――スクラヴィア、リートリム島、アルクティカ統合国軍拠点
リートリム島はスクラヴィアという世界の中でも自然が豊富な島で、農作物や地下資源などを多く産出している島で、
現在支配しているアルクティカ統合国の食料・エネルギー事情などを担う、非常に重要な拠点となっています。
そんなリートリム島では現在、アルクティカ統合国軍とスクラヴィア連邦共和国の戦力が多く集っていました。
ここまでの大小さまざまな戦闘によって、戦争が始まってからの勢力図は塗り替えられ、
現在ではスクラヴィア連邦共和国が版図を大きく広げている状況です。
そしてついに、スクラヴィア連邦共和国は最重要拠点とも言えるリートリム島への足掛かりを得たのです。
「今回の作戦は、これまでの島制圧に比べてかなり大規模な行動を取ることになるよ」
民間ゲリラ
“シュピーロイテ”の
レゼル・クーデルは、集まったスクラヴィア連邦共和国の兵士たちとのブリーフィングを開始しました。
彼女の言葉を聞いた兵士たちは、緊張感を滲ませます。
「と言っても、やることはいつも通り。敵指揮官を討ち取るか、撤退させればあたしたちの勝ち。
でも、ここはアルクティカ統合国にとっても最重要拠点だから、激しい抵抗が予想されるよ。
追い詰められた獣を相手にしていると考えてね」
アルクティカ統合国軍は戦闘の敗北を重ねたことで士気が落ちていると考えられますが、
そんな彼らでもリートリム島だけは陥落させてはいけないという意識があるようで、
現に敵の敷いた布陣からは凄まじい殺気と戦意が感じられる状況です。
「何よりもヤバいのが、
敵方の指揮官に“蒼い雷光”アルス・ファングが配置されたこと」
その名を聞き、兵士たちの間により一層強い緊張感が走ります。
遂に、アルクティカ統合国軍最強のエースが出撃するのです。
現状、スクラヴィア連邦共和国は優勢ではありますが、
“蒼い雷光”アルス・ファングの出方によってはスクラヴィア連邦共和国は大きな損害を被り、
形勢が変わることも考えられます。
「ひとつ対処を誤れば、大局ごと変えられるよ! みんな、絶対に気を抜かないように!」
喝を入れるように、レゼルは強い言葉で兵士たちを叱咤しました。
△▼△▼△
「アルス・ファングか……」
これから始まる戦闘を前に、
スバル・ミシマは他の兵士たちと同様か、それ以上に緊張していました。
元々民間人であった彼ですら、その名は知っているくらいです。
『呼吸を整えて、心拍数を元に戻しなさい。でも、その緊張感は維持して、“EL”がいるから大丈夫だから』
彼の愛機
“EL”はそんなスバルを落ち着かせます。しかし、そうは言ってもスバルは落ち着きません。
どうすればアルス・ファングに対応できるか。そのことばかりを考えているようです。
『まぁ、いいわ……集中はしてるみたいだし。後は“EL”を信じて戦ってくれればいいから』
△▼△▼△
――アルクティカ統合国軍、リートリム島拠点、司令塔。
アルス・ファング少佐は、司令塔を取り囲む形で布陣したスクラヴィア連邦共和国軍を見下ろし、戦の形を想像していました。
彼の存在は、そこに配備されたというだけでスクラヴィア連邦共和国軍を戦々恐々とさせていますが、
彼自身もまた、今回の防衛戦に不安を覚えていました。
もっともそれは、この防衛戦に関してではありません。
(ヴェロニカは、統合国の希望だ……その護衛から外してまで、俺を配置する理由はあるのか?)
アルスは歌姫ヴェロニカ・マリスの護衛として侍っていましたが、今回の大規模作戦の指揮官として急に配置転換されていました。
彼の考えている通り、歌姫の存在は統合国の明日を左右するほど大きなものであり、最大の戦力で護衛するべきです。
そのためアルスは、この作戦の指揮官に抜擢されたことで、上層部に不信感を抱いていたのです。
(もし、この作戦の裏でスクラヴィア連邦共和国がヴェロニカに向けて動いていれば……誰が守るというのだ!?)
アルスの凄まじい怒りの感情が、殺気となって周囲に漏れています。
幸い、その殺気は統合国軍にとって良い緊張感を維持するものとしてもたらされているようで、
兵士たちの士気は極めて高くなっています。
(……集中しろ。ここでスクラヴィア連邦共和国を退けられなければ、どの道アルクティカ統合軍は危険な状況に追い込まれる)
アルスは感情を抑え、目の前の戦場に集中します。
そして、愛機の
ブラバムに乗り込みました。
(それに、『特異者』と言ったか。民間ゲリラ“シュピーロイテ”とは違う傭兵……彼らについても注意せねばな)
アルクティカ統合国の上層部は、特異者の存在を察知し、その調査に乗り出していました
報告された力量から、特異者の更なる調査をできるのはアルスしかいないと考え、今回の作戦の指揮官に選んでいたのです。
(……焦るな。一つずつ解決していけ、アルス・ファング)
ここに、分水嶺ともいえる戦が始まろうとしていました。