妖魔の影
「麻呂はここを離れんぞ! この屋敷には結界が張られておる、わざわざ下々の者と逃げるまでもないわ!」
荘園の中心となる館で、いかにも貴族といった風体の男はそう叫んだ。
「秋花、俺は他の住民をまとめてくる」
「はい、こちらは任せてください」
面倒だ、という空気を隠す気もなく言い放つ
ジェラルド・ブレアに、
秋花・シンクレアは品のある微笑を浮かべて答えた。
秋花の受けた『神託』によれば、化け雀の群れがこの荘園に近付いてきている。
出来るだけ時間を掛けずに避難を済ませ、妖魔を排除しなければいけないのだが――
「な、なんじゃ、麻呂は動かんぞ!」
「そう頑なにならないでください。もうじきここに妖魔の群れがやってきます。万が一のことも考えて、より安全な場所へ避難していただきたいのです」
終始穏やかに、秋花は説明する。その所作の一つ一つは洗練された令嬢のものであり、貴族は徐々に警戒心を解いていく。
「ここを離れるのは心苦しいかと思いますが、どうか私たちを信じてください」
「……わ、わかった。ぬしを信じようぞ」
ようやく首を縦に振った貴族は、秋花にしたがって移動を開始する。
どこかもたもたとした貴族の動作に痺れを切らしたのか、既に他の住民をまとめ終わったジェラルドが「さっさと歩け」と急かした。
「秋花、妖魔の様子は?」
避難する住民とが反対側から、
戒・クレイルと
AHI RU、そして
ユーリ・レベジェフが駆けてくる。
「……かなり、近付いてきています。このままでは追いつかれます」
「じゃあ、僕たちの出番だね」
ユーリはくるりと尻尾を動かすと、符をいつでも放てる体勢になる。
「君達は村の人達を京まで誘導してあげて欲しい。僕たちはここで妖魔を足止めする」
「私もついてるわ」
戒とAHIRUがそう言うと、秋花は少しだけ心配そうに瞳を伏せる。
戒は不安げな恋人を優しく、軽く抱き寄せて「大丈夫」と囁くと、微笑む。
合わせてAHIRUが「マスターなら大丈夫よ」と言えば、秋花の瞳は不安から安心へと表情が変わった。
ジェラルドと秋花が避難する人たちを連れて荘園を出発した後。
陰陽博士に『小結界』を張ってもらったユーリとAHIRU、そして戒の視界に、十数羽の化け雀の群れが現れる。
どこか熱に浮かされたような群れに、先手必勝とばかりにユーリが『妖縛符』を放った。
群れの動きが鈍った隙に、戒が一気に距離をつめる。
その動きを補佐するように、AHIRUが『祈祷』で力を送り込めば、まさに虎の如き『虎走り』の一撃が群れの一部を裂いた。
戒が一旦距離を開ける頃にはユーリの『妖縛符』が次の標的を縛り付け、戒は再び標的へと駆ける。
その足に、剣を振るう腕に、AHIRUの『祈祷』で力が付与されていき――
化け雀の群れは、あっという間に全滅したのだった。