京の避難所
京の都、市の一角。
いくつかの店が善意で場所を提供したことで敷設出来た避難所では、避難してきた京近郊の村人たちが時折不安げに故郷の方を気にしながら寛いでいた。
「痛いの痛いの飛んでいけー♪うん、もう大丈夫だよ。怖いことはすぐに終わるからね」
『レフェクト』で怪我を癒しながら
東 今宵が励ませば、ぐずっていた子供は泣くのをやめ、涙に濡れた瞳で今宵を見上げた。
その頭を優しく撫でてあげながら、今宵は心の中で思う。
(大丈夫。大丈夫。すぐこんな怖いことは終わる。だってみんなそれぞれ自分の出来る事を頑張ってるんだから、だから私は自分の出来る事をするんだ)
自身にも言い聞かせるように、撫でていた子供へ再び励ましの言葉をかけた。
「お食事、準備できました! たくさんあるので大丈夫ですよ!」
「こっちから順番に配るから、その場で待っててね!」
避難所に、
アドル・スカーレットと
美川 ぶるーの声が響く。
リトゥン・インバータと三人で、順番に用意した食事を配り始めた。
逃げるときに体力を使ったせいか、暖かなご飯の匂いに、村人たちの腹の虫が鳴る。
「お好きな物をどうぞ。おにぎりも、塩むすびから梅、おかかなど、いろいろ用意しました」
おにぎりが喉を通らない方のためにお粥もありますよ、とリトゥンが丁寧に案内すれば、村人たちは各々好きな具のおにぎりやお粥を受け取る。
アドルは常に笑顔を振りまき、執事をしていた頃に培った技術で無駄な動きのない配膳をしていく。受け取りの際に不安そうな村人を見かければ励ましの言葉をかけた。
ぶるーはややつたない動作ながらも、出来る限り安心してもらおうと懸命に配膳していた。
「おかわりが出来ましたよ、遠慮せずにどうぞ」
羽切 藤野が、追加のおにぎりを持って現れる。実は避難所まで運ぶ途中で一つつまみ食いしてしまったのは内緒だ。
数が限られているだろうから、と遠慮がちだった成長期の子供たちが、安心したように追加のおにぎりに手を伸ばす。
その様子をほほえましく見守りながら、藤野は今も台所でてんてこ舞いだろう夫(?)の手伝いをしに、避難所を後にした。
避難所に程近い場所にある、真新しい店「伽晴倶楽部猫樽屋」。
臨時休業の札を下げた店内では、休業にも関わらず忙しそうに働く人の姿があった。
「オーナー、追加の食料をお持ちしました!」
ダニエラ・キルシュタインが、店の勝手口から顔を出す。
外の荷車には市の人たちが分けてくれた米や野菜が積まれている。
「ありがとうございます、重たいので気をつけて運んでください」
猫樽屋店主、
雛宮 たまが、米を炊いている火を見つつ、ダニエラに答えた。
京へ近郊の村人たちを避難させる、となったときに、真っ先に避難所確保のために動いたのはたまだ。
自身が京に店を開く際、挨拶をして回った店を中心に、場所の提供や食料の提供を依頼して回った。
中には渋る声もあったが、たまは「この非常時に商売根性を持ち込むつもりはありません。備蓄を開放して避難者を受け入れましょう!」と誰よりも率先して店の備蓄を開放する意思を見せたため、次第にそのような声は小さくなっていった。
そして避難が開始された今、たまは妹の
雛宮 みけらと共に、炊き出しを行っていた。
「おねえちゃん! 上手く握れた!」
満面の笑みで、みけが今しがた握ったおにぎりを見せに来た。
少し歪ではあるが、今まで握ったおにぎりの中では会心の出来だ。
素直に褒めてあげれば、みけは嬉しそうに耳と尻尾を振る。
「その調子でどんどんお願いしますね、みけ」
「うん、みけ、がんばる!」
元気いっぱいに答えて、みけは再びおにぎりを結びに台所に戻る。
たまはそれを見送りながら、かわいい妹が握ったおにぎりで少しでも避難してきた村人が元気になることを祈るのだった。