〈ルクサス調査(6)〉
野営地の方角から何やら歌声や拍手が微かに聞こえだした頃。
瘴気やアンデッドも消えたものの、野営地での治療を目的に撤退する騎士らの姿は市街に多かった。
しかし、状況が好転したとはいえ油断は禁物だ。
火村 加夜が地面を聖水に変えた水で清めていると、重傷者を背負った騎士が助けを求めてきた。
聞けば仲間が瀕死の状態だと言う。
「必ず助けます」
そう言って騎士を安心させると火夜は早速結界を張り、重傷者の上体を軽く起こしクォーターエリクシルを少しずつ飲ませた。
意識を取り戻したところで強力な治癒術式を施し、瀕死の騎士を回復させる。
「他に痛みはありませんか?」
火夜の問いに騎士は「大丈夫」と首を横に振り、何度も礼を口にして野営地に向かった。
エスメラルダ・エステバンも市街を歩きながら目に付いた負傷者に回復術式を施していた。
「助かったよ、これで野営地まで自力で行けそうだ」
感謝の言葉をくれる冒険者にエスメラルダはパンを分け与えながら返す。
「礼には及びませんわ。例えばこのパンだって……穀物を育て、粉を挽き、焼いて、運んで下さる……そんな名前の知られていない方が多く関わって出来るもの。どなたかの手が欠けてしまえば食べる事は出来ないでしょう。この国も、誰かが欠けてしまえばこれからどうなるのか……そう思うと少しでも何かせずにはいられませんもの」
状況は好転しつつあるものの、誰かが困っているような気がして
月見里 迦耶も市街を見て回っていた。
案の定、野営地を目指すものの体力が底を尽き座り込んでいる冒険者や騎士に巡り会い、その度に迦耶は基礎的な回復魔法を掛けてやり、フランジパーヌやガトーショコラを分け与える。
生憎茶を淹れられる状況にはないが、近場の水甕の残り水を聖水に変えて振る舞ったりもした。
この地の事はまだ詳しくないが、自分にも何かが出来そうな気がして駆けつけた……その判断が間違いでなかったと実感し、迦耶は微かに笑みを浮かべるのだった。
迦耶からすこし離れた一角では、
黄泉ヶ丘 蔵人が負傷者を捜していた。
彼の周囲を偵察し警戒に当たるのは
保智 ユリカで、
シジマ アキナは負傷者の治療に当たるべく後方に控えている。
超音波の反響で把握した地形や障害物に注意し、敵が隠れやすそうな場所だと判断すればユリカは気配と足音を消して探りに行った。
捜索中、無造作に置かれた酒樽の陰から流れる血を蔵人が見つける。
蔵人はアキナを呼んだ。
樽の後ろには、野営地を襲撃したものの返り討ちに遭い逃げてきたゴブリンが座っている。
ゴブリンは威嚇の声を上げナイフを構えたが、蔵人は独特の会話術でゴブリンを説得しようとした。
「魔族の侵略に対し今度は人が魔族を虐げるという負の連鎖は断ち切らねばならん。侵略も報復も終わったんだ」
蔵人が羽織るローブのせいかゴブリンは警戒を解く様子を見せ、アキナも安堵して蔵人の背後から姿を現す。
「命を粗末にしてはなりません。この世で最も尊ばれるのは命なのですから」
神聖術による治療は魔族には酷だろうと考え、アキナは薬草を調合して作った回復薬を与えた。
しかし、伸ばした彼女の手にゴブリンはナイフの切っ先を向ける。
「させるか!」
即座にユリカが短刀片手に割り込みコブリンのナイフを弾き飛ばした。
唖然とする蔵人とアキナの背後に、ちょうど付近で治療を受けたらしい騎士が駆けつけ加勢する。
ゴブリンが新たな得物を取り出し攻撃を始めるが、騎士は剣を抜き一刀の下に斬り伏せた。
「ゴブリンを助けようとしていたようだが……我々も人の子、君たちの考えは理解出来る。だが、情けをかけた途端容赦なくゴブリンに殺された仲間を私は嫌という程目にしてきた。奴らは決して我々とは相容れぬ存在だ。悔しいだろうが、どうか分かってくれ」
騎士は蔵人らに軽く頭を下げると、剣を鞘に納め去っていった。