繋ぐ為の一手
空を飛ぶのは、巨大な鳥。
それが低空飛行し、二つの影が地に降り立った。
「戦況は……厳しそうね」
夕凪が呟く。
それに、僧服の少年――
坂本 一輝が応じた。
「だけど、あれを止めるしかねぇだろ。黒塚との連戦になっちまうけど、どうにかしねーとな」
そんな二人の前に、ある人物の姿があった。
~京北部~
「あー……だいぶ楽になったぜ、ありがとな」
腕をまわしながら体の調子を確認する一輝は
南風見 眩武に礼を言う。
彼の経穴押しによって一輝の身体の疲れは全快とは言えないものの、かなり取れていた。
「夕凪もやってもらったらいいぜ。鵺とやり合うのに回復しておくに越したことはないからな」
「そうね……おねが――」
了承しかけた夕凪の言葉を遮るように眩武が余計な言葉を続ける。
「色々と溜まっているだろう。俺に君の体を委ねてくれ、すぐに俺の指で気持ち良くしてあげよう」
真顔でそういう彼の顔を夕凪は殴り飛ばした。彼に悪気がないことは分かっていたのだが、どうにも抑えられなかったようだ。
吹っ飛んだ眩武はなぜ殴られたのか理解できない表情をしている。
「馬鹿な事をするのは結構だが、奴さん来たみてぇだぞ」
笠を深く被り直す
桧山 利次が見つめる方向には遠く鵺が走るのが見える。
こちらに一直線に向かってきているようだ。
「尻尾が見えない……どうやらあいつら、成功したみてぇだな。なら後は俺達の役目!」
利次の隣に立つ一輝が鵺を見据える。
「ああ、繋いでみせるぞ……後ろの奴らになぁッ!」
武器を抜き放つとそれぞれが戦闘を開始した。
走る鵺の進行方向に後退しながら牽制の攻撃を加えていく。決して鵺の走るルートが現在の方向から外れないように注意しながら。
咆哮を上げ、太い雷を放つ鵺の攻撃は当たればただでは済まない。
何度も続けざまに放たれる雷撃は地を削り利次に迫った。利次は武器を軸に回転しながら跳躍し、それを躱す。
「一度でも当たっちまったらオダブツかよ……笑えねえなぁ」
「あともう少し、あともう少し踏ん張れば!」
雷撃を躱しながら
衣草 椋は梓弓で鵺に矢を放つ。
戦巫女もそれに続いて援護に入る。
放たれた矢の多くは薙ぎ払う様に放たれる雷撃に焼かれるが、数本は到達し鵺の足や体に突き刺さった。
後方に跳躍し、飛ぶように空から矢を射る椋。鵺はその矢を物ともせずに突進してくる。速度は落ちない。
神懸りを使用し鵺と戦いながら後退している夕凪に疲労の色が強く表れ始めていた。
鵺の雷撃を躱し、帯電していない一瞬の隙を狙って一撃放つ。少しでも気を抜けば、雷撃に撃ち抜かれるか帯電した雷で感電するかのどちらかである。
それを見ながら一輝は思う。
(ちぃっ! 予想以上に強ぇなこいつ……夕凪でも雷撃を躱してから一太刀返すのが精いっぱいかよ)
走る一輝が指差しながら掛け声をかける。
「あそこだ、あの場所に飛び込めッッ! もう十分に距離は稼いだ! 後は向こうの奴らに託すぞ!」
言葉に反応し、地にできた人が隠れられるほどの溝にそれぞれ飛び込むように身を隠す。
鵺はその上を通り過ぎそのまま真っ直ぐ走り去っていった。
一輝が息を整えながら溝から頭を突き出した。
「ふぅ……命がいくつあっても足りやしねぇな」
それを眺めつつ夕凪が一輝に言う。
「……生きてるんだからいいじゃない」
「ぬかせ……動けるかよ?」
「無理……息をするので精一杯……」
「そうか……あとはあいつらに任せるしかねぇな」
後に控えている者達の事を心配しつつ一輝達は身を休める事に専念した。
~京北部・鵺・前方~
「来たっ! そいじゃ妖縛符いっくよーー!」
鵺の進行方向右側に待機していた
岡 真夜は懐から妖縛符を取り出すと、扇状に広げて両手に持つ。
走る鵺の足目掛けて妖縛符を放つ真夜。妖縛符は鵺の足に張り付くと効果を発動させその動きを阻害した。
目に見えて鵺の速度が大きく落ちたのがわかる。度重なる戦闘で抵抗力が下がっているようだった。
「よーし合わせるよっ。こっちも妖縛符をお見舞いッと!」
高所に待機していた
クルツ・アスールは妖縛符を鵺の後ろ足目掛けて投擲する。
動きは鈍くなっているものの雷撃が降り注ぎ、いくつかの符が焼かれて塵になった。
それでもめげずに投げ続け、数枚の妖縛符を張り付けることに成功する。
更に鵺の動きは鈍くなっていき、ついにはその足は止まった。
「やったよー。これなら後の人達も――」
そこまで言いかけた所で
ヒース・グレイヴがクルツを抱えてその場から跳躍し空へと逃れる。
直後、土色の刃がさっきまでクルツの立っていた所を両断。破砕した。
「あいつ……土の中の砂鉄すら雷で操れるみたいだ。ちっとでも気を抜くと……死ぬぞ」
土色の刃は再びクルツとヒースを狙った。しなる様に横一文字に剣閃が迫る。
「ちぃっ!」
ヒースは杖を前に突出す。杖を中心に風が集まり瞬時に形成された風が盾となって土色の刃を防ぐ。
風にぶつかった土色の刃は飛び散るように辺りに広がって地面へと落下。ただの土へと戻った。
~京北部・鵺・右側面方向~
「私達でも結界を張るお手伝いができるならッ!」
織部 睦月は予め他の者からも受け取ってあった注連縄を繋ぎ合わせ結界作成の補助を行った。
注連縄はここら一帯を囲んだ大きな物がまずあり、そこから繋がれた別の注連縄が止まった鵺の足元を通り向こう側へと続いていた。今回の作戦の要となる重要な役目と聞いてはいるが、どう重要かはいまいちわかっていなかった。
せっせと注連縄を繋いでいく彼女に鵺の雷撃が迫る。
作業に集中している為か、そのことに睦月は一切気づく様子はない。
回転しながら何かが飛来し、雷撃の前の地面に刺さった。その武器様な鍵を雷撃は飲み込むとすっと消失してしまった。
地面に刺さった鍵を引き抜くと
スイヘー リーベは得意げに鵺にそれを向ける。
「ふふーん。睦月ちゃんはわしが守るー」
同じ要領で睦月を狙う雷撃を武器をアース代わりにし、地面へと逃して無効化していく。
多少引き抜く際に手がびりびりと電流を受け痛そうではあるが気にしている様子はあまりなさそうである。
「じゃあ、ざらめは睦月ちゃんの応援するのー」
睦月の周囲を飛び回るようにくるくると踊っている
かすてら ざらめ。
その様子は愛らしく、見る者によっては骨抜きにされてしまいそうであった。
くるくると回りながら時に飛び跳ね、時に地面を滑るように走る――というか転がる。
その様子は注連縄の設置に気を使っている睦月の癒やしになっているのであった。
「よし、これで最後……はい、繋ぎ終わりました!!」
「…………」
注連縄の中心にいた
ベレス・ツヴァイは注連縄による結界を発動、同時に神懸りを使用し結界の維持に勤めた。
結界は鵺の右側に白い大きな壁となって顕現する。彼の身体に重い衝撃がのしかかるように発生した。
結界の維持の為に彼の体に負担がかかっているようだ。しかし彼は苦言一つ漏らさない。ただ精神を集中し続ける。
注連縄を白い光が伝って行き向こう側……鵺の左側へと延びていった。
~京北部・鵺・左側面方向~
「来ましたね、ではこちらもいきますよ――ッ!!」
注連縄の白い光が伝わってきたのを確認し
ノーマン・コモンズも結界を発動させ、同時に神懸りを行う。
右側と同じように白い光の壁が鵺の左側に顕現した。
「くっ……これは、なかなか」
重い衝撃が彼の肩にのしかかる。少しでも気を抜けば倒れ込んでしまいそうなその負荷に耐え続ける。
(僕らの結界は本命への援護……先に倒れては意味がありませんからね)
~京北部・鵺・前方~
鵺を挟むように白い結界の顕現を確認したクルツは鵺の足元に予め仕掛けてあった八殺封陣を発動させる。
両側の結界に強化された八殺封陣は他のものとは比べ物にならない大きな光を天へと伸ばす。
空高くそびえる様な白い柱に封じられた鵺はその動きを完全に止めた。
しかし、鵺の攻撃が止んだわけではない。
空に広がる暗雲からは雷撃が落ち、大地からは電流で操られた土の刃が特異者達に襲い掛かる。
「させませんっ」
結界を張る者に迫る土の刃に
レイヴ・レティシアは魔除けの札を投げ付けた。
札は土の刃に張り付くと数秒でただの土の塊へと戻す。直後、土の塊は形を維持できなくなりぼろぼろと崩れて地面へと落下した。
しかし、土の刃の数は多く彼女に休む暇は与えないかの如く襲い掛かった。
対魔巫女も援護に入るがまだ相手の手数の方が多い。
(鵺が倒れるか、札が尽きるか……どちらが先でしょうね)
土の刃を一刀のもとに斬り伏せる
桂木 四郎。
一つを斬っても動きを止めず、返す刃で背後に迫る土の刃を斬った。
「まだ来るか……」
上方から迫る土の刃を受け止め、太刀の上を滑らせるようにその攻撃をいなす。そのままバランスを崩した土の刃を縦一文字に両断した。
「それぞれは大したことないけど、数ばかりが多いね……」
「そうじゃの。ただ土くれならいたずらが仕掛けられないのは残念じゃが」
文句かただの感想か、どちらとも取れる言葉を発しながら
ヘレーネ・ティーフブラウは風を巻き起こし、土の刃を散らして砂へと戻す。
近くに出現した土の刃は風の弾丸をぶつけて粉砕。
「こうもどこからでも現れるとなると、まるで囲まれているような錯覚を覚えるのぅ」
風の弾丸を乱射し、土の刃を次々粉砕する占婆の姿はどっちが妖の者か一見したらわかりにくいかもしれない。
その背後で
エレイン・シェルシェがジャベリンアタッチメントで槍上に固定されたフォトンを振り回し、土の刃と戦っていた。
「二人とも喋りながらとは余裕ですね。こちらは能力のダウンもあるのでそれほど余裕がないのですが」
表情をあまり変えずにエレインはフォトンシールドで土の刃を弾く。
弾かれて無防備になった土の刃をフォトンの槍で貫いた。砕ききれない場合は回し蹴りもおまけする。
「そろそろ頃合いですね。風神、降りましませ」
両の手を空に上げた
ルーシー・カントローズは神懸りを使用する。
(この力はあの方の為に……私の力をお役立てください)
両手を握ると胸に当てひざまづくように彼女は祈り始める。白い暖かな光が彼女を包み、それは光の帯となって空に伸びた。
光の帯はそのまま目の前で待機している
河上 桜へと降り注いだ。
彼女は全身に力が満ちてくるのを感じる。とじていた目を開くと桜は武器を抜き放った。ほのかに彼女の身体を白い光が包んでいる。
「邪魔しないで、と言ったところで無駄でしょうから――斬るッッ!」
大地を蹴って疾風の如く駆けた彼女は襲い掛かる土の刃を次々と斬り落としていく。
どの刃も彼女に接近することは敵わない。接近する前に切り刻まれるか、剣圧で両断されるかのいずれかである。
背後を気にしていない彼女を補佐するように追従する
シリウス・ガーティンは心の中で溜め息をつく。
(はぁ……もう少し背後や防御にも気を配ってほしいものだ。まぁ攻撃は最大の防御ともいうがな)
彼女に遅れないように走りながらピールムを投げしっかりと背後を守るシリウス。
二人にとってこの土の刃は取るに足らない相手ではあるが、いかんせん数が多い。しかも少しでも撃ち漏らせば結界を維持している者に被害が及んでしまう。
(出現位置にも気を配っておいた方がいいかもしれないな……)
土の刃を剣の嵐のように切り刻んでいく桜を遠目で見ながら
ニャルラト・ホテプはぽつりと一言。
「……爆」
彼女の声と共に地面が爆砕し、その爆発の炎は多くの土の刃を巻き込んで吹き飛ばす。
辺りには血の雨が……いや、土の雨が降っていた。
爆発したのはシリウスが走りながら仕掛けている起爆符である。ニャルラトはその位置を記憶し、絶妙のタイミングで爆破している。まあ本能ともいうかもしれないが。
「ほらほら、こっちだ! 追いついてみやがれっ」
石や岩の上を縦横無尽走り回り多くの土の刃を引き付けているのは
ニャットゥ・グアン。
振り下ろされる一撃や横一閃に放たれる薙ぎ払いをすれすれで躱し、結界を張る者達から土の刃の多くを引き離すことに成功していた。
「おっと!」
近づきすぎたものには手裏剣を数発お見舞いし、砕いて土に戻した。
「鬼ごっこなら負けないぜッ!」
彼は自分に攻撃が来るように仕向け、土の刃の攻撃を引き付けていくのであった。
動きの止まった鵺の傍の丘に破魔矢を構える少女が一人。
彼女は
ノラ・アスール。
動きの止まっている今を狙って目などの急所を狙おうと思ったようだ。
何回か攻撃を加えたのだが、急所はおろか鵺に届くことすらなかった。
なぜなら上空から降り注ぐ雷撃に邪魔され、上手く狙いが定まらないのである。
「どーして、当たんないのー。もうあのお空からびりびりが落ちてこなかったらいいのにー」
そういうとノラは空を見上げる。直後、暗雲が光り、ノラ目掛けて雷が落ちてくる。
「ほーら、余所見しないの」
彼女を抱え、地を滑るように
クスカ・エリヴァは雷撃を避けた。
弓を放とうとする、雷撃が落ちてくる、クスカが抱えて躱す。
先程からこの繰り返しである。
負担はクスカの方が大きいだろうにクスカは微笑を絶やさない。
「焦らずにゆっくり狙いましょう? まだしばらくが鵺さん止まってるでしょうし」
クスカは言い聞かせるようにノラにそういうと安全な所に彼女を下ろした。