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レヴァナント・クロニクル 王都決戦

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レヴァナント・クロニクル 王都決戦
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生寄死帰(3)


「なんなんですか、もう!」
 ひかる・アベリアは襲い来る衝撃波に悲鳴のような声をあげた。
 天導の大杖やコレクトペンダントを用いて、より強化した結界術式を展開していたはずだが、それでも完全には防ぎきることができないようで、次の瞬間には鋭い痛みが走り、ひかるの頬に鋭い刃が触れたかのような斬り傷が作られている。
「く……」
 やはり、というべきか。その一度の傷でも脱力感に苛まれ、立ち眩みに近い感覚に捕らわれた。
 そこにまた、衝撃波が飛んでくる。
(あ……)
 容赦なく飛来する闇色の衝撃波に、断頭台から降る刃を連想させられた。
 頭はいまだぼやけていたが、それでもせめてもの抵抗として、ひかるは意思の力を振り絞り、守護光壁を眼前に展開する。
 ――パァン!
 直後、眼前で激しい破裂音がした。今度こそ断ち切られたかと思ったが、新たな痛みは感じない。
 ふっと影を感じて見上げると、いつどこから飛び込んできたのか、光り輝く剣を構えた桐ヶ谷 遥がそこに立っていた。
「ごめんね、遅れて」
 守られたのだと理解し、安堵したからだろう。彼女の使命感に満ちた言葉に、ひかるは少しだけ笑いそうになる。
「いえ――ありがとうございます」
 戦いのさなか、長く言葉を交わす暇はない。だからひかるは短く礼だけ口にして、もう一度ホーリープロテクションを展開する。
 遥が守ってくれたように、この力が少しでも彼女を守りますようにと、改めて祈りながら。


 納屋 タヱ子から受けたオータス・エウロギアが魔神の加護を打ち砕く力をくれたから、だろうか。半ば闇雲に振り下ろしたエル・スワンの剣が衝撃波を打ち弾いた。
(いける……!)
 高揚感と共に前に出る。そのままじりじりと、強い意志宿るまなざしで距離を詰めていった。
 弾けるといえど無傷とはいかず、腕を中心に傷を受け、くらりと脱食感を覚えることにはなる。しかし、輝神教の司祭より受けるインヴォークの加護や仲間の回復術式のおかげで、戦い続けることはできると自信をもつことはできた。
(オレは……)
 ――いくつもの戦いを経験し、いくつもの悲劇を目の前にして。そしてようやく気付いたことがある。
(……オレは、命を奪うために戦うわけじゃない。オレは、それを理由には戦えない)
 それはある意味で弱さだろう。その自覚が、彼にはある。
(俺が剣を振るうのは、大切なものを守るためだ)
 それを欺瞞だと、偽善だと笑うものもいるだろう。それでもいいとエルは思う。
 もとより、誰かに理解してもらうためにつけた理屈などではないのだ。
(ヴェイロン。あなたの望む未来が弱者を虐げ、強き者のみを残すものなら。オレはそれに抗う。虐げられ得る弱者を救って見せる。そのために、オレの剣はあるんだ……!)



 ――不意に、舌打ちが聞こえた気がして、タヱ子は思わず視線を上げた。
 見上げた先にいる信道 正義は、いつも通り美しい姿勢で銃を構えている。その横顔もいつもどおり精緻で、少なくとも苛立ちなどは感じられない。
「正義さん……」
 それでも、やはり辛い戦いが彼を苦しめているのだろう。
 ヴェイロンが闇の内へ隠れてからというもの、銃弾はことごとく弾かれていて、群狼の矢のような技術を用いてもなお阻まれてしまっている。この状況が続くことに、正義が焦れないはずがない。
(やっぱり、突破口が必要、ですよね)
 メイスラヴァーには応急治療術であるファーストエイドを。
 ソリシターには聖なる力を武器に宿すブレッシングの維持を。
 そうやって多くの助けを求めたのは、思いつくことを全てなしたいという、タヱ子の強い思いゆえのことだ。
(思いつくことは、すべて……)
 ぎゅっと手の中の十字架を握り、タヱ子は強い眼差しで闇を見た。唇をきゅっと噛み、一歩前に踏み出す。
「――正義さん。私、行って来ますね」
「……っ」
 正義が息を飲むのが分かった。けれど、呼び止められることはない。
 ――この人は分かってくれている。自分が何をしようとしているかを。それが危険で――けれど必要であることを。
 十字架を手に、タヱ子は走り出す。いつもは柔らかで優しい眼差しに、強い殺意が宿っていた。
「タヱ子さん!?」
 エルの横をすり抜けたとき、驚いたような声が聞こえてきたが、彼女は足をとめることも振り返ることもなく、まっすぐに走り続ける。
 目指すは当然、球状の闇だ。
(あれが壊れさえすれば、あとは正義さんの銃弾がしとめてくれるはずです)
 絶対的な信頼が彼女の背中を突き動かしていた。
 ホーリープロテクションを越えた衝撃波が彼女を傷つける。それでも足を止めずひたすら距離をつめる。
 詠唱を開始したのは、闇をすぐ目前に捕らえてからだ。
 その瞬間にも衝撃波が彼女を襲い、その愛らしい頬をざくりと深く傷つけ、強い虚脱感と眩暈に襲われる。けれど、彼女が詠唱を止めることはなかった。
 そうして直接といえる距離から撃ち込むのは、ジャッジメントレイ。
 聖なる光を集束し、強力な光線として放つ――これで闇を穿つのだと、今できる全力で撃ちこんだ。
 

(いいっかげんにしろ、この野郎!)
 戦場を見下ろしながら、柊 恭也はぎり、と奥歯をかみしめた。
 有翼人の翼でもって天上付近に浮かぶ彼にも、衝撃波は無差別に襲ってくる。
 魔神の加護を貫けるとはいえ、マギアシューターたる彼が防御に長けるはずもなく、結局翼と八艘飛びを駆使して逃げ回らざるを得ない。
 ――だが、そこにジャッジメントレイの強い光が闇を撃ち貫いた。
(……?)
 その、光の力が、闇にどう作用したのだろう。あれほど続いた衝撃波がその瞬間止んだように思えた。
(――へえ、やるじゃねぇか)
 けれどそれもいつまで続くことか分からない。
 恭也は素早く翼を翻し、今や闇の球体と化したヴェイロンの上部に滑り込んで素早く銃を構える。
 不敵な笑みを口元に、引鉄に指をかけた。
 銃の名は蝕む者。そこに装填している銃弾は――当然、魔弾クルーエルティだ。
(来いよクルエル。……楽しもうぜ)
 引鉄をひくことに、ためらいを覚えることはない。
「――よう、ヴェイロン。いざ尋常に死ねぇ!」


 一体どれほどの呪詛がそこにこめられているのか。撃ちだされた弾幕は荒れ狂う少女の形を成し、そのまま闇を襲撃する。
 さすがにされるがままとはいかないようで、一度は止んだ衝撃波が、抵抗するようにより強く放たれた。
 少女の肩が、足が、砕けるように散っていく。
 けれど、それでも少女は降り注いだ。
「力の本質は魔力阻害か。……クルエル、アラッソ。お前たち兄妹の力がこのような形で我に牙を剥くとはな」
 対象に帯びる加護や強化の力を引きはがし、本来の姿を暴く――そんな少女の力が闇を粉砕し、その内に隠されていたヴェイロンの姿を冒険者の目に晒した。
 

「――待ってたわ」
 その影に微笑みを浮かべたのは遥だ。
 少女のことは、遥も嫌になるほどよく知っている。彼女のことだ、魔王にとっても相当に厄介な存在になったことだろう。
(おかげでヴェイロンの姿が見えた。あとは、仕留めるだけね)
 遥は構えた輝く剣――聖剣グロリアスに意識を向ける。そのまま、体内に巡る魔力を注ぎ込んだ。
 剣は魔力に応えるように、その刃の光量と質量とを増大させる。
 そうして現れた、眩く輝く大剣。――ここに、すべての力を込めるべく、遥は静かに瞼を閉ざした。


 崩れ行く闇の向こうに異形の姿が再び見えたとき、正義は自身の意思でもって刻印をその肌に浮かび上がらせた。
 それは竜に認められ、その血と魔力をその身に宿す者の証だ。
 その一瞬で意識が研ぎ澄まされた。構えた銃が自身の腕の先に繋がっているかのような、奇妙な感覚を覚えるほどに。
 むろん脳裏には、愛しい少女の姿がよぎっている。
 彼女の無事を今すぐにでも確認に行きたかったが、今は信じて、自分にできることをなすべきだろう。
 正義はそう自分に言い聞かせながら、照準器ごしにヴェイロンを睨む。
(……戦いには、どんな形であれ幕引きが必要だ)
 銃自身と、そこに外付けした魔力充填器。その両方に、竜と人、双方の魔力を全力で注ぎこむ。そうすることが彼女を守る一番の力なのだと信じて。
(次の一撃……俺は、ここに全てをかける)



 崩壊する闇の向こうへ、ジェノ・サリスは迷うことなく最小限の動きで踏みこんだ。
 死の波動や衝撃波が止んだわけではない。不意をつくように飛来し、彼の腕や足に傷がつく。そのたびに虚脱感に襲われ型を崩しそうにもなったが、それでも彼は接敵と攻撃に集中し、防御を行おうとはしなかった。
 幸い、彼が所属するパーティ【夜明けの稲妻】には回復に長けたクレリック、アルフレッド・エイガーが存在する。
 傷を受けるたびに回復術式が展開され、痛みについてはそれで緩和される。さらに虚脱感に対しても、呪詛を解くディスエンチャントが放たれて、なんとか臨殺態勢を維持し続けることができた。
「――この俺がいる限り、簡単に倒れられると思うなよ」
 アルフレッドの言葉が聞こえたような気がして、思わず喉の奥に笑みがこみあげる。
 そのまま、ジェノは素早く拳を振り下ろした。
 この拳が魔王の目を、意識を、少しでも引きつけてくれることを願いながら。


 魔王に対して臨殺態勢を取るのはひとりではない。ベルナデッタ・シュテットもまた、同じ姿勢で砕けた闇の内へ飛び込んでいた。
 遠きアルテラで学んだ無音戦闘術を駆使し、無音のままヴェイロン目指し忍び寄る。
 その間にもジェノが拳を叩きつけようとして、逆に掌底で払われるのが見えた。それだけで大きな衝撃がジェノの中に生じるらしく、長身の青年の体がぐらりと揺れる。
(……急に楽な相手になるなんてことが、あるはずもないか)
 苦々しく思いながら、ベルナデッタは素早く雷をまとわせた鞭を振るった。
 無論、これが大きな傷をつけるとは当然思ってはいない。
 仲間たちの攻撃までの間、これを巻きつけ、動きを抑制する――それが、彼女の狙いだった。
 ジェノが攻撃を仕掛け続けてくれているおかげだろう。鞭はフェイントの必要もなく、あっさりヴェイロンの腕に巻き付いた。
 ――だが。
「……っ!」
 次の瞬間、否応なく引きずられ、すぐに手を離してしまう。
 埋めようのない圧倒的な力の差がそこにあった。


 クロード・ガロンは一歩一歩、闘気を練り上げながらヴェイロンとの距離を縮めていった。
(魔王ヴェイロン――分かるぜ。弱い奴は淘汰され強い奴だけが残る。世の中ってなそういうもんだ)
 ぎゅ、と拳を握りしめる。 放蕩の聖者によるオータス・エウロギアの力がそこに感じられた。
(だから、オレは強くなくちゃならねぇ)
 ベルナデッタが窮地に陥ってなお、彼はその速度を崩さない。
(――必要なのは、全てを覆す圧倒的な力。オレが目指す先にあるのはそれだけだ)
 攻撃を放つ瞬間が、彼女が引きずられた直後だったのは、本当にただの偶然だ。
 高まりきった闘気を撃ちだす最高のタイミング、それが今だっただけのこと。
(だからオレはてめぇを倒す。倒して本物の強さを示してやる)
 すべての力を拳に込めて圧縮し、突き出しながら一気にそれを解き放つ。
(砕けろ、ヴェイロン!!!)
 ただ自身の強さを示すためだけに、彼は正面に見える全てを吹き飛ばす一撃、裂海拳を叩き込んだ。


 ――ここまでたどり着くのに、本当に多くの力が必要だった。
 市街の魔王軍を征する人々がいなければ、この玉座の間にたどり着くのも危うかっただろう。
 結界の起動がなければ、死の理に翻弄され、死体の山が築かれたことは想像に難くない。
 この玉座の間での戦いもそうだ。
 音楽や神聖術の力にどれほど支えられたか。小さな勇気やひらめきが幾度好機を引き寄せたか。
 英雄装備や竜の力、選ばれし者への特別な加護――それらがあれば魔王を討てるなどと思い込む者もいるかもしれない。
 けれど、それは絶対に違う。
 それぞれ理由は違えど、玉座の間にいる全員が、そう断言することができた。

 集いし者たちの協力の果て。ようやく放出された、最大限の力。
 それらが合わさり、一点を穿つ。
「――これが人族の力、か」
 その瞬間、魔王ヴェイロンは笑っていた。
 楽し気に、愉快そうに――強き者を祝福するように。
「認めよう。お前たちの……勝利だ」
 聖剣グロリアスを振り抜いた遥の前で、ヴェイロンは笑みを浮かべた。
「見事だ。貴様たちはこの魔王ヴェイロンを打ち倒した。
 だが……“魔王”は死なぬ。またいずれ、相まみえる時が来るだろう」

 ヴェイロンの身体にヒビが入り、その体が砕け散った。
 砕けた体は黒い粒子となり、やがて完全に玉座の間から消失した。
 遥はその場に膝をつき、輝く剣を握る自分の手を見下ろした。その手には、確かに魔王ヴェイロンを斬った手応えがあった。
「終わった……のよね?」
 そのまま、遥はどさりと頽れた。それは聖剣グロリアスを振るう者として逃れられない消耗の結果ゆえ、耐えることはできない。
 倒れ伏せた彼女は、それでもなんとか首だけを動かし、そこにいる大勢の冒険者たちに顔を向ける。
「ヴェイロンの魔力、完全に消失しました、です」
 キキが冒険者たちに告げた。
 それはヴェイロンが確かに死に、戦いが終わったことを意味していた。

「魔王は死なぬ、か。……なに、復活してもまた倒せばいいのさ。蘇るのが嫌になるまで、ね」
「そうじゃのう。まぁ、儂はもう生きとらんじゃろうが、次の世代に託すとしよう」

 最後の言葉は冒険者の耳に残ったが、“英雄たち”に不安や絶望の色はなかった。

 こうして魔王ヴェイロンと人族の戦いは幕を下ろしたのであった。


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