妖魔狩り
京へ向かう道とは逆方向の道を、
月影 秋水と
アイリス・スノウホワイトが駆ける。
秋水の姿は、誰がどう見ても妖だ。ちりちりと青白い火花を纏う鼬の姿では、避難活動を手伝うどころの話ではない。無用な混乱と恐怖を与えるだけだと判断した秋水は、一般人に危害を加える妖魔を倒すことだけに集中することにした。
秋水の横を併走するアイリスは、黙々としたまま『今日のご飯は何でしょうか……』などと考えていた。考えていることは暢気なものだが、腰に帯びた太刀はいつでも抜くことが出来るように手が添えられている。
キィキィと言う鼠の鳴き声が聞こえ、一人と一匹は足を止める。
暗闇から飛び出してきたのは、鉄鼠。電気を帯びた秋水めがけて、その鋭い牙を向ける。が――
がぎん、とその牙はアイリスの篭手によって防がれる。
敵がひるんだ一瞬の隙に、秋水の爪が疾った。
「迷惑をかけるやつには、遠慮しないよ」
その言葉が終わるや否や、雷を帯びた爪が、鉄鼠の体を引き裂いた。
「ひっ……」
突然目の前に躍り出てきた影に、村人は息を呑む。
不吉な空に一人村を抜け出して闇雲に逃げていたが、それもここで終わりか、と死を覚悟したそのとき。
一条の光が、影をなぎ払った。
「おいあんた、大丈夫か!?」
青緑色の変わった刀身の刀を持った男――
マーニー・マフモールが、腰を抜かした村人に駆け寄った。
しかし、そこに先ほどの影が再び飛び掛る。
「ちっ!」
舌打ちと共に青緑の刀身がふわりと光を帯びる。抜刀の要領で振り抜けば、影は断末魔の悲鳴を上げて消え去った。
「よし、これでもう安心だぜ」
村人は、がくがくと震えたまま、マーニーを見上げる。たった今死に掛けた恐怖が、未だ体を縛っているのだ。
「マーニーさん!」
「愛櫻か、ちょうど今誰か呼ぼうと思ってたぜ」
戦闘音に慌てて駆けつけたのは
愛櫻・ビドル。
愛櫻はへたり込んだままの村人に気付くと、「大丈夫? 立てるかしら?」と手を差し伸べる。
ようやく体の震えが収まってきた村人が愛櫻の手を借りて立ち上がったところで、他の仲間たちも合流する。
「愛櫻、急に走っていったら危ないよ、焦りは禁物だってさっき言ったじゃないか」
「ご、ごめんなさい……」
ラヴェル・ウェルフェンの言葉に、俯く愛櫻。
アバターチェンジをしていない彼女は、身体的な能力で言えば一般人と変わらないのだ。前もってラヴェルが『パリエス』をかけておいてはいるが、それとて万能ではない。
無謀と勇気は違うのだ、とラヴェルの口調が少し責め立てるようなものになったところで、
ロティカ・ピンクラウンがやんわりと助け舟を出す。
「ラヴェルさん、そんなに責めてはいけませんわ。それに、万が一何かあっても、皆でフォローすれば大丈夫ですのよ」
「ロティカの言うとおりニャ。そっちの人は大丈夫かニャ? 怪我はないニャ?」
ミノン・メラロスはそう言って村人の周囲をくるくると回る。
どこにも怪我がないことを確認すると、満足そうに頷いた。
「怪我がなくてよかったニャ! あ、でも元気がないニャ? ならこのおにぎりを分けてあげるニャ」
差し出されたのは、猫の手で握ったのだろう小さなおにぎり。
村人は少々驚きつつも受け取り、頬張る。
程よく効いた塩が適度に味覚を刺激し、疲労が少し軽減されたような気がした。
「我輩たちが来たからにはもう大丈夫ニャ。京まで一緒に行くニャ!」
「貴方の安全はわたくしどもが保証いたします」
ミノンの言葉を後押しするように、
ドラト・リリカが丁寧かつ誠実に語る。
僧衣の体は細身だが、しっかりと鍛えられているのだ。
さらにロティカも自信ありげに微笑んだ。
「リリカちゃんの鮮やかな蹴りは妖魔もイチコロですわ! どうか安心してくださいまし」
「僕らも精一杯守るよ。ね、愛櫻」
「ええ。今度は無茶はしないわ」
その後の道中で、彼らは宣言どおり光る刃で、妖を縛る符で、急所を突く鋭い蹴りで、次々と妖魔を倒していった。
避難を続ける村を背中に、4人の特異者が迫る妖魔と対峙していた。
近付く妖魔は全て斬る、という気迫を放つのは
御鏡 亮祐。
仮面で表情は見えないものの、迫る妖魔の群れにやや腰が引けているように見える
エメット・クレイニヒ。
そんなエメットを「ししょー、こわいのー?」と無邪気に見下ろしているのは
アルク・フライリィ。
そんな三人と比べるとやや無気力そうな、しかしそれでも隙は少ないのは
空木 三夜だ。
対するのは無秩序に群れて集まっただけの低級の妖魔。
亮祐の気迫が篭った警告も意に介さず、ただ衝動の赴くままに牙を剥く妖魔に、四人はそれぞれ武器を向けた。
三夜の妖縛符で縛られた妖魔を、亮祐の数打物が切り裂く。刃を振り切った隙を狙って横合いから別の妖魔が飛び掛るが、亮祐はそれを鞘で受け流すと、すばやく距離をとった。
そこに、アルクの符と三夜の起爆符が炸裂した。
生まれた爆煙を利用して、エメットが一気に距離をつめる。相手の恐ろしい姿が見えなければどうということはない、と言わんばかりに振るわれた太刀はやや狙いが甘かったものの煙の向こうで怯んでいた妖魔を叩き斬った。
亮祐は積極的に敵に突っ込んでいき、一体ずつ確実に仕留めていく。エメットはそれにやや出遅れる形だが、それでもあまり恐ろしい姿ではない妖魔ならば躊躇うこともなくばっさりと切り捨てていた。
三夜の符が前線の二人を的確に補佐し、アルクは複雑な術は使えずとも単純な術を連発させることでそれを補っていた。
どのくらい戦っていただろうか。
相手の数が多いために、前線の二人はところどころに傷を負い、後衛の二人にも疲労が見え始めたときだった。
「皆様、村人の避難が終わりました!」
睡蓮寺 涼が、彼らの背に声をかけた。
先ほどまで村人たちの怪我の治療をしていた涼は、亮祐とエメットが傷ついているのを見てすぐさま『治癒術』をかけた。
疲労の見える三夜とアルクは、前衛二人の勢いが戻ったことで少し攻撃の手を緩めることが出来、涼が『経穴押し』で軽く疲労を回復させた。霊力は回復されないものの、体が軽くなれば術に集中しやすくなる。
回復の手段が得られた彼らは、下級妖魔の敵ではない。
戦場に鮮やかな連携が、再び繰り広げられた。