内壁の攻略とイサカ
冒険者がグレオスと戦っていた頃、真奈美の陽動の裏で密かに前進していた冒険者や騎士たちが内壁の攻略に乗り出していた。
内壁上の戦力を無視して、内壁の突破はあり得ない。ここを超えるには、イサカとホブアーチャーの撃破絶対に必要だ。
「まずはホブアーチャーさんが厄介ですね……何とか数を削らなければ」
土方 伊織は内壁上の敵を見てそう呟く
人族軍の接近を察知して、内壁上からの攻撃は激しくなっている。近づいたはいいが、このまま矢の雨を降らされ続ければ死体の山が積み重なっていくだけだ。
「ならば、我に案がある」
そこで声を上げたのは伊織のパートナー、
フリッグ・フェンサリルだ。
「今から我はここで局地的な地震を起こす。さすれば、内壁上の魔族どもを妨害できよう」
フリッグの作戦はすぐに周囲の仲間たちに伝わり、冒険者と騎士団はそれ在りきでの立ち回りを了承する。
「フリッグ様の御身は私がお守りしましょう」
同じく伊織のパートナー、
サー ベディヴィエールはフリッグの護衛を担当する。まず間違いなく、地震の発生源がフリッグだと相手に知られれば、集中攻撃を受けるだろう。
「私は回復と魔力の共有を。皆さん、どうかよろしくお願いいたしますね」
伊織はそう言うとフリッグとの『魔力共有』を行い魔力の効率を向上させると、『オータス・エウロギア』の効果を付与した。
伊織の強化を合図に、各人は行動を開始する。
「では行くぞ!」
フリッグはすぐに『地裂の精杖』を構えると、『精霊剣・地』の力を杖に付与。次いで、『エレメンタルバースト』を実行することで、内壁周辺に地震を発生させた。
突如発生した地震に、内壁上のホブアーチャーには多少の混乱が見られる。中には大きくバランスを崩し、内壁から転落する者もいたが、瞬時にフリッグの仕業だと気付いた者もいた。
敵の号令によって、フリッグへの集中攻撃が始まる。
「もう察知されましたか……流石に、精鋭揃いのようですね」
ベディヴィエールは慌てずにフリッグの前に立ち、『冠紋の大盾』による防御や『アズールセイバー』による斬り払いで丁寧に矢を防ぐ。ただ立って守るだけではなく、内壁上の戦力をよく観察し、立ち位置を細かに変えて効果的な護衛ができているため、フリッグは地震を起こすことに集中できているようだ。
フリッグの起こした地震は、それだけではあまり効果がない。この揺れを活かし、内壁上の戦力を除かねばならない。
「上と下、どっちにも注意しなきゃならねぇな。こりゃ首が痛くなりそうだ」
そんな軽口と共に行動を開始したのは
一浜 希だ。希の言う通り、敵は内壁上だけではなく、内壁の前にもいる。あまり頭上にばかり注意を払っていると、真正面から不意の一撃をもらうこともあり得る状況なのだ。
「まぁ、頑張ってくれ。応援なら手間は惜しまないぜ」
希は周囲の味方に『ブレッシング』を施し攻撃力を強化すると、自身はいつでも『ホーリープロテクション』を展開できるように後退し、戦況の把握に努め出した。
「内壁上の敵は私が狙い撃ちましょう」
「じゃあ、私はアストさんを守るよ!」
攻撃を担当するのは希のパートナー、
アストルム・アエクイタス。そして彼女を守るのが
一浜 華那他だ。三人はフリッグへの射線を塞ぐように陣取ると、行動開始した。
「この地は返していただきます……どうかお引き取りくださいませ」
アストルムは『ディスタンサー』による精密射撃で内壁上の敵を狙撃する。攻撃間隔は『ファストリロード』で可能な限り速め、正確な射撃でありながらかなりの攻撃頻度だ。『クールショット』で冷静さを維持し、アストルムは次々に敵を撃つ。
アストルムが狙撃に集中できるのは、彼女を守る華那他の存在も大きい。
「よっしゃー! どけー!」
もっとも、華那他の行動は一見すると護衛のようには見えない。狙撃手を狙わんと正面から向かって来る内壁防御の部隊を相手に武器を振り回す姿は、防御と言うより攻撃的にすら見える。
もっとも、そんな華那他の立ち回りが敵を引き付け、結果的にアストルムへの攻撃を未然に防いでいる状態だ。
また、希によって強化された騎士団も上手く連携を取っている。守るべき仲間が誰なのかがはっきりしているため、敢えて口に出さずともすぐに対応してくれる。
そんな騎士団に紛れ、
平原 静乃も内壁上のホブアーチャーを狙う。静乃の立ち回りは障害物に身を隠し、密かに敵を撃ち落とすというのが基本だ。
(内壁に上れる階段がある……けど、当然敵に固められているみたいだね)
地上からの攻撃で内壁上の敵を全て討ち果たせるほど、この戦場は甘くない。立ち位置の不利を覆せねば、勝利はないだろう。
つまり、階段は何としてでも最低ひとつは確保しなければならない。
自分たちの目的を強く意識し、静乃は狙いを階段周辺の敵に絞る。そして『目覚めの葬送曲』を実行し、自身の攻撃力を強化すると、『裂谷の咆哮』による『ブラッドレイン』を見舞った。
階段周辺の敵が、魔力の矢の雨に撃ち貫かれる。が、その程度では階段を明け渡してはくれない。
だが、静乃と同じく階段の占拠を狙っていた騎士たちが、ブラッドレインに合わせて攻撃を開始した。
その後ろには
騎沙良 詩穂の一行も付き従っており、詩穂は飛び出すとすぐに盾を構え、『アラウンドガード』で行動を共にする騎士を守る。
(そうそう、この盾は厄介でしょ!?)
詩穂の目的は敵の注意を引き付け、その間に他の仲間たちに攻撃をさせることだ。その意図通り、強力な盾を構える敵は厄介だと感じた敵は詩穂に攻撃を集中させる。
また、詩穂も殴られてばかりではない。ホブアーチャーの降らせる矢の雨を援護として、やや強引に向かって来るホブナイトに対しては、『バッシュガード』で防御した後、そのまま盾で『ヘヴィチャージ』を叩き込むなど反撃の手段もある。
「隙はありませんよ」
詩穂を援護するのはパートナーの
アーニャ・エルメルトの役割だ。アーニャは詩穂の反撃や防御の隙を埋めるよう、具に『守護光壁』を展開し、詩穂の防御を完全なものに近付けている。
視野を広く持ち、正面から白兵戦を行おうとする敵だけでなく、当然、内壁上から矢を撃ち込んでくる敵にも対抗。ひたすら仲間を守ることに注力し、攻めの手を少しでも減らさないようにしている。
また、手が余れば『輝神の一喝』で敵を怯ませることで、仲間の攻撃に繋ぐという連携も取ることができる。
「引き摺り落とすよ!」
詩穂とアーニャという鉄壁に守られながら、階段の敵を攻撃するのは
ロザンナ・神宮寺だ。
ロザンナは『ビーストテイル』を巧みに操り、敵の足を掬うことで転倒させている。それだけでなく、可能なタイミングならそのまま階段から引きずり落とすというのも試みている。
もっとも、攻撃のチャンスはそう多いものではない。敵の攻撃は苛烈にして頻繁なため、隙を突くのはかなり難しい。
その上、攻撃チャンスに狙い通りの攻撃ができたとしても、倒せるのは一体のみ。これでは埒が明かない。
「そこまでだ。ここは上らせん」
そんな内壁攻略部隊の存在に対し、イサカも行動を開始した。これは最悪の展開と言っていいだろう。
イサカは階段の占拠を目指す騎士や冒険者に対し、容赦なく魔力の矢による攻撃を行う。照準を特に定めずに放たれるイサカの射撃は避けるタイミングがなく、防御しようにも間に合わない。
階段の中ほどまで降りてきたイサカは、更に包囲を遠巻きにしようと苛烈な攻撃を続行する。
せっかく内壁に張り付いたというのに、このままでイサカ一人の手で押し返されてしまう。士気の上がったホブアーチャーも勢いづき、降らせる矢の雨はもはや豪雨と言っていい。
だが、これは逆にチャンスだ。ここでイサカを討ち取ることができれば、内壁を巡る攻防は決まったも同然。
ここで臆して引くことこそ、相手の思う壺。攻勢は維持すべきと考え、前に出たのは
綾瀬 智也の一行だった。
「あなたに恨みはありませんが、味方のためにも倒させていただきます」
矢の雨の中、イサカに対し高らかにそう言い放ったのはパートナーの
エレナ・フォックスだ。台詞の直後、エレナは『ホーリープロテクション』の展開で防御を固めた。
イサカの攻撃は反則的と言えるが、魔法による防壁で阻むことは不可能ではない。というより、イサカと相対する上では必須の準備と言える。イサカを上手く討ち取るには、エレナの活躍が鍵になるだろう。
準備が整ったところで、『凪の鬨』を構えた
アネモネ・エイリアルが周囲のホブアーチャーに仕掛ける。装填された『螺旋角の矢』はユニコーンの形を成し、ホブアーチャーに襲い掛かる。ただ攻撃するだけでなく、高所から落とすと言ったことも行い、確実にその数を減らす立ち回りだ。
そうなると当然、イサカの照準はアネモネに合わせられる。アネモネはイサカに見られていることを肌で感じ、攻撃が行われる瞬間に備え、エレナはアネモネに防御を集中させる。
予想した通り、イサカの特殊な攻撃がアネモネに炸裂する。が、アネモネはダメージを最小限に抑え、攻撃を続行する。
これならば、行ける。自分たちの戦法がイサカに通用したことを実感し、次に動いたのはミンストレルの
ウーティア・アクニスだった。ウーティアはエレナの強化に重ねるように『フォルテ』を奏で、更に味方を強化する。
強化についで、ウーティアは『スリーピングフォレスト』で『魔封の歌』をかき鳴らすことで敵の動きを鈍らせる。流石にこの緊迫した戦場の中で完全に昏睡する敵はいないようだが、魔封の歌が効いている敵は少なからずいるようだ。
ウーティアが鈍らせた敵は、アネモネが見逃さずに撃ち貫く。
「ふん……そんなことではいつまでたってもこの内壁を超えることなどできんぞ。何が狙いだ」
しかし、イサカには余裕が感じられる。エレナたちの立ち回りはイサカの攻撃から身を守りつつ攻めるための丁寧なもので、立ち位置と戦力の不利を覆し得るものではない。このまま続けていても、先に体力・魔力切れを起こすのはエレナたちだろう。
イサカは、もはや鬱陶しいだけだと言わんばかりに攻撃を強めようとする。
「これが狙いじゃよ……!」
その直前、
メルゴーブスコエ・バレーが突如『竜化』。『竜血の契』を発揮した上で、イサカの立つ内壁の階段に強烈な『裂海拳』を放った。
メルゴーブスコエの一撃は轟音と共に大きく内壁を揺らした。内壁上のホブアーチャーやイサカは、体勢を大きく崩す。
「ゆけい、智也」
「ここで、決着を……!」
内壁への攻撃を合図に、これまで『カモフラージュマント』で身を隠していた智也が姿を現す。智也は即座に『ドラゴンフォース』を実行することで自身を強化し、『冠紋の大盾“水精の大盾”』を構えてイサカに突撃する。
エレナもまた、その動きに合わせて『守護光壁』で智也を守り、イサカによる一撃で智也が倒れないようにする。
イサカは向かって来る智也に特殊射撃を連射するも、智也は倒れずに向かって来る。そして、イサカに到達した智也は防御態勢を解き、『アーマークラッシュ』を実行。イサカの防御を斬り裂いたうえで、『スピニングランス“スパイラル”』による『エアストリーク』で追撃した。
「くっ……!」
しかし、イサカは寸でのところで後ろに飛び退き、エアストリークによる追撃を避けた。
やはり、一筋縄では行かない。この攻撃で、イサカは警戒を強めてしまうだろう。
そうなれば内壁の攻略には、もっと大掛かりな攻撃が必要となる。
内壁攻略部隊の誰もがそう思い始めた頃、後方から鬨の声が上がる。
冒険者によって、グレオスが倒されたのだ。