迷子係
ある村の一角で、
ラシェル・ウォルドロップは怪我人の対処に追われていた。
この村の住人は特異者達が誘導に来る前に逃げ出したようで、それゆえに取り残された人も多かった。取り残されたのは足の遅い子供や老人が主で、逃げる際の混乱で傷を負ったものも多い。
ラシェルは『碧の癒し』でそんな村人たちの傷を癒していたのだった。
「甘いものでもあればよかったんだが」
治療が終わった村人に抹茶を振舞いながら言えば、村人は「お気遣いありがとうございます」と頭を下げる。
子供たちは最初こそ警戒していたが、治療が終わる頃にはすっかり警戒を解いて護衛の
ヨハン・クロフォードと遊んでいる。
「ラシェルさん、こっち側の見回りは終わったよ。怪我人の具合はどう?」
「あらかた治療は終わった」
「よかった! 後は良綱さんのほうが終わるのを待つだけね」
逃げ遅れた人たちを探して村の半分を見回っていた
笹奈 萃華と
伊吹 芳佳が戻ってきた。
二人の顔を見て、子供たちが嬉しそうに駆け寄る。
萃華が駆け寄ってきた子供の頭を撫でてあげれば、心底安心したように笑う子供。
その顔は、発見したときは恐怖と混乱で涙まみれだったとは思えないほど、晴れやかな笑顔だった。
萃華と芳佳が戻ってから程なくして、もう半分を見回っていた
上泉 良綱も戻ってくる。
「もうここには逃げ遅れた人はいないようだね。怪我の具合も酷くないようでよかった」
笑顔の子供たちと抹茶を飲んで落ち着いた老人たちを見回して、良綱はほっと息を吐いた。
「京まで避難するのはいいんですけど、この人たちの家族とかを探すのはどうするんですか?」
子供たちと遊び終わったヨハンの疑問に答えたのは、良綱。
「京に俺のパートナーが迷子係本部を設置してるから、ひとまずそこに預けて、後は本部のメンバーに任せようと思ってるよ」
「まだ他に逃げ遅れた人がいるかもしれないものね」
「なるほど、分かりました。それじゃあ、僕は京までみなさんを精一杯護衛します」
もともと兵士であるヨハンは腕っ節だけが自慢だ。強力な妖魔にはまだ対抗できなくとも、この騒ぎに中てられた妖程度なら追い払うくらいは出来ると自負している。
萃華と芳佳もいつでも武器を抜けるように構え、準備を整えたところで一同は京に向けて出発した。
京の南、市の一角に敷設された「迷子係本部」で、
クゥ・ディ・アマーレたち迷子係のメンバーは避難してきた人々、その中でも親とはぐれてしまった子供を中心に保護と家族の捜索を行っていた。
「ほらほら、泣かないの、お姉さんがきっとお父様、お母様を探してあげるからね」
ぐずぐずと泣きじゃくる子供の頭を撫でながら、クゥは精一杯の笑みを浮かべる。本当ならばパートナーである良綱のことが気にかかるのだが、そうも言っていられない。こうしている間にも次々と避難民たちが京へ避難してきて、同時に迷子係の仕事も増えていく一方なのだから。
「迷子係の本部って、ここで合ってるかなぁ?」
ひょい、と本部を覗き込むように顔を出したのは
ヴォルク・ティーナン。
その背には、泣き疲れてしまったのだろう、瞼が腫れた子供が背負われていた。
「ええ、ここですわ。その子を?」
「うん、お父さんとはぐれたみたい。名前は……」
ヴォルクはもふもふであやしながら聞いた話をそのままクゥに伝える。クゥはそれを全て手元の台帳に書き込むと、背負われていた子を起こさないよう、そっと抱きかかえた。
「ご協力感謝しますわ」
「早く、皆再会できるといいね」
「ええ、本当に」
二人は、視線を本部の奥へと向ける。
奥の子供部屋では、
神流 ルカと
セルマ・ブリューゲルが、子供たちと一緒に遊んだり、あやしたりしていた。
ルカの明るい歌と、セルマの懸命な励ましに子供たちは幾分か落ち着いて過ごしているように見えるが、それでも時折視線を出入り口に向けたり、涙ぐんだりと精神的に不安定なのが見て取れる。
何人かは、ヴォルクが今しがた背負ってきた子のように泣き疲れて眠ってしまっていた。
「それじゃ、僕は行くね。まだ他にもいるかもしれないし」
「分かりましたわ。お気をつけて」
「クゥさん!」
ヴォルクと入れ違いに、本部へと駆け込んできたのは
豊四季 聖人だ。
彼の後ろから、不安そうな男性と泣きはらした顔の女性がついてくる。
「聖人さん、そちらの方々は?」
「おりょうちゃんと太郎くんのご両親だって。二人は?」
「あちらで泣き疲れて眠ってしまってますわ」
クゥが示した先を見て、男女は口々に子供の名を呼んで駆け寄った。
その声に、目を覚ました姉弟が両親の顔を見つけて歓喜の泣き声をあげる。
「……よかった、と喜んでばかりもいられないのがつらいところだよねぇ」
まだ再会できていない子供たちは多い上、これからさらに増えることが予想される。
聖人はクゥから台帳の写しを受け取ると、再び保護者の捜索へ向かったのだった。