〈大聖堂の戦い(9)〉
「がはっ」
“セラータ”との激闘が堪えたのか、ジャイルズが微かに咳き込んだ。
しかも、その息は更に乱れている。
その様子にモニカが眉をしかめた。
「まさか、ジャイルズさんは……いいえ、『まさか』じゃくて『間違いなく』……ですね」
抱いた予感をロザリアには告げられず、モニカはやりきれない面持ちで戦局を見守る。
「ジャイルズーッ!」
鬼気迫る声と共にロザリアが突撃した。
それを見て、ロッカが英雄の活躍を讃える詩歌を歌い出す。
(ロザリアさん、あなたが目指す未来のために、あなたの覚悟を後押しするために、私は歌うよ。どんなに力を得ても心が折れたら勝てはしないから。何があろうと、私は絶えず未来への希望を支え続けるよ……)
「ロザリアんさの心、私が強く支える! 未来を目指す“意志”こそ、希望の光――」
ロッカは声の限りに歌った。
「私の“光”は揺らがない!」
ロッカの歌に後押しされ、ロザリアは敢然とジャイルズに立ち向かう。
彼女がジャイルズの盾で弾き飛ばされればロッカが駆け寄り傷を癒す。
ジャイルズはロッカの持つ聖典に強力な結界術式が施されている事を察知し、迂闊に飛び込めずにいる。
その間に調子の崩れた歌が響き出した。
「どんなに高潔な志があろうとも、味方を信じず民を犠牲にする道の先に未来はないんですよ」
ジャイルズが“シリウス”による攻撃を防御しにくくなるよう、封真が歌っているのだ。
ジャイルズは懸命に息を整え平常心を保つ。
封真の術でジャイルズの視覚聴覚に捕まっていないクロエは、ジャイルズを観察し彼の手に着目して水の銃弾を降らせた。
歌による弱体化が望めないとなれば、封真の術が解けてしまう前に一刻も早く仕掛ける他ない。
ジャイルズが盾をかざし銃弾を凌ぐと、クロエは素早く麻痺弾を装填し、充填器で威力を上げた銃の引き金を引いた。
音もなく発射された麻痺弾は鷹に姿を変えジャイルズの手に迫る。
「うおおっ!」
ジャイルズは鬼気迫る形相で盾を激しく床に突き立てた。
床に亀裂が走るように衝撃が周囲に伝播していく。
足元から魔力の衝撃波を浴びせる事でクロエらの体勢を崩すと、更に剣を横薙ぎに払い空中からも衝撃波を飛ばし、鷹の銃弾のみならずクロエまではね除けた。
だが、彼女が銃撃している間にリーオが姿だけでなく気配と足音まで消してジャイルズの死角に回り込んでいた。
「貴方が貴方なりの考えで動いているのは分かるよ。でも、たくさんの犠牲を諦めるような人に人族の未来を任せる事なんて出来ないんだ!」
一気に身体能力を上げたリーオは衝撃波に耐え、隠し持っていたチェーンスピアを素早く全力投球した。
ジャイルズは槍の穂を躱すが、その顔からは確かに一瞬だけ余裕が消えていた。
今だとばかりに封真が力強く竪琴をかき鳴らし力強い演奏で仲間を奮い立たせると、
天峰 真希那が突撃する。
雷を帯びた刺突剣で高速の三連撃を繰り出すと、そこに身体能力を限界まで引き上げた
エッセ・レクス・サンクトゥスも加わり畳み掛けた。
ジャイルズは真希那の連撃を盾で受け止め、体を痺れさせながらもエッセに剣を突き出す。
エッセは自身の剣先を巧みに動かしそれを受け流すと全身全霊で斬撃と刺突の連続攻撃を仕掛けたが、ジャイルズは身を捩って回避し、振り上げた剣で彼女を斬り飛ばした。
しかし、今度はそこに真希那の刺突が迫る。
ジャイルズは盾で弾き剣を振るうが、真希那も盾を回転させて剣閃を受け流す。
回転する紋様がジャイルズの視線を奪った隙に、真希那は一気に身体能力を上げてカウンターを繰り出した。
「覚悟はご立派だが本当に手は尽くしたのか!? 簡単に絶望して切り捨てる前にもっと足掻けたんじゃねぇのか!?」
全力の刺突がジャイルズに入る。
「だからこうして足掻いているのだ!」
ジャイルズの怒号と盾の縁が真希那の喉元を直撃した。
真希那はそのまま弾き飛ばされ気を失うが、ジャイルズの鎧が微かに不吉な音を立てる。
ジャイルズは小さな呻き声と共にその場に片膝を落とした。