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大和妖奇譚 ―妖魔行―

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大和妖奇譚 ―妖魔行―
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不知火


 葵 響佑達が断念した太政官府へと、訪れている特異者達がいた。
 とは言っても、彼らの目的は資料を集めることではなかったのだが。

 その内の一人、マリアベル・エーテルワイズは油断無く周囲を見回しながら、軽く息をついた。
 混乱に乗じて訪れてみれば、ジェリー・アスプリンメソスケール ヴィテキシーを引き連れたメソスケール・スローテンポ達が、強引に兵達を倒して乗り込んでいる最中だったのだ。
「ボクが鬼なら、京の戦力が少ない今こそ、狙い目だと思うんですよねぇ」
 何事かと姿を現した不知火に、鬼が不知火を狙ってくるのを阻止、あるいは足止めするために訪れたのだ、とメソスケールは言ったが、本来ならそこで摘み出されるところだ。
 幸いと言うべきか、倒された衛士を「不甲斐ない!」と蹴り飛ばした不知火は、メソスケール達の実力を買って、マリアベルも含めた形で警備を許可したのだが、マリアベルは僅かな疑念もまた拭えないでいた。
 当代には疑われている様だが、先帝からは信頼されていたと言う、現在の国政のトップ、藤原 不知火。確かにメソスケールの言うように、以前狙われたように、この混乱に乗じて再び狙われる可能性は無くもない。だが、混乱しているとはいえ、一国のトップの周囲にしては、随分警備は手薄だったように思うのだ。
「なんや、えらい甘い警備やな。はっきり言って、わしらだけで館の全員殺す位造作もないで」
 そんな物騒なことをジェリーが言ったが、そうですね、とヴィテキシーも同じ意見のようで、疑わしそうに頷いた。
「あっさりと倒れてしまいましたしね。いくら検非違使の大半を鵺討伐に動員しているとはいえ、不知火さんのような人が、このような警備で安心できる人間とはとても思えないのですが」
「そうだねぇ」
 見るからに小物、といった不知火が、先日も襲われたというのに、この程度の警備で枕を高くして寝ることが出来る、とは考えにくい。特に、今のような非常時であるなら尚更だ。
 メソスケールも、それに頷いた。まるで、わざと隙を見せ、鬼を誘い出そうとしているような――
 その時だ。明らかに先程の衛士達とは違う種類の兵達が姿を見せた。人数は少ない。揃いの武装もそうだが、その立ち振る舞いから見ても、メソスケールたちが倒した者達との実力差が見て取れる。だが、では何故先ほどは姿を見せなかったのだろうか、とマリアベルとメソスケールは顔を見合わせた。
「……倒された衛士達の代わり……というのでは」
「ない、だろうねぇ、勿論」
 とは言え、見ているだけでは流石にその正体は判りようも無い。しかも、ほとんどの者が裏頭で顔を覆っている。僧兵のようにも見えるが、纏っている空気からはそう感じられない。
 少なくとも、他の場所では見たことの無いような武装をする彼らを観察しながら、彼らの正体についてぼそぼそと話していると、ふと、視線を感じたマリアベルが顔を上げる。そこには、赤い直垂を身につけた、可愛らしい少女がじっと二人を見詰めていた。
「……なあに?」
 首を傾げて問うと、少女は首を振ると、そのままトトト、と廊下を渡って行ってしまった。首を傾げている二人は、その後も警備の最中、そんな少年少女たちが時折木々や柱の陰を横切るのを見つけた。気になって追いかけてみると、それぞれ皆一様に、不知火の部屋に出たり入ったりしているようだ。
「まさか、そんな趣味がある……ってわけじゃあないよねぇ」
 メソスケールの呟きに、気のせいかヴィテキシーが微妙な顔をしたが、マリアベルはその表情を違う意味で険しくさせていた。あの少年少女たちは、何かの役目を負った存在ではないか、と疑っているのだ。
 彼女たちが学文郎(かむろ)と呼ばれる者たちであると知るのは、この警備が終わってしばらく経ってからのことである。

「やはり……ただの太政大臣、というわけではないようですね」

 そんなマリアベルは、太政官府に張り巡らされている“糸”の存在に、気付く事はなかった。

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