山寺へ向かえ!4
そうして、春緒や希一達と共に、特異者たちが導満のいる山寺目指して侵攻しているのと同じ頃。
彼らと少し離れた場所で、独自に動いている者達もいた。
「メルバック様は、悪意をお知りになりたいと」
「そんなものが、本当にあるのかね」
山中にて、時を待つ
メイドール・キュージィに、
ミナ・ロックローズが肩を竦めた。
何が憎いのか、何が悲しいのか……導満は、そういった類のことが判らなくなっているのではないか、とミナは推測しているのだが、半面で「ただ」とも口を開いた。
「こうやって世界に……大和に、何か言いたい事があるんっしょ」
それを彼女等のパートナーは知りたがっているのだし、何とか上手く行けばいい、とミナは思うが、さてどうなるやら、とその視線をちらりと周囲へとやった。
「式を捕まえるなら、可愛い女の子がいいな」
男とか汚らわしくて嫌よ、とミナの視線の先で肩を竦めるのは
イリア・シックルズだ。そんなイリアに、
フェリシア・ヴァイオレットは嘆息した。
「選り好みしてる場合かよ?」
一応言ってはみたが、余り聞いていないらしい。もう一度息をついたところで、彼らの目的――式神が飛び込んできたが、残念ながら、餓鬼のようだった。
「女の子じゃないじゃない……パス」
あからさまにイリアががっかりしたような顔をしたが、残念ながらパスしてもチェンジする可愛い女の子な式神はいなかった。いずれにしろ、視力を失っている導満が「可愛い女の子」な式神を選んで作れたかどうかは疑問であるが。
ともあれ、直ぐにでも襲い掛かってこようとする式神の前へと、ずい、と前へ出たのはメイドールだ。
「お待ちください」
その言語を理解はしたのか、式神の動きが僅かに止まったのに、メイドールは続ける。
「メルバック様は、戦いを望んでおられません。ただお話がしたいと仰せです」
そう言って対話を求めたメイドールだったが、先の言葉も特に理解したわけではなかったようで、攻撃してこない、と判った途端、式神はメイドールへ向かって襲い掛かってきた。身構えたメイドールだが、その前にフェリシアが飛び込むと、その攻撃を何とか弾いて地面に転がった。
「駄目だ、聞こえちゃいねぇ!」
舌打つフェリシアだが、二人が正面で意識を引いている間に近付いたらしく、
佐倉 千尋が式神の背後に回って、その背に妖縛符を貼り付けた。
『……ッ』
それでも式神は更に暴れようとしたが、ふと、ふつりとその体から力が抜けたかと思うと『奇怪よな』とその口から声がした。明らかに、餓鬼のものではない。
「……導満、か?」
千尋が尋ねると『いかにも』とその声は答えた。
『そこな姿は、何だ? 妖にしても珍しい姿よ』
導満が言うのはどうやら、スポーンやデモニスの姿をしたイリアやメイドールミナのことのようだ。目は見えていないはずなのにどうやって知覚しているものか、その異形の姿が、大和に存在しているものではないと朧げながら察しているようだ。とはいえ、それが別世界の存在であるとまでは知覚できないようであったが。
とにかく、興味を引くことに成功した、と見て千尋は「後で説明してやる」と口を開いた。
「それより、自分はひとつ、言いたい事がある……ライバルに負けて悔しい気持ちは判るが、巻き込むな」
『らいばる……?』
導満が訝しげなのに、好敵手だ、と言い換えて千尋は続ける。
「大方、復讐か何かなのだろうが……」
そう言うと、声は笑ったようだった。
『復讐か。左様に思うか……それも良かろう』
「違う、と言うのか?」
その言葉に口を挟んだのは、
メルバック・グラストシェイドだ。
「復讐でなければ、何だ?」
『さて? 何であろうな』
導満の興味が無さそうな返答に、メルバックは「僕は知らなければならん」と強い口調で言った。
「己が行いによりその身を落とし、残された命も僅かな男が今事を起した理由……その悪意を」
導満が沈黙する中で、メルバックは尚も続けた。
「ただ鬼に操られてか? それだけではあるまい。それは切欠にすぎんはずだ。全部聞いてやる。憎しみも喜びも」
語れ、と強い声がそう言うのに、導満は笑ったようだった。
『面白い童よの。そう……鬼など、ただの切欠に過ぎぬ』
そう言って、導満はまるで、式神を通して「見えて」いるかのように、メルバックの方に式神の目をやった。
『憎しみではない。悲しみでも、ない――ただ、大和の民は知るであろう。それだけで良いのだ』
「――……」
メルバックがその言葉の意味を噛み締めていると、ふん、と軽く鼻を鳴らしたのは千尋だ。
「知らしめたいのであれば……時間が無いのなら、もっと別の方法もあったろう」
その言葉に続きを求めるような導満に、千尋はトン、と自らを指した。
「後進を育てて、託せばいい。自分なら、大和のしがらみもない。適任だと思うが?」
そんな千尋の言葉を聞きながら、フェリシアは小さく息をついた。力を求めるのは良いが、節操がなさ過ぎやしないか、と思うのだ。同時に、恐らく導満はその言葉を理解できない。果たして、フェリシアの予想通り。
『大和のしがらみ……とは、どういうことかは判らんが、それは敵わぬことだ』
特異者としての資質のない導満には、異世界を匂わせる言葉を理解することは出来ないのだ。導満の気持ちを代弁するように首を振った式神に、千尋とメルバックは首を捻った。
「敵わぬ……というのは、どういうことだ?」
だが、その問いには『そのままの意味だ』とだけ答えると、言葉を話させるのに無理をかけたのか、式神は沈黙し、地面へと倒れたのだった。
「……だってさ。どうする、メル?」
ミナがその顔を伺うと、メルバックは既に行動を決めているようで、その視線を山頂へと向けた。
「まだ、言葉が足りていない。となれば、直接聞くしかないだろうな」