾聴の印を使っていたがために、一時的にではあるが思いの外大きな音を聞く羽目になって耳が役に立たなくなっていたのだ。
それでもアルヤァーガは五行書で得た知識と物事の本質を見抜く観察眼を頼りに、枢の行動を注意深く追う。
「神州の歩む未来の為に、宿儺の思い通りにさせるわけにはいきませんからね。霊子兵器の制御、どうにか奪取させてもらいますし!」
アルヤァーガが観察を行う間にも枢に立ち向かうのは、そのパートナー
灰崎 聖だ。
霊力吸収を妨害する狂骨刀を手に、足の指の力のみでの歩行術と、足元に霊力の足場を形成することによって空を駆ける移動を組み合わせて天地を移動し、軌道を読ませないようにしながら枢の死角を狙う。
閃歩で一気に距離を詰めたその一撃を、枢はすんでのところで袖から取り出した苦無で弾く。
「なかなかやるじゃないか」
どこか楽しげな枢の反撃を、聖は睦美流肆ノ型・行雲流水のぐにゃぐにゃと揺れるような動きで滑らせ、逸らした。
影縛苦無を眼前の霊子兵器の陰に打ち込んで動きを制しながら、
クロウ・クルーナッハは枢を見据えた。
「元内の技術も睦美流の技も、上辺だけではな。技術が一流でも心が三流では話にならんぞ」
挑発を聞いた枢は目を細め、ニイッと笑う。
「なら見せておくれよ、一流の心っていうのをさ」
一方、制御装置の在り処を探る者た思考も、その裏で進んでいる。
(同じ付喪神が兵器に利用されている……あの扱いは許せない)
付喪神の
ユファラス・ディア・ラナフィーネは、霊子兵器の動力源として同族が使われているという話に雨にも消えぬ怒りを心の内で燃やしていた。
仕込み傘である月華龍桜を差し、付喪神が用いる襟巻により伸びた髪を霊子兵器や黒鋼糸に絡めながら霊子噴進靴のジェットで飛び回りながら、見禍と独特な発声法による周囲の反響を探ろうとする。
霊力の種類による判別をつけることは難しいが、ユファラスは月華龍桜から散弾を撒き濡れ鼠になりながらも辛抱強く探っていくのだった。
雨の滴る霊子グラス越しに、
エリカ・クラウンハートも枢と仲間との応酬を見つめていた。
豪雨は相変わらずで合羽の縁からも雨水が染みてくるが、眼鏡のお陰で視界は大分マシな方だろう。
余波が及ばぬよう霊力の間合を保ちながら、エリカは枢が兵器をどのように操作しているか注意深く観察する。
エリカ自身の予想通りかそれに近ければ、恐らくというものは抱いているものの、はっきりと判別がつくまでは。淡い桜色の光を帯びる刀身を持つ巴形薙刀の柄を握り、雨の中じっと佇み続ける。
(五星邸や梓師範のいる学舎に、枢やあの危険な霊子兵器を向かわせるわけにはいかないもの……)
紫の生地に蝶の模様が散りばめられたミニのワンピース、艶やかな黒髪にはブラックパールで彩られた花飾り。
仲間たちから貰った一張羅で気分を上げた
天弓 瑠紫愛は、呼び出した影の分身を枢に接近させ、自らは一瞬霊力を絶ちながら別方向から近付く。
「こっちよ、こっち!」
そして身振りも交えて大きく声を上げる彼女に、枢は胡乱な目を向けた。
制御端末の場所を特定しようとする者たち、彼らの動向から意識を逸らすための行動だが、一定の反応は得られているようだ。
「一体、なんのつもり?」
攻撃をしてくる訳でもない瑠紫愛を眇め見ながらの枢の僅かな仕草を、瑠紫愛と【扶桑校の隠密】を組む
春夏秋冬 日向は霊醒の予測により見逃さなかった。
「そこから離れろっ!」
彼の合図に、咄嗟にその場から飛び退く瑠紫愛の足を追い縋るように、枢による朔月の影の刃のひとつが走った。
「危なかった……ありがとう」
(よかった、俺の持つ影結では自分しか回復できないからな)
礼を言う瑠紫愛に、日向は頷いて見せた。