怪我人の救出
特異者の人数は、無限ではない。
なるべく手分けして漏れがないように動いているとはいえ、必ずしもどこか手が薄くならざるを得ない地点がある。
アイシア・トルメントは、『土地鑑』を生かしてそういった場所を重点的に見て回っていた。
「ひぃぃぃ!!」
前方で、悲鳴が上がる。
アイシアが急いで駆けつければ、避難の最中なのだろう一団に、鉄鼠が一匹襲い掛かっていたところだった。
「今助けるわ!」
言うや否や、アイシアは『活殺術』で鉄鼠を殴り飛ばす。
ヂィッ、と断末魔の悲鳴を上げて、鉄鼠は息絶える。
「すまない、助かった」
一団の先頭で怪我人を背負っていた
影月 銀が、アイシアに頭を下げた。
銀はこの先にあった村で避難誘導をしていたのだが、混乱で足をくじいた村人がいるのを見つけて、ここまで負ぶってきていたのだ。
当然、人を背負っている状態では、武器を持つことが出来ない。幸い、京までさほど距離はないためこのまま強行突破しようと思っていたところで、先ほどの鉄鼠に襲われたのだった。
「足を診るわ。応急処置くらいしか出来ないけど」
『応急処置』で手早く銀の三尺手拭を巻き直すと、それまで苦痛に顔をゆがめていた村人の表情が和らぐ。
その処置の間に、銀は先ほどの戦闘で怪我を負った村人がいないことを確認する。
「よし、怪我人はいないな。トルメント、京まで護衛を頼めるか」
「もちろん、そのために来たのよ」
アイシアは大きく頷いて、先頭に立つ。怪我人を背負いなおした銀と、村人たちはそれに続いた。
「ルーファス、こっちに怪我人がいるわ!」
「……ああ、分かった」
アンナ・アルテミエフの指示に、黙々と従う
ルーファス・オルムステッド。怪我人は腕を押さえ、苦しそうにうめいていた。
「……大丈夫だ、向こうで手当てをする」
ルーファスは出来るだけ柔らかい声でそう声をかけてから、怪我人を担ぎ上げた。
その間にもアンナはてきぱきと村人たちの誘導を進めている。
怪我人を担いだルーファスは、村の一角で怪我人の治療に当たっている二人の人影に声をかけた。
「……腕を怪我しているようだ。診てやってくれ」
「は、はい!」
「ほしちゃ、その人は僕が治すよ! ほしちゃはこの人の包帯を代えてあげて」
「うん、わかった。お願いね、こはちゃ」
天宮 孤白が『治癒術』をかけ、
星空 涼が手持ちの救急セットで傷を塞ぐ。
二人の少女は慌しくも的確に、怪我人の治療を進めていた。
この様子だと自分が怪我人を担いで京まで逃げるということにはならなさそうだな、とルーファスが考えていると、遠くからアンナの怒声が響いた。
「ルーファス! ぼぅっとしてないでこっちに来て手伝いなさい!」
「……分かった、今行く。二人とも、後は頼んだ」
「うん、任せて!」
元気よく答えた孤白と涼にその場を任せて、ルーファスはアンナの元へと向かった。
「姐さん、まだ避難終わらない?」
どこか気だるげに、
葉崎 九太郎がアンナへ視線を向ける。
「ごちゃごちゃ言わないの! そっちの安全確保が終わったら移動を開始するわ」
「分かったよ……」
ぶつぶつと文句を言いつつも、九太郎はアンナの指示通りに真面目に霊力の乱れを見る。
「知らない人を助けるよりも、他の仲間の皆を助けに行きたいんだけどな……」
そういいながら、九太郎は符を構えた。
わずかに霊力の乱れを察知したのだ。
乱れの元、建物の影から現れた鉄鼠に、九太郎はすばやく符を投げ「爆」と唱えた。
さほど大きくない爆発音と共に、鉄鼠は吹き飛ぶ。
「何!?」
「何でもないよ、妖魔が一匹来たから倒しただけ」
「そう、ここまで妖魔が来てるのね」
アンナはルーファス、孤白、涼に移動の指示を出す。
近くに妖魔が現れた以上、急いでここを離れる必要が出たからだ。
九太郎は他の者に先んじてルートを進みながら、同じ世界のどこかで今も戦っているだろう仲間たちへと思いを馳せた。