止める、我が身に代えても
~京北部~
凍夜達が戦闘している場所から少し離れた丘の上に二人の人影がいた。
リズ・ロビィと
エミリア・アッシャーである。
「ちょっと……まだ合図してないんだけど! もう戦闘始まってるじゃん!」
丘の上からしゃがんで身を乗り出し、リズは戦う凍夜達を眺めていた。
「仕方ないですよー。鵺の行動は予測しずらいものですから、仕掛けるタイミングが少々ずれるのもあることかと」
それを聞くと頭をかきながらリズは立ち上がった。
「あーもうっ! こっちも動くよ! 合図を待ってたらタイミングを失いそうだしさ!」
「わかりました、それでは少しじっとしててくださいねー」
そういうとエミリアはリズの腰に手を回した。
「二人が作ってくれた大事な時間……無駄にしないよ」
「うん、私達もできることを最大限にしないとね」
弾とフランの後方から
祭夜 雅、
四十沢 慧業の両名が接近していた。
二人はある程度まで接近すると、抱えた桶に入った水を空中にぶちまける。直後、二人は揃えるように手を出すとアクアを発動。水の制御を試みる。
塩という不純物が混ざっているせいか操作にコツはいるものの、二人掛かりなら操る事もそう難しくはない。
二人に操られた塩の混ざった水――食塩水は意思を持った存在の如くうねりながら鵺へと襲い掛かった。
戦闘に気を取られていたのか、あまり水という存在を重要視していなかったのか鵺の身体はあっさりと食塩水を頭から被りびっしょりと濡れた。
鵺はさして気に留める様子もなく、目の前の弾とフランに向かって雷撃を放とうと身体に電流を迸らせる。
「今だよ、雅! あの物騒なビリビリを土の中へおさらばさせちゃおうっ」
「勿論。二人掛かりならきっとやれる。私達にはその為の力があるのだから!」
二人に操られた水は鵺から線の様に数本が地面へと根を張るかの如く延びた。
それに構わず放たれた鵺の雷撃は地面に吸い込まれるように水の線を伝っていく。それは何度鵺が雷撃を発しても同じであった。
雷撃が効果がないと判断した鵺は飛びあがり、水を振り切ろうと空を駆けた。
縦横無尽に空を走り回る鵺であったが、鵺から地面へと続く水の線は途切れることなく伸び続ける。
それを制御する二人の顔に冷たい汗が出始めた。それもそのはず。縦横無尽に動き回る対象を補足し、なおかつ水を制御し続けなければならないのである。
更に相手はあの鵺である。並の者であれば既に精神力を使い果たし、倒れていてもおかしくはない。
その時、鵺の身体に稲妻が走る。
「何度やっても、同じ結果に……ッ!?」
黒い霧状の獣へと変わった鵺は常人の目では捉えられない速度で空を駆けた。
他の者の攻撃を掻い潜り二人へと急接近、水の制御で身動きの取れない二人を跳ね飛ばす。
「きゃああああっ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
二人の制御を離れた水は霧散。動きを止め、元の姿へと戻った鵺が二人を見下ろしている。鵺の身体に稲妻が走った。
直後、鵺から放たれた雷撃は容赦なく二人を薙ぎ払った。
止めを刺すつもりなのか、鵺がゆっくりと地上に降りて二人へとにじりよる。
鵺の身体が雷撃を放つ為に一際光り輝いたその時、
「させるかぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」
上空から何かが急降下、鵺の身体に深々と太刀を突き刺した。
「goodluckbaby……」
人影はそう呟いた。
鵺の身体が地に伏せる様に倒れ込む。その背中の上には人影が見えた。
その人影は二人分あって、背中に深々と刺さった一つの太刀を二人で握っている。
それははるか上空から降下してきたリズとエミリアであった。
何か嫌な予感を感じ、太刀を残して二人は鵺から距離を取った。
よろよろと立ち上がった鵺がひときわ大きな咆哮を上げると、空の暗雲から太く大きな雷が鵺に落ちる。
青白い光に包まれ、鵺の傷は見る見るうちに回復していった。
「やはり並の方法では動きは止まらないか。ならば俺が止めよう。この身に代えても!」
青井 竜一は丘の上から跳躍し飛び降りた。その体が光り輝き、白い光の巨人の姿へと変化する。
光の巨人となった竜一は大地を蹴り、猛スピードで鵺に向かって突進した。ゴダムほどの力は出ないものの、圧巻である。
「まったく、竜一殿も思い切った事をする……まあ、どこぞの巨人のように3分で倒れないように支援するか」
丘の上に残った
ネヴュラ・シェーレが精神を集中すると霊符が彼女の周囲を飛び始める。
手を伸ばし、指で術式を描いていく。さほど時間はかからずに術式は完成。効果が発動する。
「見えざる結界よ、かの者を凶刃より守りたまえ!」
彼女の発動したパリエスは竜一の身体を優しく包み込んだ。長くは持たないだろうが、何も無いよりははるかにマシであろう。
竜一を確認した鵺は最初とは比べ物にならない程の激しい稲妻を迸らせ、太い雷撃を放った。雷撃は地面を裂き、土煙を上げながら竜一へと迫った。
走りながら腕を交差させ、回避せずにそのまま雷撃へ突っ込んだ竜一の身を雷が焼いた。
痛みに怯むことなく竜一は鵺に掴み掛り、その動きを止めることに成功する。
暴れる鵺の鋭い爪が彼の身を引き裂き、血の代わりに光の粒子が吹き出した。痛みで膝をつくが彼は鵺を離さない。
「自らの身を犠牲にするその心意気やよし! わたくしがその隙を有効に使いますわ!」
少し高い丘の上で
綾小路 マナはそう叫ぶと、起爆符を鵺の上空に投げる。
投げられた大量の起爆符は扇状に広がっていき、雨の様に鵺と竜一に降り注いだ。
まるで絨毯爆撃の様に起爆符は連鎖的に爆発し鵺と竜一の身体を炎が容赦なく包み込む。
「わたくしの攻撃から逃れられると思わないことですわッ! まだまだ行きますわよ!!」
懐から起爆符を取り出す彼女は踊る様に次々と起爆符を投擲する。もはや周囲の被害など考えてはいない。憐れ、爆発に巻き込まれた検非違使達もいるようだ。
そんな彼女の傍にいる少女――
名状しがたい 薄い本は飛び交う検非違使達の悲鳴を聞きながらぽつり。
「……味方の被害をも省みぬご主人様の戦いぶり……相変わらずえげつないです」
彼女は静かに吹き飛んでいく検非違使達を眺め続けた。飛んでるなぁ、よくあの高さまで飛ぶなぁとか。悲鳴あげる前に逃げればいいのにとかを思いながら。
光の巨人はついにその身を人である竜一へと戻した。空中から起爆符の爆発の合間を落下していく竜一。
そこにゴダム馬に乗った女性が接近する。降り注ぐ起爆符を躱しながらフォトンライフルを構え、鵺を牽制した。
アリス・カニンガムは落下する竜一に速度を合わせ、彼を受け止める為にフォトンライフルを投げ捨てる。
絶妙のタイミングで竜一を受け止めたアリスはそのままゴダム馬を走らせその場からの離脱をしていった。
「もう、無茶しすぎなんだから……」
青白い閃光を放ち、傷を全く気にせずに吼える鵺に一直線に突っ込んでいく
柊 恭也。
彼は楽しそうな表情を浮かべながら、走る速度を上げ竹槍での刺突の構えへと移行する。
「ついさっき採ってきたばかりの竹槍だぁぁ! しっかり味わえェェェェッ!」
雷撃を紙一重で躱すと走る勢いそのままに竹槍で襲い掛かるが、鵺にあっさりと避けられ肉の代わりに地面を爆砕した。
「くっそ! はええな、アイツ!」
舌打ちしながら彼は鵺を追いかけた。
「来ましたっ! 準備はいいですか?」
アルク・フェンディは隣で同じように伏せる
櫻庭 茨穂の様子を気づかった。
ここまで強大な敵との対峙は初めてなのだろう。櫻庭の表情は笑顔であるのものの少し引きつり、緊張しているようだった。
「僕が破魔矢を放ちますから事前の打ち合わせの通りに援護をお願いしますね」
こくりと頷く櫻庭の顔からは緊張の色が消えていない。肩に手を置き、アルクは優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ、僕がついてますからっ」
少し表情の明るくなった櫻庭の様子に安堵したアルクは破魔矢を構え、鵺に向かって放った。放物線を描くように飛んだ矢は鵺の足元に突き刺さる。
浄化の力を警戒したのか鵺は少し進行方向をアルクから見て左へと変えた。
ダメ押しとばかりに櫻庭の九字切りが鵺を襲う。
鵺は煩わしく思ったように完全に左へと進行方向を変える。
「予定通りのコースですね。自分は発動の準備にかかります、手筈通りにお願いしますね」
「うむ、わしに任せておぬしは安心して術の準備に入るのじゃ」
モニカ・ウェルフェンにそう答えられた
西澤 刹那は術の発動の準備の為精神を集中した。
モニカはこちらに進んでくる鵺の周囲に矢を乱れるように次々放った。矢の雨が鵺の周囲に降り注ぐ。
(おぬしの動きの癖は見抜いておる。既に逃げられはせぬ!)
「今じゃ! やってしまえいっ」
「八陣封殺……発動!」
鵺の周囲八方向から小さな光の柱が伸び、それぞれがお互いの間を埋める様に光の壁が生じた。
結界に封じられた鵺は数秒の間は動きを止め、もがいていたのだが結界にひびが生じ、ガラスを割るような音と共に結界は割れ、消失してしまう。
「結界一つでは……足止めくらいにしかなりませんか……」