やっとのことで水も抜け、いつも通りの生活が戻ってきたフェストスターアカデミー、通称フェスタ。
秋の大型連休が目前の生徒達はどこか浮足立っています。そんなとある放課後――
イクスピナと隣接したスペースに、生徒達が集まっています。
「あんなところに、特設野外ステージを作ってる!」
「連休にイクスピナのイベントに参加するんじゃないか?」
「ん? なぜか聖歌庁の人がいっぱいいるよ?」
すると、イクスピナのポートにヘリコプターが着陸し、小さな少女が降り立ちました。
「あの子は……!」
「まさか!」
一瞬にしてその場は騒然となりました。
なぜなら少女は、いま最も注目されているアイドル――
五百旗頭 雛乃(いおりべ・ひなの)だったのです。
雛乃は突然のことに面食らったフェスタ生たちを眺めると――
「……ぷぷっ、うっそぉ~!?」
挑発的に笑いました。
「ショボショボのざこざこオーラ出してるあなた達が、フェスタのアイドル?
今度こそあたしを本気にさせてくれるアイドルの出現♡ って思ってたのに、
あっちもざこ、そっちもざこ……とんだ期待はずれじゃん」
「えっと……話がいまいち、見えないんですが……」
居合わせた
穴開 ぴの(あなあき ぴの)がおずおずと声をあげました。
「聖歌庁やここの校長から、ライブ対決に誘われたの。
『フェスタのアイドルなら、最高に手応えのあるライブ対決を行えますよ』って。
自信満々だったからわざわざリスケして受けて立ったのに、まさかこ~んな烏合の衆だったなんて……」
「ちょっとあんた! 黙って聞いてりゃあたしらのことざこ扱いしまくりやがって、失礼すぎだぜ!」
マイクスタンドを手に、
御堂 咲莉衣(みどう さりい)が一歩前に躍り出ます。
「さ、咲莉衣さん……!」
「いいか雛乃、あんたの活躍はあたしだって知ってる。
だからって、フェスタを舐めていいってわけじゃないぜ! さあ、勝負しやがれ!」
ロックテイナーの力で、プロレスラーよろしくマイクパフォーマンスを放つ咲莉衣。
しかし炎を伴ったそのコードスペルを受けても、雛乃はケロリとしています。
「それがあなたの本気? あはっ、拍子抜け♪」
雛乃は幼い見た目からは想像もつかない妖艶なパフォーマンスを繰り広げ、咲莉衣を圧倒。
そしていつの間にか上空には、巨大な
カオティックホールが出現していました。
「雛乃ちゃん、カオスアイドルだったの……!?」
「ちょ、あたしの時より遥かに大きいじゃねーか!」
「あたしより年上のくせに、よっわぁ~♡ だっさぁ~♡ ちゃんとレッスンしてる?
本番でしっかりあたしとやりあえるように、命がけで腕を磨いておいてよね♡」
まったく悪意のない無垢な瞳で、雛乃は一同を見回します。
自身の小世界からはみ出すほどの『可能性』を持った雛乃は、他の者も自分と同じように大いなる『可能性』に恵まれていると信じて疑わないのです。
「期待してるね♡」
雛乃はひらひらと手を振って、足取り軽くヘリコプターに乗り込み帰って行きました。
「あんなにすごいアイドルとライブ対決なんて……ほんとに勝てるんでしょうか……?」
「なに言ってんだよ! やるしかないじゃん!」
「でも……咲莉衣さん……」
「案ずるな。実力差は覆せる」
そう言ったのは、聖歌庁の
白陽 秋太郎でした。
「我々は秘密裏に、
“対カオスアイドル用の特殊機材“を開発してきた。
これがあれば、確実にカオティックホールを閉じることができる」
■ □ ■
こうして迎えた連休初日。
イクスピナは、いつも以上の賑わいを見せています。
特に例の特設野外ステージは、雛乃目当てのファンが大勢押しかけ、フェスタは完全にアウェイ状態です。
「大丈夫! あたし達には“対カオスアイドル用の特殊機材“という強い味方がいる!」
「そうだそうだ!」
決起集会をするフェスタ勢の控え室に、聖歌庁の技術者達がやって来ました。
「それが……」
「ついおととい、“対カオスアイドル用の特殊機材“が何者かに破壊されまして……」
「不眠不休で修復していたんですが、どうしても、間に合いませんでした!!!」
■ □ ■
一方その頃。
“銀獅子”シロと
オルタードは、人けのないフェスタの敷地内を警戒しながら歩いていました。
「敷地内に侵入して、例の機材をめちゃくちゃにしたヤツがいるんだって? こっわ!」
「うん。今日は本番だから、特に警戒したほうがいい――む? あれは?」
ふと、シロが上空の異変に気づきました。
特設ステージとは真逆――校舎側の空に、恐ろしいほど大きな穴がぽっかりと開いているのです。
「こっち側にもカオスアイドルがいるってこと?」
「……気配!」
シロの耳が、ピンと立ちました。
オルタードは2人の周囲に輝く背景を創り上げ、防御をかためます。
すると――
「貴様達、フェスタのアイドルか。やはり、想像以上に危険な集団だな」
建物の影から、銃を手にした黒服の青年が現れました。
「おまえ、誰だ」
「ふむ。何者に倒されるか知らないで終えるのは、さすがに気の毒だ。名乗ってやろう。
僕は
琴切 祥太郎(ことぎり・しょうたろう)。貴様達の言うところのカオスアイドルだ」
「祥太郎、なにか勘違いしてる。フェスタは、何度も世界の危機を救ってきた側――危険などない」
「そうそう! フェスタがなかったら、今頃あたしもシロも……」
「話を聞く気はない。さあ、正義の執行だ。お前のほうが危険そうだな」
祥太郎は迷いのない冷淡な瞳で、オルタードに銃を向けました。
「オルタードにそんなものを向けるな」
「おっと。お前の相手は、我々だ」
祥太郎に似た黒服を纏った男達が現れ、シロを囲みました。
彼らは祥太郎の力で生み出されたサポートメンバーで、黒い目隠しで顔を隠し、頬にはシリアルナンバーが記されています。
「なんて悪趣味なサポメンなの!? 個性なさすぎ! これじゃただのコマじゃん」
「正義の執行に個性の有無は関係ない。悪を排除できれば良いのだ」
「は? あんた、フェスタが悪だって言ってる?」
「いかにも。危険極まりない武力集団のフェスタは、悪そのもの。今日、僕達が破壊する。建物も、その活動も、すべてを粉砕する――これこそが正義だ」
「どうやら、話し合いの余地はなさそうだね」
オルタードがカラフルなロボット軍団を創り出し、独創的な攻撃でその場を混乱させました。
「くっ……いったん引くぞ。
それから0003、何度言ったらわかるんだ。貴様はネクタイがゆるい。身だしなみは、常に正しく!」
「はいっ! 身だしなみは、常に正しく!」
祥太郎は0003のネクタイをキュッと直してから、逃げ出しました。
「どこに逃げた? 校内には私が作った創作物がいっぱい飾られてるのよ! 壊したりしたら許さないんだから!」
「飾られてる? オルタードが無理やり飾っただけじゃ……」
「そこはどうでもいいの! とにかくあのアタオカを止めなくちゃ! あいつ、フェスタのこと武力集団って言ってたよね。ガチのアタオカだよ」
「うん。フェスタは大事な場所。絶対、守る」
「気が合うじゃんシロ。あたしも同意見だよ」
シロとオルタードは、全速力で駆け出します。
■ □ ■
「“対カオスアイドル用の特殊機材“がない……そんな……それじゃ、勝ち目は……」
青ざめるぴのに、咲莉衣が力強く語りかけます。
「ぴの! あんたは1人じゃない! あたしと一緒に戦おう!」
周囲にいるフェスタのアイドル達も、強い瞳でうなずいています。
「きゃーっ! 雛乃ちゃんだ! かわいいーっ」
「フェスタなんていいから、雛乃ちゃんだけライブしててー!」
今や、特設ステージの上空にも巨大なカオティックホールが出現。
一般人の観客はカオティックホールに気づくこともなく大いに盛り上がり、雛乃を迎えます。
――こうして。
これ以上ない劣勢のなか、ライブ対決の幕が切って落とされました。