ひとときの安らぎ
京へいたる街道。
特異者たちに率いられた村人の一団の中心で、子供たちは息を飲んでその手のひらを見つめていた。
「はいっ!」
手のひらの主、
ジェイ・マグイアの掛け声で、乗せられていた鈴が消えた。
食い入るように見つめていた子供たちが、驚きの表情でジェイを見上げる。
「わ、消えちゃった!? どこいっちゃったの?」
「握った手の中、見てごらん?」
「……! い、いつの間に? わたしずっと手握ってたよ?」
ジェイが促した少女が拳を開けば、ころん、と先ほど消えた小さな鈴が出てくる。
ずっと握り締めてたはずなのに、と驚きと興奮で盛り上がる子供たちに、ジェイは嬉しそうに笑う。
「子供たちが笑うだけで、ずいぶんと空気が穏やかになりますね」
同じように、子供たちの笑顔に釣られて微笑んだのは
三月 ありす。
ジェイの手品で子供たちに笑顔が戻ったことで、先ほどまで不安げだった大人たちの顔にも、やや穏やかさが戻ってきていた。
ジェイは得意げに胸を張る。
「僕は手品師だから、皆に笑顔を提供するのが仕事なんだよ」
「ふふ、とても素敵だと思います」
ありすたちが村に到着したとき、村は得体の知れないものに対する恐怖と混乱に包まれていた。
混乱する村人たちを宥め、時には優しく叱責し、何とか避難列を整え始めたところで、おもむろにジェイが始めたのが手品だった。
最初は数人の子供しか目を向けていなかった手品は、一つ、また一つと繰り広げられるうちにあっという間に村の子供たち全員の視線を釘付けにしたのだった。
子供たちが歓声を上げるたびに、ありすが支えていた老人たちの体から緊張がほぐれていき、今ではほとんどの大人が冷静さと穏やかさを取り戻していたのだった。
避難列の先頭、子供たちの歓声を背後に聞きながら、
ヴォルプタース・ファウルヴニルゲンは満足そうに微笑む。
「何だ、ずいぶんと嬉しそうだな」
そんなヴォルプタースに、からかうような声をかけたのは
エルメス・カーネリアン。
「嬉しい、というよりは安堵した、という方が正確でございますね。村の方々の足取りが少し軽くなったようでございますから」
「辛気臭ぇと足まで鈍っちまうからな」
戦い慣れしている二人は多少の妖魔程度では動揺もしないが、一般人ではそうは行かない。不安や恐怖は自然と体を強張らせ、思うように動きが取れなくなる。
「この調子だと、メルクの仕事は少なくてすみそうだな」
避難列の最後尾から少し距離を開けて哨戒している
メルク・シグルドの方に視線を向けながらエルメスは呟く。
「……ん?」
ぴくりと、エルメスの耳が動く。
なんとなく察したヴォルプタースは表情を変えないまま、小声で問いかける。
「どうされました、エルメス様?」
「進路変更。西からなんか近付いてきてるぜ。メルクにも知らせてくる」
「かしこまりました。こちらはお任せください」
幸い、村人たちには気付かれていない。エルメスはごく自然に、かつすばやく列の後方へと移動すると、パートナーの姿を見つけて呼びかけた。
「メルク」
「どちらからですか?」
何を伝えに来たのかを瞬時に察したメルクは、パートナーの声に一言で問う。
「西。進路は変えるように言ったぞ」
「わかりました」
メルクは警戒の意識を西へと移動させながら、コンポジットボウを持ち直した。