区民の避難誘導――仁科町付近にて3
区内のいたるところで、修祓隊は住人の避難誘導に尽力していた。
避難する住民たちも隊士たちには協力的で、避難を拒むものはいない。
しかしこの悪天候に加え、様々な――老若男女を問わない人々、不安や恐怖を抱える精神、そしてそこへつけ込むマガカミの出現に、避難や移動には時間と労力を費やすものになっていた。
■ ■ ■
「もう少しよ。頑張って!」
学苑の裏手付近で複数の住人を避難させる人影があった。
御霊 史華と
長谷部 樽助だ。
住人を発見したのは、ちょうど彼らが自身の家屋から出てくるタイミングだった。
打ち付ける雨音に恐怖しなかなか外へ出られなかったが、意を決した際、御霊と長谷部に出くわしたのだった。
御霊を先頭に、住人を挟むように長谷部が後方についた。
なるべく早く学苑にと気持ちは急ぐが、もちろん住人の様子を伺いつつ進む。
保護したのは若い夫婦だった。母の手にはこの状況を知らぬ赤子が眠っている。
普段学苑や町でお世話になっている人たちを何としても助けたい、その一心で御霊は今回の任務に就いていた。
ましてや生まれたばかりであろう赤子を抱え、不安は相当なものだと推し量る。学苑まで守り抜くと、一層身が引き締まった。
――と、その時。
やはり、ともいうべきか。前方に行く手を阻むようにマガカミが現れた。その影は、百目のように見える。
そしてその影はたった一つではなかった。
御霊はすぐさま霊醒を発動。百目の次を読み、先手を打たれる前に水方の霊符を放つ。
符の能力で力が底上げされた流水の印で百目は後ろへ倒れ込む。しかしその後ろからまた複数の百目が御霊に飛び掛かってきた。
「姫に仇なす敵は斬るってなぁ」
長谷部が後方から跳び出でて風雷を浴びせ、すぐさま霊鞘に納刀する。
百目がたたらを踏んだ隙に、御霊は再度流水の印を、長谷部は間合いに踏み込み疎速からの弐の太刀で百目を切り伏せた。
「びっくりさせたかしら。でももう大丈夫よ」
御霊は母と子に振り返り微笑む。
夫婦は目の前の戦闘にやや狼狽していたが、赤子は意外にもすやすやと眠ったままだった。
肝の据わった子だな、と長谷部も安堵交じりに笑った。
「さぁ、追手が来る前に行きましょう!」
再度御霊が先頭に立つと、周りを警戒しながら学苑へと急ぐのだった。
■ ■ ■
学苑よりやや離れ、若干の下町風情の残る商店街。
そのの壁に立てかけられた雨戸が雨風に打たれガタガタと揺れる。
その雨戸の影には、老人と子供がうずくまり、その周りには雨に曝されながら若い衆が警戒にあたっていた。
「しゅ、修祓隊だ! おーい! 助けてくれ!」
一人の男性が雨の中に光る一つの灯りを見つけ叫んだ。
その光は
叉沙羅儀 ユウの持つ祓行灯。叉沙羅儀は声をあげた男性の元へ走る。
「大丈夫ですか? ひとまずこちらへ……」
叉沙羅儀は男性たちを商店の軒下へ誘導した。
雨戸に隠れた老人と子供を見つけ、息を飲む。しかし、努めて冷静に、優しく声をかける。
「ここまでよくご無事で……私が学苑までお送りします」
聞けば隣近所に声をかけ逃げてきた集団だという。
なんとか一塊になり避難してきたが、この天候の中では老人や子供は限界が近づきつつあり、比較的広めのこの場所で休んでいたようだ。
叉沙羅儀は彼らの苦労を労いながら、一人一人の様子を観察した。
若い衆は比較的問題ないようだった。老人たちもまた、体力的な問題はありつつも、大きな問題はなさそうだった。
問題は子供だ。年端も行かぬ女児は寒さに震え泣きじゃくっていた。
叉沙羅儀はその場にしゃがみ、女児と同じ目線になると柔和な表情で肩に手を触れた。
「ほら、あそこに蝶々が見えるね? あれが貴女を助けてくれるよ」
すうっと指差した方向に、蝶が飛んで柱に止まる。五星流弐ノ型・胡蝶だ。
女児は泣き止み、蝶を追った。叉沙羅儀は周りの大人に後をつくよう目配せし、女児を支える。
そうして少しずつではあるが、確実に歩を進めていった一団は、学苑まで無事にたどり着くことができたのだった。
■ ■ ■
ここにもまた、区民の避難の為に街中へ出たものがいた。
「おうおう、避難してくる市民の為にここは通さねぇぞ」
十文字 宵一は地噛を構え、眼前に佇む鉄鼠に言う。
鉄鼠は機会を伺っているのか、なかなか動こうとはしない。
十文字は周りを見渡し、避難民の有無を確認してから地噛を光らせた。
「お前が来ないならこっちから行くぞ!」
一歩踏み込んだ十文字は地噛を振るい、鉄鼠を引き寄せる。燿刃によって光を帯びた刃は、風雷の一太刀で燦然と輝く一閃となる。
引き寄せた反動と風雷で鉄鼠は吹き飛ぶ。が、鉄鼠もまたその鋭利な爪で地面を抉りながら受け身を取ると、間髪入れずに突っ込んできた。
雨で濡れた刃の爪が光り、振りかぶって十文字に襲い掛かる。
――が、その攻撃は防御壁に跳ね返され、そのままのダメージが鉄鼠を襲った。
リイム・クローバーが十文字の前に飛び出で跳返の印を放ったのだった。
黒狩衣でその姿を隠していたリイムに鉄鼠は反応することができず、カウンターも上手く決まったようだ。
雄たけびを上げながら弾き飛ばされた鉄鼠に、リイムは続けざまに流水の印を放った。
水たまりから弾丸のように放たれた水球が鉄鼠を足止めし、唸りながらこちらを振りむいたところで、十文字が疎速を用いた風雷を再度浴びせる。
二人の連続攻撃に鉄鼠は成すすべなく、その場にばらばらと崩れ去ってしまった。
「さぁてまだまだこれから、だな」
「僕も一緒に頑張りまふ~」
十文字は地噛を振り払い納刀すると、被害を事前に止めるべくさらに街中の方へとリイムと共に赴くのだった。