〈大聖堂の戦い(8)〉
ロザリアの周りにはアストや竜一たちが倒れたままだ。
どういうわけかジャイルズにはロザリアたちを追撃する気配がなく、モニカは大急ぎで皆の回復に当たった。
「『首を刎ねる』なんて言って脅したり、倒れた皆さんの命を奪わなかったり……どうしてでしょう? ジャイルズさんは、ロザリアさんやアストさんたちにとどめを刺そうと思えば刺せる状況だったのに……」
首を傾げるモニカに、ロザリアはジャイルズを真っ直ぐに見つめながら答える。
「私たちが自ら立ち上がるのを期待していたのかもしれない……などと考えるのは、やはり甘いだろうか」
今しがたジャイルズに切った啖呵はハッタリだったのだろうか、ロザリアが微かに浮かべた笑みは寂しさを湛えていた。
しかし、ロザリアはすぐにその笑みを消し去る。
「私は必ずこの国をヴェイロンから取り戻す!」
ロザリアは立ち上がり再び槍を手に取った。
大技を放ったためかジャイルズの顔色は明らかに悪い。
それでも、立ちはだかる
ユファラス・ディア・ラナフィーネと
高峯 ファラの“セラータ”を見据えると、瞬時に距離を詰め盾をぶつける。
重量感のある当たりを食らいながらも、ユファラスは水の精霊の力を宿した闘気を纏い両腕で盾を回し受けた。
水の精霊の力を得て形状を変化させた闘気は獅子の姿を彷彿とさせる。
それでもジャイルズは怯む事なくユファラスに迫り剣を高速で振るった。
ファラは大聖堂内の状況を把握し、罠が仕掛けられている危険箇所はないかと警戒する。
疲労はかなり蓄積している筈なのだがジャイルズの動きは衰えず、スピードも落ちない。
ユファラスは受け流すだけで精一杯の状態だが、一度彼の命を奪ったここでどうしてもジャイルズに言いたい事があった。
それは、この場でもう一度戦う覚悟を決めたユファラスが抱く想いだ。
ユファラスはロザリアの存在を意識しながら吼える。
「人も魔族も信じられない臆病者に何を変えられる! アンタに教えてやる……人を信じる心の強さをな!」
ジャイルズは無言でユファラスとの間合いを制し盾を押し付けた。
受け流そうとするユファラスの耳に、ジャイルズが一切表情を変えずに呟く。
「ああ、そうだ……変えるのは俺ではない」
ジャイルズは応えたのだ、ユファラスの気迫に。
直後、瞠目するユファラスの前でジャイルズは高く跳躍し剣を振り上げた。
ファラは鷹のラファールに
「剣を持つ手首を狙え!」
と体当たりを命じ、自身は指輪に繋がる強靱な糸を鞭のように振るい鎧の関節部に当てようと試みた。
ジャイルズは跳躍中にもかかわらず鷹を盾で殴り飛ばし、ファラの糸を素早く剣で切り刻むが、振り下ろす前に剣を余計に動かしたせいでユファラスへの斬撃が一瞬遅れる。
「どんなに人を捨てても結局アンタは人のままという事か……哀しい程に」
ユファラスは振り下ろされた剣を回し受け、着地したジャイルズの懐に入り回し蹴りを繰り出した。
それに合わせ、ファラも
「人が人を助けるのに理由なんていらないよ! 思い知れっ、これがアタシたち兄妹の力だ!」
と棒立ち状態から限界突破の速度で糸を振り抜き、衝撃波を発生させる。
しかし、遅れたとはいえジャイルズの一撃は受け流しきれない威力を持っていた。
回し蹴りは不完全で本来よりも威力を削がれたものとなり、片手で盾を持ち受け止めたジャイルズは見えぬ程の速さでユファラスに刺突を加える。