魅了せよ! ステージイベント開幕
ステージ観覧席は、既に多くの人で埋まっていた。
純粋な興味本位、敵情視察、「NeXT」の追っかけなど、観客の目的はそれぞれ違えども、ステージの緞帳が上がるのを今か今かと待ち望んでいることには違いはなかった。
そんな観客たちに紛れて、
猫宮 優羽はキャンディを舐めながら辺りに視線を彷徨わせていた。
その視線は主に黒髪の人物に注がれており、そこに何かを探しているようだった。
「誰か待ち合わせの人をお探しですか?」
裏方のスタッフが声をかける。はぐれたのなら開演前なら放送で呼び出せますが、と言うそのスタッフに、優羽は首を横に振った。
「大丈夫だよー、迷子じゃないから」
「そう、ですか? 何かあったらすぐにお近くのスタッフに言ってくださいね」
「うん、ありがとー」
探しているのは、面影。
優羽は朧な記憶を頼りに、黒髪の「あの人」を探して再び視線を泳がせるのだった。
一方、開演間近の出演者控え室。
ちらりと覗き見た客席の人の多さに、
ミカ・プバスティスはがちがちに緊張していた。
「大丈夫?」
膝が笑っている状態のミカを心配して、
風間 聖夜が声をかける。
「あ、あまり大丈夫じゃありませんわ……ああ~っ、やはりソロで歌うなんて無理ですわ!」
「そんなことないよ、ミカさんならきっとうまくやれると思うよ」
とにかく落ち着こう、と聖夜が深呼吸を促せば、緊張はやや薄らいだように感じた。
少しパニックが収まってきた頭に、一つの名案(とミカは思った)が浮かぶ。
「――そうですわ!!」
「どうしたの?」
「風間さん、わたくしのステージまであと何分くらいですの?」
「えっと、あと10分はあると思うよ」
「分かりましたわ! すぐに戻ってまいります!」
「え、ちょ、ミカさん!?」
聖夜の制止も聞かずに、ミカは控え室から飛び出していってしまった。
数分後。
聖夜がハラハラしながら待っていると、無事にミカが戻ってきた。
「ミカさん、一体どこに……って……」
「これで完璧ですわ!」
にゃーう、にゃーご。
ミカの両腕にはおそらく野良だろう猫が五匹。
何が完璧なのか把握しかねて聖夜が首を傾げれば、ミカは胸を張って宣言した。
「わたくしたちはねこねこ星からやってきたアイドルグループ・CAT18ですわ~!!」
「ええっ!?」
突っ込み始めたらキリがなさそうな状況に、聖夜は頭が痛くなってきた。
「えっと、申請を出したときの演目じゃないと駄目だと思うよ……?」
聖夜の指摘に、ミカははっと我に返って硬直したのだった。
『演目順を変更いたしまして、次は、楯無高校の神白風花さんによるフルート演奏です』
アナウンスのあとに、ステージに鮮やかな浮遊電飾の光が点る。
電飾の光に照らされた
神白 風花は、観客席を見渡し、一礼した。
「幻想のフルート使いの演奏、皆さん楽しんでくださいね♪」
青空のフルートを唇に当て、軽やかに吹く曲は、地球ではメジャーなクリスマスソング。
曲に合わせて浮遊電飾が瞬き、風花の背後にぼんわりとモミの木の幻影が浮かび上がる。どよめく観客の頭上からは冷たくない白い雪が舞い落ちてきていた。
フルートの軽やかな音色に合わせてふらふらふわりと舞うそれは、観客が触れる前に空中で消えてしまう。
ステージ全体が、雪の舞うクリスマスの風景へと変わり、浮遊電飾はモミの木に飾られたイルミネーションのようにきらきらと瞬いていた。
そして、曲が終わると同時に幻影は溶けるように消え、風花が礼をすると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
続いてステージにあがったのは
星野 蚕奈。
星の浮かぶ青い衣装に、「かわいい!」と声が上がる。
「ありがとうございます。私がこれから歌うのは、大切な人に作った歌です。聞いてください」
ぱ、と照明が少し光量を抑えたものに変わる。
スポットライトが蚕奈を照らし、バラード調のメロディが流れ出した。
「いつも側にいてくれる笑顔
それは私を元気づけてくれる
大切な大切な大好きなあなた
あなたの悲しい顔なんて見たくないよ……」
歌いながら思い浮かべるのは、心から愛している人。
心の奥がきゅんとしてしまうような穏やかで柔らかい歌声に、観客は聞き入っていた。
曲が終わり丁寧にお辞儀をすれば、盛大な拍手が送られ、蚕奈は綻ぶような笑顔を浮かべたのだった。
次に登場したのは
雛宮 たまだ。
ステージの袖からアーライルの翼で文字通り飛び出したその姿に、観客は驚きの歓声をあげた。
「みなさーん、楽しんでますかー?」
たまの問いかけに、イエェェェェェイ!! と元気よく返事が返ってくる。
「輪っかはありませんけども、天使のコスプレと言うことで! ファンタジーの世界より、心安らぐ唄をお届けいたします、です♪」
そう挨拶して、たまは歌いだす。
アルテラ仕込みの癒しの旋律は、観客の耳に心地よく響き、そして穏やかで癒されるような心持ちにさせる。
強すぎず、弱すぎない、マイク無しでも会場全体に響くのではなかろうかと思うほどの声の響かせ方に、ステージを見に来ていた教職員たちも感嘆の息を漏らした。
「ありがとうございましたー!」
歌い終えて元気にステージを去るたまには、惜しみない拍手が送られた。
続いてステージに上がったのは、
因幡 那美、
ルーナ・アルスター、
凪海 水姫の三人だ。
同じリージョン・ユニバースの生徒である三人は、那美とルーナがマイクを手に、水姫はサイオニック特有の淡い光を手に纏っていた。
「私たちの歌を聞いて元気になってくれたら嬉しいです!」
白を基調とした衣装を纏ったルーナがそう言って朗らかに微笑み、
「一生懸命歌うので、是非聞いてくださいね~♪」
那美がルーナとは逆の、黒を基調としたゴシックロリータの衣装を翻し、
「えへへー、楽しんでいってね!」
藍色の光を発する水姫が心の底から楽しそうにくるくるとターンした。
それぞれ挨拶すると、アップテンポの音楽が流れ出す。
背景の照明が美しい海を思わせるような青色へ変わり、那美とルーナが歌いだした。
二人の声はどちらも観客を元気付けるような明るくはきはきとした声で、加えてルーナはその明るさの中にほんのりと柔らかい、心温まる音を乗せていた。
水姫はとても楽しそうに、二人の後ろで両手に超能力の光を纏わせたまま踊る。
背景の照明と合わせて、まるで海の中で歌い踊る人魚たちのパーティーのように見える。
派手な演出や華美な衣装などはないものの、しっかりとパフォーマンスを終えた三人は、観客の声援と拍手を受けて、満足そうにそれぞれ、満面の笑みを浮かべたのだった。
「頑張ってください!」
クーフィリア・アスリスアスが、今から舞台に向かう
バックダンサーの肩を軽く叩いて励ます。
ステージへと飛び出してゆく姿を見送り、クーフィリアは急いで客席へと移動した。
客席には
皐月 颯、
アーフィリカ・アリエスや
鈴音 りのんの姿もある。
観客と共に客席から見る友人の姿は、いつにも増してきらきらと輝いているように見えた。
率先して大きく手を振り、声を上げて応援すれば、周囲もそれに乗って掛け声をかけてくれた。
ステージが終わり、笑顔で退場する姿を横目に、クーフィリアは急いで控え室まで移動する。
会場の熱とライトの熱で汗をかいた友人に、「お疲れ様です、かっこよかったですよ!」と笑って、冷やしておいたスポーツドリンクをプレゼントするために。