区民の避難誘導――仁科町付近にて4
扶桑市、市谷区――学苑にほど近い屋敷街。
学苑からの通信を受け取った
青井 竜一は陸奥純平と共に現場へ向かっていた。
ここらは屋敷が立ち並ぶ住居街であり、住人以外はあまり立ち入らない区域だ。
比較的学苑にも近い地理のため、ここらの住人は早期に避難をし終えているようで、事実、多くの屋敷はがらんとした空気が漂っている。
しかし、人気がないうえ、家と家の境目が分かり辛く、目印となるような目立つものもないこの住居街では、慣れない者が間違って入れば、方向感覚を失いやすく、迷いやすい場所とも言えた。
学苑へ向かうには分かりやすく大きな道もあるが、それゆえにマガカミも集まりやすいだろう。現に、そこでは他の修祓隊士がマガカミと戦闘中であるという情報も入っている。
そのため道を逸れこの住居街を抜けようとする避難民や、マガカミに追われているうちにこの区域へ迷い込む区民たちが救助の手から漏れないようにと、ここへ向かうことを青井は提案したのだった。
「いたわよ! 追われているわ!」
跳流駆と空走下駄で建物伝いの高い位置から様子を伺い走っていた
ミラシファー・冴架・アテネメシアが、マガカミに追われている区民を発見し、青井に伝える。
「ナイス判断でしたね! 行きましょう!」
青井に屋敷街へ向かうことを提案され、それを信じついてきた陸奥も舌を巻く。
「あの時の借り、ここで返させてくれ」
決して私情を挟むわけではないが、大和での戦いでのしこりが青井の胸を掠める。
前回の不甲斐なさを断ち切るように空刀を抜刀、一織流参ノ型・火龍で切り込んだ。
迫りくる青井の熱に気圧されたマガカミは一回転し、間合いを取る。どうやら百目のようだ。
「もう大丈夫だ!」
逃げていた区民を背で守るように位置取った青井が背中越しに声をかけると、
羅那魅 静姫が駆け寄り、彼らを後方へと避難させた。
「行こう、冴架、静!」
「お望みのままに、私の騎士様。ふふっ」
青井の言葉にミラシファーが嬉し気に返し、非天苦無を百目に投げつけ牽制。足元を取られた百目がつんのめったところで、間髪入れずに孔雀扇からの風の刃を見舞った。
無様に倒れ込む百目だったが、ミラシファーは更に声をあげる。
「竜一、まだまだ来るわ!」
高所から苦無を投げながら青井に注意を促す。
同時に青井と陸奥も百目たちの集団へ身を投じた。
一織流参ノ型・火龍で集団の真ん中に切り込む青井。その体は防御壁の役割もあり、目標以外の百目たちが弾き飛ばされる。
正面に立ちふさがった百目との間合いを詰め、風雷の一閃を貫く。まともに太刀を受けた百目はその場に突っ伏しもがくが、マヒしているのか立ち上がれる気配はない。
青井は次なる気配を感じ踵を返すと、百目の拳が迫る。しかし、横から伸び出た触手に横っ面を殴られ、そのまま百目は吹っ飛ばされた。陸奥だ。
そのまま互いに背中を預ける形で百目を相手取った二人は、遠距離攻撃も交えつつ各個撃破にあたる。
ミラシファーの孔雀扇や鉄刺薊のフォローもあり、百目は確実にその数を減らしていった。
一方、区民を前線から離脱させ、後方へ誘導していた羅那魅は、門扉の開いた屋敷の中に一時避難し気吹を行っていた。
避難民のうち一人は学苑の関係者であり、多少腕が立つものであったが、それゆえにマカガミからの攻撃を受け大きな傷を負っていた。
しかしそれも癒掌による治癒で事足りた。幸いなことだった。
傷が治り、いくらか落ち着きを取り戻した避難民たちであったが、先ほどまでいた場所では激しい戦火が舞っている。
あんなものに追い回されていた恐怖が、冷静さを取り戻した今だからこそ全身を震わせた。
特にマガカミに辛くも対処できた区民は、それなりの霊力を持ち合わせていたことで返ってこの場の霊力が乱れる原因にもなってしまったのかもしれない。
そんな様子を察した羅那魅は清浄化で不安定な霊力を正常に戻す。そして前線の戦火が音が確実に収束に向かっていること、私たちの仲間を信じてほしいと区民に優しく語り掛ける。
「――終わったか」
何度この空刀を振るったか。ざんざんと降る雨が青井の体を冷やすが、それが心地いいとさえ思えるほど百目の相手には苦労した。
相手が強いわけではなかったが、質より量ともいうのか、ひたすらに数が多かったと思う。
それほどまで霊力が負に傾きつつあるのか――ともあれ、ここでの危機は去ったようだ。青井は改めて陸奥に頭を下げた。
そこへ様子を伺っていた羅那魅とミラシファーが合流し、4人は学苑まで避難民と共に向かったのだった。