〈大聖堂の戦い(10)〉
“シリウス”の総攻撃で初めてジャイルズは膝を着いたが、それでもすぐに立ち上がり体勢を立て直す。
とはいえ彼が弱っているのは明白で、その証拠に織羽の歌声がその端正な面を歪ませた。
「竜の血よ、わたしに力を!」
竜の力を解放した織羽は、ジャイルズを真っ直ぐ見つめながらロザリアと“虹の旅人”たちのためにコートの裾を翻し提琴を奏でる。
「さあ行こう、みんな!」
力強い曲調で仲間たちの力を高めながら織羽はロザリアの背中を見守った。
(ロザリアさん、あなたは少し似てる……わたしの大好きな人、遠い国にいるわたしの青の王子様に。だから、命懸けのその戦いをわたしも命を懸けた歌で助ける……そうでなきゃ、釣り合わないもの!)
ロザリアが槍を振り上げる脇をすり抜け
ろぼ子・クロウカシスが加速術式を使いジャイルズの背後に回り込む。
彼女が狙うのはジャイルズの影だ。
地の精霊の力を宿した短剣でろぼ子はジャイルズの腕の影に狙いを絞り超高速の連続回転斬りを刻み込む。
途端にジャイルズの腕を包む鎧に幾筋もの深い傷が走り、彼は危うく剣を落としそうになった。
「ロザリアさん、ジャイルズさんの動きの癖など何か覚えはないか?」
戦況を見守りながら
四柱 狭間が問うと、ロザリアは槍を構えながら答える。
「昔は大技を出す前につま先を外に開く癖があるとティーゼルによく指摘されていたが、ここでは見ていない。恐らくもう改善したのだろう」
癖も無駄もない強敵となるとやはり崩すのは難しそうだが、精霊の加護を受け生命力と魔力を活性化させた狭間は愛用の銃に火の精霊の力を宿し、ジャイルズに炎弾を次々と撃ち出す。
時折術式で炎弾を分裂させるが、あえてそれは全てジャイルズの盾に当てた。
「最終的にどうするにしろ、一度は倒して止めなければならん。考えるのはその後だ。そうだろう?」
狭間の言葉はロザリアが内に抱く葛藤を仄かに和らげた。
「ああ……そうだな」
ロザリアは短い返事を返す。
「影を叩くとはな……っ!」
ジャイルズは背後のろぼ子を強烈な蹴撃で飛ばすが、ひとまず本懐を遂げたろぼ子は倒れながらもロザリアを見つめ声を掛ける。
「……ロザリアさん、後悔のない、決断を……」
すると、ろぼ子の作り出した好機に
ルゥゼリァァナ・クロウカシスが仕掛けた。
彼女は一度は落ちかけたジャイルズの剣を砕かんと勢いよく弾き、その流れで彼の剣のブレード部分を全力で突く。
腕ごと持っていかれそうな威力に、ジャイルズの剣の刃が少しばかり欠けた。
それでもジャイルズは歯を食いしばって剣のグリップを握り、力任せにルゥゼリァァナの突きを流して逆袈裟に斬り上げた。
(そろそろか)
狭間は火の精霊の力が切れたところで氷結弾を装填してジャイルズの盾に撃ち込む。
精霊の力を得た攻撃を何度も受け続けたジャイルズの盾は悲鳴を上げつつあった。
そこに氷結弾が当たると、狭間はいよいよ愛銃を狙撃形態にして、
「貰っていくぞ」
と火のエレメントの奔流を放つ。
「盾の一つや二つ、くれてやる!」
ジャイルズは盾を狭間に投げつけた。
盾は狭間の攻撃で粉砕したものの、破片が凶器となって投擲時の力そのままに狭間を直撃する。
しかし、これでジャイルズは盾を失った。
織羽の歌はいつの間にか「禁断の歌」に変わっており、そのせいで織羽の足元はふらつき出している。
(戦いが終わるまで持ちこたえなきゃ……みんなが畳みかけるチャンスになれるように……!)
「はぁ、はぁ……」
息遣いが周囲に聞こえる程にジャイルズは衰弱していた。
「あのミンストレルを先に始末しなかったのは失策だったか……」
そう言いながらも彼の顔に無念や悔しさの色は浮かんでいない。
その様はまるで、破滅に向かう者が垣間見せる潔さにも似ていた。
だが、
AHI RUはそれを良しとはしない。
「どんな理由があっても死ぬ覚悟は『逃げ』よ。逃げては駄目。失われた多くの命のためにも、ね」
アヒルは短刀にワインを吸わせ、ジャイルズの足を狙う。
分身を生み出し、刃をうねらせ連続攻撃を繰り出した。
盾を失ってもジャイルズは卓越した剣捌きでアヒルの連撃を悉くいなす。
アヒルは諦めたような棒立ちを見せ、ジャイルズが一歩間合いに踏み込んできた瞬間短刀を鉤のように彼の足に引っ掛け超高速で振り抜いた。
振り抜き後の衝撃波が追撃となり、足の鎧が音を立てて外れる。
露わになった右足に音もなく銃弾が迫った。
ジャイルズは目を剥き即座に躱そうとするが、僅かに間に合わず掠る。
途端に瘴気が彼を襲うが、ジャイルズは冷静に射手を睨んだ。
「この程度の瘴気、俺には些末なものだ」
睨まれた
セルヴァン・マティリアは成程と頷く。
「この状況でも甘さを見せないとは流石です。確かに甘さを捨てるのも時には必要でしょう。ですが……その甘さを持てるのも“人”だからなのですがね」
セルヴァンがそう言った直後、
「今ですわ!」
と、狙撃に特化させた状態でリルテの銃が火ならぬ「水」を噴く。
精霊の加護を受け力を増したリルテが冷静にタイミングを見極めてトリガーを引いた銃には魔力充填器。
しかも、水の精霊の力まで宿していた。
リルテは全ての力を込めてジャイルズの頭上に水の銃弾を降らせる。
(どうか少しでもジャイルズ様を足止め出来ますように……セルヴァン様、カイ様、そしてロザリア様の攻撃に繋げるために……!) 半ば祈るような心境で放たれた水弾の雨をジャイルズは回避するが、今の彼には回避だけで精一杯だった。
セルヴァンは銃弾を鷹に変えてジャイルズの顔前に向かわせ、続いてジャイルズの腹部を撃つ。
鷹を払ったもののジャイルズは次弾を躱せず鎧の耐久力に頼って耐えた。
だが、その衝撃は彼の体を内部から震わせる。
「ぐふっ」
込み上げるものを堪えるジャイルズと構えているロザリアを交互に見つめ、戒が動いた。
ロザリアに目配せし、戒は気迫のこもった呼吸で身体能力を上げる。
“シリウス”の真希那や仲間のアヒルらによる鎧破壊、狭間の盾破壊と、確実にジャイルズの守りは削がれていた。
戒はジャイルズの懐に飛び込む。
ジャイルズは戒を鋭く睨み
「はああっ!」
と怒濤の連撃を繰り出した。
戒は剣に宿した風の精霊の力で突風を起こし辛うじてジャイルズの剣閃を逸らす。
「王子、あなたはやはり死ぬ覚悟なのですね? 腐敗貴族を廃した後、裏切り者として全ての罪を背負い王女の手に掛かるつもりなのでしょう?」
戒が周囲に聞こえないよう問うと、ジャイルズの口角が一瞬上がった。
まるで、「そこまで分かっているならもう何も言うな」とばかりに。
(王子の心は魔に非ず……ならばこの“蒼風”は全力で王女の意志を後押しするのみです……!)
戒は剣を突き立てエレメントの奔流を放つ。
ジャイルズは蒼き風の奔流に呑まれた。