■プロローグ■
――人間とは、愚かな生き物だ。
彼女は、そう思っている。
言葉を持ち、思考能力を持っているにも関わらず、多くの人間は思考を放棄し、ただ流されるままに生きている。
――言葉とは、人間の持つ特権だ。
少なくとも、彼女はそう考える。
力を誇示することでしかものを語れない者など、畜生に等しい。言葉があり、考えることができるというのに、合理的判断よりも感情で動く者が多過ぎる。
――くだらない。
ならば人を動かすのは簡単だ。
感情をつつくような言葉をぶつけてやればいい。状況に応じて、その指向性をコントロールすることは造作もない。
それはどうやって知ればいいか? そんなものは相手を観察すれば自ずと見えてくる。
コツを掴めば簡単なものだ。
自分を排斥し、孤立させようとした者たちは互いに疑心暗鬼になり、最後には流血騒ぎにまで発展した。
自分の背後にある「権力」にすがってくる者には、もっといい餌をちらつかせて破産に追い込んだ。
そうやって惑い、絶望に打ちひしがれる者を眺めるのが何よりも愉しかった。
……しかしそれは、世界に絶望し、虚となった自分を慰める行為に他ならなかった。
そうしているうちに、“敵”はいなくなった。
味方も――いや、自分の回りにはもはや誰もいなかった。
彼女が何かをしたわけではない。
ただ、彼女はそういった者たちの耳元に囁いただけだ。
それだけで、勝手に自滅していく。
その様子を、周囲の者たちは気味悪がっていた。
ある日、妖しい輝きを放つ弓が目の前に現れた。
「それを扱えるのは、君だけだよ」
制帽を目深に被った詰襟の男が告げる。
この人物が誰か、彼女はよく知っていた。なぜこんな格好をしているのかは分からなかったが。
「これを使って何を成すべきかは、君が決めることだ。これから君は、世界の“本当の姿”を知ることになる」
* * *
この男は、どこか自分に似ている。
訪れた“異世界”で出会った、何もかもに絶望したような目をした青年を見て、彼女はそう思った。
最初は、都合よく使える者を見つけることさえできればそれでよかった。
「世界を、憎んでいますか?」
「もやは憎しみなどない。もはやこの世界に何らかの感情を抱くことは無意味だ」
「もし、不条理な世界を変えることができるとしたら、どうします?」
「それを成そう」
「それが、あなたの生きるこの世界を滅ぼすことになっても?」
「言ったはずだ。この世界に何らかの感情を抱くことは無意味だと。全てを無に帰してやるのもまた、愚かに生まれた者たちへの救いだ」
環(たまき)と名乗ったその男は絶望を宿した瞳で、ただ冷たく言い放った。
ぞくり、と背筋が寒くなる。
この男は、自分の同類だ。方向性こそ違うが、世界に絶望を覚え“虚無”となった者。
それを知った時にはもう、この男をただ利用して使い捨てようなどという考えはなくなっていた。
「女……まだお前の名は聞いてなかったな」
口元を緩め、彼女は答えた。
「咲耶、と申します」
■目次■
プロローグ・目次
【4】左京の祭
【4】夢幻への誘い
【4】人の為の祭 ―表舞台―
【4】人の為の祭 ―表舞台―2
【4】人の為の祭 ―舞台裏―
【5】真相を求めて
【3】式神の巨人1
【3】式神の巨人2
【3】式神の巨人3
【3】ダイダラボッチの体内1
【3】ダイダラボッチの体内2
【3】大嶽1
【3】大嶽2
【3】大嶽3
【3】大嶽4
【5】その頃の舞台裏
【5】その頃の舞台裏2
【1】対妖魔戦 其の一
【1】対妖魔戦 其の二
【1】毒鬼・悪露
【1】鬼同丸 其の一
【1】毒と炎
【1】鬼同丸 其の二
【5】帝 ――瑠璃――
【2】佇む者
【2】珠天
【2】神剣
【2】大江
【2】屋上
【2】闇誘
【2】言葉
【2】攻防
【2】八葉
【2】咲耶
エピローグ1
エピローグ2