■迷子センターも賑わってます【4】
「忙しいのはわかっていましたが、これほどとは。
それでも、泣いている子を放ってはおけないです」
高瀬 誠也が泣いている子どもにそっと歩み寄り、寂しくないように面倒を見てあげる。
「……お兄さん、ありがとう」
しばらくして泣き止んだ子どもが、誠也にお礼を言った。誠也の丁寧な対応が、子どもの心を開いた形になった。
「親御さんはきっと迎えに来てくれるからな、それまでの辛抱だ。
……よし、次の子は――」
そうして誠也は、両親が子どもを迎えに来るまでの間、一人ひとり丁寧に接することで子どもの不安を和らげていった。
「ここは迷子センター。あなたは迷子、私も迷子。迷子仲間だね……なんちゃって」
ついつい屋台を調子よく回っていたら同伴者とはぐれてしまった
御空 藤が迎えを待っていると、周りで子どもたちが不安からか泣き出してしまう。
「……仕方ないなぁ」
ちょっとびっくりするかも、と前置きしてから爆音を生じさせ、泣いていた子どもの注意を惹きつけてから華やかな音楽に合わせ、花弁を散らしてワクワクのステージを演出する。
「ほら、すぐお迎えが来るから。それまで私と一緒に歌おう?」
近寄ってきた子どもをよしよし、と安心させて、藤は子どもたちの輪の中心で歌を紡いだ。
「あかりちゃん、大丈夫。歌があかりちゃんに元気をくれますよ」
「……ほんと?」
泣いていた子どもに対し、
火村 加夜は視線を合わせしっかりと名前を呼んだ上でよしよし、と不安を取り除く。
「ミヤビちゃんも、です。不安そうな顔よりも笑顔が似合いますよ」
「子供と一緒にしないでください……いえ、ごめんなさい。いけませんね……どうしても顔に出てしまいます」
苦笑を浮かべてミヤビが不安を押し込める。加夜は問いただすような真似はせず、星獣
月を呼んで羽ばたかせつつ、ミヤビに一緒に歌わないかと誘う。
「歌は、元気をくれますよ」
「そう、ですね。では、ご一緒させてもらいましょう」
誘いを受けたミヤビと、子どもたちと加夜の合唱が、空間に響いた。
『迷子の真蛇君
お連れ様がお待ちです
迷子センターまでお越し下さい』
放送を終えた
行坂 貫がフロアに戻り、子ども相手に剣戟を披露していた
逸 庚と合流する。
「ミヤビは?」
視線で示された先、特異者と子供たちと一緒に歌っているミヤビがいた。おそらく自分たちにも気づいているはずだが、接触を持つつもりはないようだった。
「真蛇に何があったか聞きたいんだが――」
その時、先程の放送の際に便宜を図ってくれたスタッフがとても憔悴した様子でやって来て、放送室まで来てほしいと告げた。
(真蛇か? いや、違うな。誰だ?)
スタッフの様子が気になりつつも、まずは指定された場所まで赴く。
「君が先程の放送をしたと聞きました。姑息な手段でアイドルと繋がろうとするなんて、看過できませんね」
そして扉を開けた先で貫は、真蛇の専属マネージャーを務めている
紫麝 愛の叱責を受ける。愛の立場からすれば貫の行為を咎めるのは当然だったが、そもそもの経緯に不明な点がある現状、貫が愛を疑うのも当然であると言えた。
(だが、ここで何か追求したところで、答えは得られないだろう)
愛の様子からそのように悟った貫は、謝罪の言葉を残して放送室を後にする。
(マナP……『普通』じゃないな。何を企んでいる?)
「迷子の皆様に、穏やかな時と思い出を。私達なりの催しで――」
「お父さんお母さんのお迎えを待つ、良い子の皆! この後すぐ、『ねむねむ音楽隊』の演奏があるから聞いていかないか?」
「!?!?」
ジャグリングの応用で、無数の刃物を派手に操るパフォーマンスで子どもたちの注目を集めていた
イシュタム・カウィルの呼び込みの声に、
合歓季 風華がすっかり眠気が吹っ飛んでしまったような顔を浮かべて、
藍屋 あみかと
天草 在迦を順に見た。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです。迷子さんにもよい思い出を作れたら『ねむねむお姉さん』もぴったりだね、って在迦さんが、ね?」
「ね? ですか……。僕も迷子さんの、大なり小なり抱いている不安を解してあげたいと思いました。その時にネムさんの名乗る『ねむねむお姉さん』が頭に浮かんで、これだ、ってことで」
自分の発案であることを明かした(だが、あみかもしっかり賛同していた)在迦とあみかへ、風華がちょっと拗ねてみせてから赤みの差した頬を笑顔に変えて言った。
「はい、頑張ります!」
「よしよし、賑わってきたじゃないか。さて、準備も出来たことだし、そろそろ始めていこうか!」
くるくると回していた刃物を演奏の邪魔にならないように隠してから、イシュタムが今度は先端に紐の付いたフルートを手にして前奏を始めた。お祭りの始まりにピッタリの元気な曲に躍動感のある舞を合わせ、これから始まるステージへの期待を高めていく。さらに左からあみかが、右から在迦が現れネムノキの花びらと香りを散らしながらコーラスを届ければ、子どもたちは当然、中央からもうひとり登場すると思い込む。――だが実際は確かに中央ではあったが、子どもたちのすぐ前に風華が現れたことで意表を突く形になり、風華の身丈ほどもある大きな扇の動きに自然と注目が集まる形になった。
おいでませ
まいごせんたー
つかのまの
りらーっくす
閉じた扇の動きで『おまつり』四文字を記すよう振り、火花で描いた文字を添えてメッセージを子どもたちへ届けた風華が扇を開き、あみかと在迦が漂わせた香りを微風に乗せて運び、子どもたちが抱えている不安を取り除いていった――。
「どうしたの? 不安なのかな?」
怯えた様子で周囲を見回す子どもを見つけた
今井 亜莉沙へ、子どもがうん、と頷いた。周りの子どもたちは奏でられる音楽や披露されるパフォーマンスを楽しんでいたが、この子は乗り遅れてしまったようだった。
「大丈夫、心配ないわ。楽しく歌ってたらすぐ来てくれる。一緒に行こう?」
しゃがんで視線を合わせて、亜莉沙が子どもの前に掌を差し出す。子どもがしばらく躊躇してから、ゆっくりと手を伸ばして亜莉沙の掌に触れた。
「うん、よくできました。いい子だね」
よしよし、と頭を撫でて、立ち上がった亜莉沙が子どもの手を引いてステージへと連れて行く。ちょうどステージでは
アニー・ミルミーンが子どもたちの座る前にピアノのような模様の描かれた薄い巻物を広げて、演奏を行っていた。
「これはふしぎな巻物で、こんなだけどちゃんと音が出るんですよ」
「ほんとだ、すごいすごい!」
アニーの指が巻物に触れれば、本物のピアノのように音色を奏でる。演奏に合わせて赤や黄色の花びらが舞えば、幼生の神獣もパタパタ、と羽を羽ばたかせて空を飛びながらウタを紡いでくれ、子どもたちを楽しませた。
「さわってみても、いい?」
「いいですよ。一緒に演奏しましょう」
演奏に興味を持った子どもを招待して、アニーが子どもたちと一緒の演奏を楽しんだ。
「お腹、空いていませんか? おひとつ、どうですか?」
あみかが子どもの傍へしゃがみ込んで、餡を生地で包んだ和菓子を差し出す。どんなに楽しい賑やかなステージでも、お腹が減っては戦えぬ……もとい、一緒に楽しめない。
「おいしい!」
そしてお腹を満たした子どもは、周りの楽しげに歌う輪に混じって一緒になって歌い出した。よかったですね、とあみかが笑って子どもを見守る。
「みんな集まったかな? それじゃ最後はバッチリ、盛り上げていくよ!」
猫又系演出家が鳥居をくぐり、
マーチング・パピィが白い天馬の幻を見せて気を惹き、離れた場所にいた子どもをステージの近くに連れてくる。迷子センターのすべての子どもたちがステージに注目する中、
黒瀬 心美が指差した天井からキラキラと輝く流れ星を撃ち出して演奏を始める。
黒瀬 心愛と在迦、二人の翼持つ者が背中の翼を広げて空を舞い、力強くも優しさに満ちた音楽の中、沢山のハートの風船を舞い降らせて子どもたちに歌の持つ『好き』の力を授けていく。
「お疲れさま。今日という日が悲しみではなく、素敵な思い出として残りますように」
「さぁ、一緒に歌いましょう? そして最高の思い出を持って、親御さんと一緒に帰りましょう」
子どもの掌に光の羽が舞い降りて、スッ、と溶け込むように消えた。形には残らないものだとしても、各々の心の中にはきっと消えない輝きが刻まれたことだろう――。
「手伝っていただき、ありがとうございました! 後は私たちで担当しますので、皆さんは残りの時間、お祭りを楽しんできてください」
フェスタのアイドルたちのおかげで、迷子センターは大きな混乱もなくほとんどの子どもたちを両親の元へ帰すことができたのだった。