あの教会を目指せ(2)
戦いの波が瞬く間に広がっていく。
先陣を受け持つパーティのみならず、多くの冒険者が死霊たちとの攻防を開始していた。
「おらぁ、どきやがれ!」
「丸焦げにしてあげるわぁ!」
それは雷電の三連星も例外ではなく、激しい雷鳴と共に何体もの死霊騎士を相手取っている。足止めをくらうも同然の状況に、少しばかり焦れているのが彼女らの表情から読み取れた。
「そこまでよっ!」
その傍らに、一人の少女が前に進み出た。
「あたしは
八上 ひかり。仲間を守るため騎士の道を歩む者。人族相手に暴れたいなら、まずあたしを倒してからにしてもらうわっ!」
ひかりの名乗りは高らかで、否応なく多くの敵の目を引く。彼女はそのままレミと死霊騎士たちを引き離すように、重たげな盾をもって激しい攻防の中に体を滑り込ませた。
とたん、がつんがつんと重い衝撃が華奢なひかりの身体を揺らす。ともすれば後方へ弾かれそうになるほど強く揺さぶられたが、それでもひかりはぐっとその場に踏みとどまった。
「ひかりちゃん!」
後方から、
八上 麻衣によって展開された結界の光が広がり、それでようやく衝撃が軽減される。
ひかりが雷電の三連星を振り返り先を促したのは、その直後だった。
「――ここはあたしたちが引き受ける。あなたたちは先を急いで」
「……ああ。助かるぜ。ありがとよ」
レミがうなずき、身をひねって死霊騎士から距離をとる。
中には彼女を追いかける死霊もいたが、そこに後方から飛来した一発の銃弾が飛来した。
「ないすっ!」
ひかりが振り返り確認するまでもない。
川原 亜衣によるライトフィールドマークⅡの一撃だ。
弾に光をまとわせるこの銃は、アンデッドに対して強い効果を発揮する。うまく命中させさえすれば、一度の発砲で死霊を倒すことも難しくはなかった。
「たあっ!」
直後、ひかりの傍らをすり抜けて飛び出す影が見えた。
ひかりに驚きはない。それが
内川 紅蘭麻による突撃だと知っているからだ。
紅蘭麻は深く踏み込みながら、大きな身振りで剣を振り上げ、思い切り勢いをつけて振り下ろす。
――だうんっ!
死霊の群れの一部が、その剣風で吹き飛ばされた。
「次っ!」
ひかりも紅蘭麻も、それで安堵し手を緩めるような素人ではない。さらなる襲撃を予想しながら位置を変え、雷電の三連星の道を切り開こうと油断なく構える。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
教会へと近づくにつれ、群がる敵の数が増えていく。
厄介なことに、自ら魔族の軍門に下った元・中央騎士団の騎士たちによる攻撃も開始されていた。
その防御力の高さと組織的な連携、同じ人族であるという事実。それらが冒険者たちの切っ先を鈍くさせる。
「――てやあ!」
騎士の一人がバランスを失いその場に頽れた。
世良 潤也の横なぎの一閃が、騎士の足を叩いたのだ。
「いい加減、そこどきなさいよね!」
後方から
アリーチェ・ビブリオテカリオの火矢がとびこみ、やはり騎士の足を焼く。大きな弓を構えて炎の矢をつがえる彼女もまた、その狙いを騎士の足のみに絞っていた。
そうして生まれた隙を利用して、雷電の三連星はまた一歩前に踏み込むことができた。
それに追いすがるように騎士の攻撃は続く。
「おっと」
潤也が獣人の勘をもってそれを回避した直後、入れ替わりに滑り込んだ男――
九十九 龍之介が盾でもって攻撃を受け止めた。
「踏み込みが甘い」
呟きと共に敵の剣に盾をすべらせ、そのまま騎士の顔を殴りつける。その衝撃に耐えられなかったのか、騎士はよろめき一歩後ろに下がった。
「やめろ! 殺すだけが敵を征する手段じゃないはずだ!」
潤也の制止の声に、龍之介は笑みを浮かべる。
「投降するなら聞いてやろう。臆病者にはそれも似合いだ」
同時に、龍之介の全身に力がこもった。鍛えられた筋肉の影がはっきり見える。
「命が惜しくないならかかってこい。だが……命を賭した者の覚悟を甘く見るなよ」
威圧の意図を持った言葉に、騎士たちは目を見合せ……怯えを目に浮かべながら、それでも攻撃を再開した。
不意に、敵の群れの一端から濃い煙幕が立ち上った。
突如視界を奪われて、周囲にいた冒険者たちの動きが止まる。
そこにあえて飛び込む影があった。鞭を手にしたローグ、
麦倉 淳である。
(――ぅ、気持ちわるい……)
自ら敵の懐に飛び込みながらも、淳は息をつまらせ眉をしかめていた。目玉に火の玉にゾンビの騎士――淳にとってはいずれも受け入れがたい存在だ。
幸い、後方からは
梨谷 倫紀による援護射撃が飛んできている。このままま、空飛ぶ目玉あたりは任せてしまっていいだろう。
ならばと淳が狙うのはゾンビの騎士だ。早速鞭をしならせ、思いきりよくたたきつけた。それも一度二度では終わらない。鞭を帯びる電撃が相手の動きを麻痺させるまで、あるいはその鬱陶しさから逃れようと群れを離れるまで、容赦なく幾度となく振るい続ける。
――淳の狙いは、立ちふさがる群れからいくばくかの敵をはがし、教会を目指す冒険者の障害を減らすことだ。
「淳さん、十分です。あとは僕たちに任せてください!」
予定通り何体か群れから引き離したところで、倫紀の声が耳に届いた。
(やっと来た)
安堵の気持ちで身をひるがえし、幻影を残しながら距離をとる。
仲間の元で膨れ上がる、強い術式の気配が感じられた。
「さあ、かたりさん。合わせます」
「うんっ! ノリちゃん、いくなの!」
倫紀の言葉にうなずいて、
栗村 かたりは純粋な祈りを輝神にささげる。
同時に倫紀がアオサギにも似た弓を構え、そこに番えた矢に術式を込めた。
祈りは光に、術式は炎になり、それぞれ淳が引きはがした死霊たちの頭上へと放たれる。
先にはっきりとした効果を見せたのは倫紀が放った矢だ。それは火を伴い着弾したとたんに、すさまじい熱と共に膨れ上がって爆発を起こす。
さらに光が、その爆発ごと包み込むように降り注いで、内に存在する死霊たちを浄化する。
「よし……!」
「やったぁ、なの♪」
オメガフレアの物理的な爆発と、ホーリーブラストによる神の裁き。双方の力が合わさって、群れより引きはがされた死霊たちを討ち取ることに成功した。
幾人もの働きかけにより、教会のすぐ手前、正門がはっきり見える場所まで冒険者たちは進んでいた。
最難関は、当然だが教会を閉ざすあの門だ。大勢の冒険者が屋内に踏み込むためには、あそこをこじ開けるしか道はない。
(だったら、ふっとばしてやるまでよ)
自身の闘気を高めながら、
壬生 春虎は強い力で拳を握った。
その昂りを魔族たちが放っておくはずがなく、光線が、剣の切っ先が、次々と彼を襲う。
「させませんっ!」
その全てを、
葉月 凛が受け、弾き、流し、あるいは叩き返した。
「く……っ」
凛はマーセナリーとして既に限界まで己を高めている。その実力は高く、死霊に対してもそう簡単に屈することはない。
けれど彼らがいるのは教会の正門の手前、最後の砦として立ちはだかる多量の群れと対峙する位置だ。
的確に応戦しようとも、やはり傷は徐々に重なっていく。ファーストエイドの用意もあったが、それを唱える短い間すらなかなか作れなかった。
(凛……)
目に見えて傷ついて行く彼女の姿は、当然春虎の目に届いている。
けれど彼は動かない。極限を目指し高め続けるこの闘気を、半端に霧散させる訳にはいかないのだ。
(……お前の献身、無駄にはしねぇ)
凛が死霊騎士の剣を受け、その刀身を滑らせてカウンターへと移行する。
直後、その影と重なるようにゲイザーが飛び上がり、その大きな眼球が輝くのが見えた。その瞳孔は明らかに凛を越え、春虎を正面からとらえている。
凛の剣は騎士を捌く段階だ。その刀身にまとわりつく雷光を飛ばす術はあっても、いまこの瞬間に実行する余裕などない。
――けれど、春虎は笑った。
(おせぇんだよ)
高めた闘気を拳にのせ、きつい圧をかけながら一歩踏み込む。狙うべきはもう把握している。正門にはりつく敵の群れに対して、斜めに撃ち放ってやるのだ。
かたくなに動こうとしない騎士も、凛を傷つけた死霊も、春虎を狙う眼球も、そのすべてが標的となる。
そうして彼が撃ちだしたのは、裂海拳だ。
その名の通り、海に打てば海が割れるとされる強烈な一撃が多くの敵を襲う。
「――さあ、ぶっ飛べ有象無象!」