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大和妖奇譚 ―妖魔行―

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大和妖奇譚 ―妖魔行―
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山寺へ向かえ!2


 宣戦布告を終え、先んじて現れた式神たちを退け、一端の静寂が訪れたところで「さて」と偲は山道を見やった。
「これで引き下がってくれるはずは……無いよね」
「でしょうね」
 独り言のような呟きに、マーヴェルが答え、アンサラーも頷く。
「式神の姿が見えないってことは、この辺りは式神を必要としないっていう可能性があるね」
 つまり、この辺りには、足止め役として式神の代わりになるもの……罠が仕掛けられている筈である。式神と違って目に見えて対処が出来ない分厄介だ。踏み出した途端巻き込まれる危険性が頭をよぎって、特異者たちの足が鈍った。
「とは言え……ここでのんびりしてもいられないわ」
 そんな特異者達に、歩みを止めていられない、とアルスレーテは目を細めた。
「この辺りの罠は……多分、起爆系……の、罠ね。数が多いけど、対処できないものじゃない……筈よ」
 神懸りによって、ぼんやりとではあるが神託を受け取ったらしい。その言葉に一同は顔を見合わせて頷いた。いずれにしろ、ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。進行の邪魔になるものを優先的に排除しつつ、先を急ぐ……難しいようだが、成さなければならない。
「と言うわけで」
 言って、偲はくるりと自分のパートナーを振り返った。
「行け、相棒!」 
 言うが早いか、偲はイクリマ・オーの背中を蹴り出した。要するに、罠発見器である。ついでに言えば、最悪の場合の強制罠解除担当、と見れなくも無い。
「何が相棒さー! 鬼! 人でなしー!」
 相棒と呼ぶ相手に、この仕打ちはあんまりだ! と、盛大に文句は言いつつも、拒否権は無いようだ。背中を蹴られしながら、イクリマはじっとその目を凝らした。道なり、あるいは木々の隙間。陰陽師である導満に、罠として大掛かりな仕掛けを置いておく必要が無いのだ。シフィル・ウィアテストもイクリマや悠人たちと先頭に立って罠を警戒していたが、シフィルが不意に足を止めて「待った」と手を上げた。
「この辺り、踏み込むのは危険な気がする」
「ふむ……暫し待て」
 シフィルが言うと、陰陽知識を元に、研ぎ澄ませた感覚に引っかかったものにアルフレッド・アーヴィングが目を細めた。シフィルが示した違和感のある地点から、更にポイントを絞り込んだアルフレッドの指示にアリシア・シャムロックが頷いて矢を番えた。
「射抜いた程度で、何とかなりますかね?」
 少々不安そうな様子のアリシアに「さて」とアルフレッドもやや首を傾げた。
「爆薬ではないから、当てれば破壊できるというものではなかろうが……」
 紙である以上、形が崩れれば術は発動しないであろうし、破魔の矢であれば、或いは、符の効力を打ち消すことも出来るかもしれない、と言う言葉を受けて、アリシアが放った弓は正確に符を射抜き、起爆を沈黙させた。
「行けそうだねー」
 ほっとしたようにイクリマが息をついたのに、シフィルも少し笑って頷いた。

 そうして、同行する仲間達と何とか発見した起爆符による罠を、偲の苦無やアリシアの弓で射たりなどして、接近前に破壊してもらいながら、先行する悠人と共におっかなびっくり先を進んでいたイクリマだったが、その横を大人しく並走していた水無瀬 徹二が、何があったものか、唐突に「ええい、まどろっこしい!」と声を上げた。そして。
「罠なんて知るかぁ!」
 そう声を上げるや否や、徹二は誰が止める間もなく、どこか自棄気味な面持ちでその速度を上げた。罠? 何それ美味しいの? と言わんばかりに直進する徹二の行く先は、当然のごとく罠の待ち受ける真っ只中である。見事その内のひとつが発動して、ドォンと派手な炸裂音が鳴り響いた。
 一向は顔色を変えたが、当の本人はそれで怯むでもなく、躊躇うでもなく直進を続ける。
「こんなもの! ロシアンの外れに比べたら! 修羅場に比べたら!」
 そんな声が、爆音に紛れて聞こえてくる。幾らか叫んだ後に「……あれ? なんで涙が出るんだ」という呟きが混ざり、何故か涙を誘われたものがいたとかいなかったとか。
 兎も角、そんな徹二の特攻は、少なからず警戒に足を鈍らせていた特異者たちに火をつけた。白銀 タクも、そんな火のついた特異者の一人だ。危険も厭わず前へ出ると、ここに来てようやく再び姿を見せた式神へと向かっていく。特異者たちが、罠を前に足を止める気配の無いのに、罠だけでは心許ないと判断したのだろうか。そんな式神へと、接近と共に抜き付けを放つと、潜んでいたのだろう、タクの後方から現れた式神へ、柄を引いて顔面当てを食らわせると、続く動作で抜き払った太刀の柄で、再び前方の式神の胴へ突き込んだ。一瞬式神の体が浮き、それが最後だった。その直後に飛び込んだ悠人の薙ぎ払いと共に、マーヴェルの起爆符が二体の体を更に弾き飛ばし、崖下へと誘った。タクの攻撃が崖側へ誘導していたのである。
 が、罠を省みないタクの好調子は長くは続かなかった。仕掛けられていた拘束符が、その片足を地面に縫い付けたかのように動かなくさせてしまったのだ。そうしている間にも、式神は接近し、何より鵺の被害は拡大するばかりだ。タクは一瞬足の鈍った特異者達に「構うな!」と声を上げた。
「俺も後で追いつく。先に行ってくれ!」
 所謂フラグ発言としか聞こえなかったが、本人はとても良い顔なので、皆頷くままタクから背を向けて前進を再開したのだった。

 解除と言うには些か大胆な彼らと裏腹に、密かかつ堅実に解除を推し進めていたのは躑躅森 勲だ。
「この辺りですかね……ああ、ありました」
 自身の能力を最大限生かして罠となる符を発見すると、慎重にそれを取り外して無効化させると、手にとってそれを眺めた。
「もしかしたら、術者の弱点を割り出せるかもしれませんからね」
 符の名と効果は同じでも、それぞれの術や符には、それを作り扱う術者の個性が出る。勲はそれを探ろうとしていたが、ここも戦場だ。当然、気配に気付いた式神が勲を狙って飛び掛ってきたが、その牙が届くより早く、一文字 陸の手裏剣が式神へと襲い掛かった。ギャァ、と悲鳴をあげて飛びずさった式神と勲の間に飛び込み、陸は構えを取る。
「悪いが、邪魔をさせるわけには行かないんでな」
 そうは言うものの、導満の操る式神は強力だ。押されはしないものの決定打を与えられないでいると、唐突に、式神がその動きを鈍らせた。まるで何かに縛られているような状態に、陸が目を瞬かせていると、続けざま爆発音が響き、式神が吹っ飛ばされる。よく見れば、その周囲に符が貼り付けられている。
「罠って言うのは、こう使うんだよ」
 そう言ったのはルーク・ファネスだ。先行する罠のプロフェッショナル、リュンクス族の仕置人に、罠が仕掛けられていそうな場所を教えてもらうと、それを逆に利用し、あるいは逆手に取るような位置に起爆符を配置しておいたのだ。導満の数にまかせた罠に比べて、こちらは本格的に「罠にかけるための」仕掛け方だ。なまじ思考能力があるために、式神は次々とルークの仕掛けた罠にかかり、ダメージを蓄積させていく。そうなれば後は容易いものだ。
「そちらに行ったぞ!」
 陸が追い込んだ式神は、悠人たちのいる戦線へと飛び込んでしまい、特異者達の猛攻の前にあえなく沈む。

 そうして、殆ど自ら飛び込んでいった形で罠にかかって盛大に散った、或いはいい感じのフラグを残して行った、一部の面子を除けば、大きなダメージや損害を受けることも無く、特異者達は狙い通り力の温存を果たしながら、順調に山道を侵攻していったのだった。


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