アイドル達が切磋琢磨しあう学園、フェイトスターアカデミー。通称フェスタ。
日に日に秋も深まり敷地内の木々は赤や黄色に色づいています。そんなフェスタの昼休み――
「今日はのんびりと、紅葉でも見ながら食べようぜ!」
「わあぁ……あそこの街路樹のコントラスト、最高に芸術的です!」
ランチを手にした
穴開ぴのと
御堂咲莉衣が、校庭を歩いています。
「そういえば、あのステージってまだ解体しないんだな」
「この先もイベントが多いから、もう少し使うらしいですよ?」
敷地のすみ――イクスピナと隣接したスペースにずっと設営されっぱなしの特設野外ステージを見て、2人がそんな会話を交わしていると、紅葉した草木の向こうに、2人の男の姿が見えました。
「「!!!」」
ぴのと咲莉衣は、息を呑みました。
2人の男、それは
琴切 祥太郎と怪しい
仮面の男だったのです。
「ここで決めようと思う、
ヨリンゲル」
「今の祥太郎さんなら、どんなことも成せるでしょう。
では私は、あなたの可愛い
ビヨンドジャスティスのもとへ参ります」
ヨリンゲル――祥太郎にそう声をかけられた仮面の男は愉快そうに口元をゆがめると、ぬるりとその場から消え去りました。
「祥太郎!! なんであいつと……!?」
「フェスタに、ご用ですか?」
ぴのと咲莉衣が、祥太郎に駆け寄ります。
「カオスアイドルがフェスタ生に転落とは……哀れな末路だな」
祥太郎は2人を一瞥すると、頭上を仰いで両手を広げました。
「だが容赦はしない。
その制服を着ている者は……ここで学ぶ者は……誰であろうと全員、全力で、叩き潰す!!」
「ぴの。あいつ、こないだと雰囲気違くない?」
「ええ……。瞳の色が、以前よりも暗く沈んでいるように感じます」
祥太郎の瞳は敵意に満ちており、これまでのような、危険なほどの熱く大きな“正義”がまったく感じられません。
「僕は……フェスタを倒す!!」
「ちょっと待ったー! ほら、あんたの得意のあれは?」
「そ、そうですよ! “正義を執行する“……っていう、あ、あれですっ!」
「正義……か」
祥太郎はまるで他人事のように“正義”という言葉を口にしました。
「大丈夫か? あんたはデカすぎる正義のカオスアイドル――
世界からはみ出すほどの正義を持って、この世界に流れ着いたんだよな」
「僕はもう、持っていない。
フェスタに勝つために、ヨリンゲルと契約した」
「契約……!?」
「僕が持っていた正義と引き換えに、カオティックホールをパワーアップさせた。
僕の正義は大きかったから、ほら……カオティックホールも凄いだろう?」
「はぁ? 契約? あいつと?」
「ちょっ! 咲莉衣さん、見てください! あのカオティックホール……!」
「ばっ!!! バカデカッ!!!」
秋晴れの空にはいつの間にか、強烈なパワーを放つ超巨大なカオティックホールが出現しています。
「あんた、“正義“と引き換えにあれを手に入れたってこと?
あたしらフェスタをブッ叩くてゆー“目的“のために、あんたの“正義“を手放した……ってこと!?」
「そんな……祥太郎さんは、それではなんのためにここに来て、カオスアイドルになったのですか?
フェスタを倒した後、あなたはどうなるんですか?」
「そうだ! デカすぎる正義はあんたの個性! アイデンティティじゃん!
いくら力を得るためでも、手放しちゃっていいのかよ!」
「私は……この“センス“を手放したら、私じゃなくなっちゃいます」
「僕は、フェスタを倒す……」
祥太郎の瞳は、暗く熱狂しています。
「確かに今の僕に正義はない。
しかし――正義は動機によって定められるものではない。
正義を持っていたかつての自分がすべきと定めたことなら、今はそれを信じるだけだ。
だから……」
祥太郎の合図で、頭上のカオティックホールからすさまじいパワーが校庭に流れこんで来ました。
あっという間に、特設野外ステージに向き合う形で、校庭には祥太郎のためのステージが創り上げられます。
さらに、そこここにモニターが発現し、ライブ対決用の配信画面が映し出されました。
「僕は……フェスタを、倒す!」
『きゃーーっ!!! 祥太郎様ぁぁぁ!!!』
『倒せ! フェスタを』
『そうだ、倒せ!』
『祥太郎、どこまでも俺のヒーローだぜ! フェスタなんてぶっ潰せ!』
カオティックホールの力によって、各所にいる祥太郎ファン達が現れては消えていきます。
多くのものが祥太郎の熱狂にのまれており『フェスタをブッ潰せ!』なムードを放っています。
「祥太郎のホールに心を引っ張られてやがるな」
「止めましょう!
……正直羨ましいので、嫉妬半分、正義感半分で!」
■ □ ■
同じ頃。地球、某所――
「ジャスティースッ!!」
とある街の大通りに、突如として体長20メートルはあろうかという漆黒の巨人――
ビヨンドジャスティスが出現しました。
その様相は自分で叫んでいる通り、正義の象徴……サングラスをかけた警官を模しています。
聖歌庁らの迅速な対応により、街の封鎖や人払いは終わりましたが、
“ビヨンドジャスティス“自体を止めることはできません。
「ジャッジメーンッ!!」
ドゴォン!!
「うわーっ!?」
信号無視して交差点に突っ込んできた電動キックボードライダーが
ビヨンドジャスティスの拳によって吹き飛ばされました!
ビヨンドジャスティスは足元の車や建物をまったく気にせず、それらを破壊しながら歩き進んでいます。
また道中で悪いことをしているものを見つけると、それはそれで積極的に破壊しているようです。
「良いですねぇ、実に素晴らしい。
この街……いいえ、世界のすべてを、踏みならしてぐちゃぐちゃにしてしまいましょう!
おお――世に混沌のあらんことを!」
仮面の男――ヨリンゲルは、上空に創り出した光の道を歩きながら、ビヨンドジャスティスを見守っています。
その時でした。
――ひゅんっ!
何者かが素早く、ヨリンゲルの光の道に斬りかかりました。
“銀獅子”シロです。
「なんと!」
シロの一太刀で光の道は消失し、ヨリンゲルはふわりと地面に着地します。
「このビヨンドジャスティスは、祥太郎さんの向上心! 力の渇望が形になったもの!
水を差しては野暮というものでしょう?」
「理屈はいい。邪魔するなら斬る」
ヨリンゲルの手下――怒り顔の仮面をつけた男が現れ、
シロの周囲を「マグマの上の岩」に変えて身動きが取れなくしました。
さらにもう1人、笑い顔の仮面をつけた男が現れ、シロの周囲に巨大な檻をおろします。
最後に泣き顔の仮面の男が現れ、凄まじい雨を降らせて虹の道を作り上げました。
「くそ……」
「さて。“未来の島”まで正義の行進としゃれこみましょう」
「みらいの、しま? フェスタの授業で習った。
“未来の島には、大事なゲートがある”……」
「いかにも! その未来の島のゲートを、祥太郎さんのカオティックホールに取り込んだら――
彼は最強のカオスアイドルになれると思いませんか?」
ヨリンゲルは口元を歪めて笑うと、虹の道を歩き出しました。
■ □ ■
再び、フェスタ――
この異常事態はすぐに校内に知れ渡り
今や、校舎じゅうの窓から生徒や教師が顔を出しています。
とうとう校長室の窓が開いた、その時――
「話は聞かせてもらいました!」
「ですがご安心ください! 木校長! フェスタの皆さん!」
イクスピナ寄りの特設野外ステージから、マイクの声が響きました。
ステージには、以前、祥太郎に機材を破壊された聖歌庁の技術者達がいます。
「
対カオスアイドル用の特殊機材が、たった今、完成しました。
どんな凄いカオスアイドルとのライブ対決にもご対応! 勝ち目はあります!」
校庭に展開しているモニターによると、
すでに数千万単位の視聴者が、配信を待って待機しています。
「対カオスアイドル用の特殊機材だと?
そんな付け焼き刃で、今の僕には通じない。
数千万の視聴者の前で、貴様達フェスタを葬ってやろう」
正義を失い、正義を口にしなくなった祥太郎の声が、不気味に響きました。