大きな波や強い横風に襲われることもなく、船旅は快調に続いていた。
空から降り注ぐ日の光が海面で細かく乱反射している。
たまにではあるが、海面から白魚が跳ね上がる様子を甲板から見ることもできた。
「折角の船出でパーティーも行うみたいですし、食材の調達も兼ねて釣りをしてみましょうかね?」
IF運用デッキの先端で訓練用IFを動かす
ユーフォリア・フォールンはつぶやいた。
訓練用IFの大きな機械の手には廃材を使って作った超巨大釣竿が握られていた。
「目指せ大物、狙うはクジラですね」
ユーフォリアはIFを操作し、極太ワイヤーでできた釣り糸を海面に垂らした。
その様子は甲板中央にいる
古井戸 綱七がながめていた。
「あんなので本当に大物が釣れるんでしょうか……」
獲物が獲れなくてもがっかりしないように綱七はパーティの準備に力を入れることにした。
すでに折り紙や紙の鎖による飾りつけは終わっている。
できたての料理も運ばれてきた。
「いーっぱいもらってきたの。皆お花ありがとーなの」
花を両手いっぱいに抱えた
天ヶ咲 秋奈が甲板へと姿を現した。
桔梗や霞草、ディモルフォセカにクロッカス。桜と梅と桃の花が咲く枝に、百合と蘭、ススキなどなど……
特異者達のちづへの感謝の気持ちが託された花だ。
「じゃ、作るのー」
秋奈は甲板に寝転がり、鼻歌を口ずさみながら花冠を作り始めた。
やがて綱七によるパーティの準備は完了した。
「みんなの門出を祝して盛大にお祝いしませんとね。……まなびや・夏、ありがとう!」
綱七が鳴らす祝砲の音がまなびや船に響き、パーティの始まりを知らせてくれた。
……なお、大物釣りに挑戦したユーフォリアだったが、その成果はゼロだったそうだ。
◆
ささやかな卒業パーティが甲板ではじまった。
テーブルの上には様々な料理の他に
九葉 要がフルーツジュースを作るためのミキサーが置かれていた。
その他にもノンアルコールのカクテルを作るシェイカーに紅茶やココアの入ったポットまで用意されていた。
「うーん、この味噌汁、すごくおいし~」
アサリの味噌汁を飲んだ
今井 亜莉沙はほうっとため息を吐いた。
「それって共食いってやつじゃないのか?」
「共食いじゃない! アサリ違うしっ!」
そんな亜莉沙を要はニヤニヤ笑いながらからかい、亜莉沙は即座に怒鳴り返した。
「ほーら、こっちには亜莉沙の形したもなかがあるぞ~」
「って、そっちのほうがアサリじゃないのっ!」
「ま、怒らない怒らない。特製のフルーツジュースをあげるから」
「むぅ……」
要はできたてのジュースを亜莉沙に渡し、亜莉沙はすねた顔をしながらも素直にジュースを飲んだ。
そんな二人のそばに艦橋から降りてきたちづがやってきた。
「私にもジュースをいただけますか?」
「おう、任せとけ。今までの気持ちも込めてとびきりのやつ、作ってやるから」
ちづからの注文を受けて要は軽くサムズアップし、ミキサーに果物をいくつも放り込んだ。
亜莉沙は表情を引き締め、改めてちづの正面に立った。そしてぺこりと頭を下げた。
「かつてのまなびやから旅立った先輩が、あたしをまなびや・夏へ送り出してくれたわ。
だからあたしも、いつか来るであろう後輩を新しいまなびやへ送り出してみせます」
亜莉沙が語る新たな目標にちづは「がんばってください。応援してます」と笑顔を見せた。
そして、ちづのそばに花冠を完成させた秋奈がやってきた。
「ちづさん、色々お世話になったよ。すっごく感謝してるの。だからこれ、受け取ってくださいなの」
秋奈はちづの頭に花冠を載せた。
「ちづさん、ちづさんは僕達の先生、だよ」
「みなさん……ありがとうございます……!」
花冠を頭に載せたちづは目からこぼれそうになった感動の涙をそっとぬぐった。