区民の避難誘導――学苑の中で
学苑には着実に区民が集まってきていた。
自力でたどり着いた者もいれば、修祓隊に支えられながら到着する者、着の身着のまま命からがらに逃げてきた者もいる。
慌ただしく走り回る大人たちに、得も言われぬ恐怖を抱いているような子供たちもいた。
学苑にたどり着いたからといって、不安を拭いきれない人々は少なくないようだった。
そんないくばくかの安心感と、捨てきれぬ不安の空気がふっと軽くなる。
エスメラルダ・エステバンの八乙女舞だ。
どこからか聞こえる音楽に合わせ、たおやかな舞を披露するエスメラルダの姿に、うつ向いていた者は顔を上げ、子供たちが共に踊った。
静かに舞を終えたエスメラルダは優しく微笑むと、次に神咒を行う。
非常事態である中、避難してきた人々の心持ができうる限り負の方向に傾かないよう心を配りたいのだ。
「あちらで炊き出しもありますよ」
エスメラルダは負傷者に優しく触れ気吹きを行いつつ、奥の教室を指差す。
その教室には、多くの住人が忙しそうに出入りしていた。
その中心にいるのは
ルルティーナ・アウスレーゼだ。
■ ■ ■
学苑への避難誘導のため、多くの修祓隊が区内へ向かい始めた頃、ルルティーナは学苑に残り炊き出しを行おうと準備を進めていた。
初め、学食へ向かったルルティーナはここで食べられているカレーライスにぎうにうやちょこれーとで味を調え、「ルルナ特製カレーライス」を作った。
数こそは少ないが、カレーやあんぱんを自力で学苑にたどり着いた住人たちに振る舞い、「食事で気分だけでも明るく行きましょう」と一人一人を勇気づける。
そしてルルティーナに賛同した住人たちがボランティアとなり、徐々に増える避難民たちに炊き出しが行き渡るよう空き教室を食事のできる休憩室にしていたのだ。
エスメラルダに案内されて休憩所へ来た住人は、ルルティーナからカレーライスをもらうと、ふっと深呼吸して席へ着いた。
その姿を見たルルティーナは、忙しいながらもこの役割に徹してよかったと、また教室へ入ってくる避難民へと給仕を続けたのだった。
■ ■ ■
学苑内の修練場など、広い場所が確保できる部屋は避難民の休息所となっていた。
多くの修祓隊が避難途中に治癒術を施したり、霊力の浄化を行っているおかげで住人たちに大きな混乱はない。
しかし学苑の関係者でありこの状況に理解があるからこその不安が常に燻っているのもまた現実だった。
加えて校舎内に響く嵐のような豪雨の音が、形状し難い恐怖を増幅させ、休息所といえど皆が安心感を得ているわけではなかった。
そんな重苦しい空気の中に、ふわりと穏やかな香りが流れる。
香りの先に視線を移せば、
合歓季 風華が入り口に佇み、恭しく頭を下げた。
「突然の避難。来て下さりありがとうございます」
合歓季の傍らで
天草 在迦が微笑み、
ノーラ・レツェルと共に清浄化で場の空を一新した。
「浄めの締めに睡奏楽団のひと演目。よければご覧を」
天草が一歩前へ出て、お辞儀と同時に手を合歓季に差し向ける。
「混迷の空が開けたら星を探しに……」
合歓季がノーラへ視線を移すと、ノーラはライティングボルトで《星空探検隊、発足!》と描く。
人々の視線は自然に上へと誘導され、天草が八乙女舞で睡奏楽団の演目へ誘う。
下をずっと向いていると辛さが増す。上を向いて進もうよ、とノーラがウィッシュ・スターを出現させると、子供が無邪気に願い事を唱える。
「ね? 星空探検してたら、いい事あったでしょ?」
ノーラが得意げにそう言うと、子供は嬉しそうにはにかんだ。
「皆々様によき眠りと目覚めがありますように」
合歓季がそう締めくくると、どこからともなく拍手がわいた。
外から打ち付けるような雨音が次第に大人しくなっている気がする。この混乱も、この不安も、もうあと少しの辛抱かもしれない。 誰もが流れ星に願いを祈るような、そんな凪いだ時が今この修練上には流れている。