――“東方帝国”創造神フィルマの神殿
「――で、ここが今回の依頼主がいる神殿ね」
「なんていうか、すごく豪華……」
マグメル各所にある創造神フィルマを祀る神殿の内の一つが今回の依頼主と聞いて、依頼の詳細を聞きに現地へと赴いた
メビウスたちですが、純白の巨石を積み上げ職人技の彫刻が随所に刻まれ、想像の数倍は巨大な神殿を前に呆気にとられます。
聖職者とは質素倹約を旨としており、神殿といってももっと慎ましやかなものではないかと考えていた
シュネーでしたが、その想像は簡単に裏切られてしまったようです。
「あぁ、皆さん。依頼主の神官様と面会出来るようです。こちらへどうぞ」
そこへフィルマに仕える僧侶であれば話を聞きやすいだろうと、先に神殿へと向かっていた
シュトロイゼルが迎えに来ると、全員で揃って神殿の中へと入っていきます。
「すみません、お待たせしてしまって」
「ダイジョブダイジョブ。お菓子も美味しかったし♪」
応接室に通されて少し待っていると、今回の依頼主が現れました。比較的若い男性ですが、気苦労が絶えないのか少々くたびれて見えます。
ミュラーの言葉に恐縮しつつ、自分も椅子の一つに座ると改めて今回の事情について説明します。
「皆さんは
『魔王殺しの剣』という言葉はご存じでしょうか?」
「魔王殺しの剣……?」
「かつて魔王を殺した勇者の剣で、マグメル各地に存在している。ただ、あくまでも伝説であって真偽は定かではない」
来訪者でありまだマグメルに来て間もないメビウスには馴染みのない言葉ですが、シュネーはその伝説を聞いたことがあるようです。
そして、この話の切り出し方からシュトロイゼルも何か思い当たることがあったようです。
「
聖剣ティルフィング……。そういえば、東方帝国のどこか神殿に保管されていると聞いたことがあります。もしや……」
「はい。お察しの通り、この神殿にその聖剣ティルフィングがあります。そして、魔族はそれを狙っているようで……」
本当に勇者が聖剣ティルフィングを使っていたのかは、シュネーが言うように定かではありませんが確かに魔王殺しの剣と言われるだけの強力な力を秘めているというのです。
この神殿ではそれを一般に公開して拝観料を取っているらしく、それを聞きつけた魔族が襲撃を計画したのだろうとのことでした。
しかし、ここでシュトロイゼルが一つの疑問を呈します。
「……ふむ。お話は分かりましたが、この規模の神殿では厳しい修行を乗り越え、私などよりもよほど強い上級の神官が多数いるのでは?
冒険者の繋がりが深い東方帝国といえど、彼らはあまりいい顔をしないはず……」
そんなシュトロイゼルの疑問に、神官ではなくミュラーが答えました。
「あー、多分ここにそんな力はないと思うよ。だってほら、この神殿の様子を思い返してみなよ?」
そう言われて思い出してみると、神殿とは思えぬほどに豪華な飾りや調度がいたるところに配置されており、随分と羽振りがいい印象があります。
つまりミュラーは、この神殿に務める神官は修行をサボって聖剣をダシに金儲けにご執心な者たちばかりなのだろうと言いたいのです。
そしてそれはどうやら正しいらしく、目の前の数少ないまともな神官の男性も、それを肯定するように恐縮しっぱなしとなっていたのです。
「ガハハハハッ! 話は聞かせてもらったぞ!」
「あ、貴方様は! どうしてこんなところに!? いえ、手を貸して下さるなら心強いことこの上ないのですが……」
神官たちに代わり、聖剣を守ってほしいと頭を下げる依頼主でしたが、そこで急に応接室の扉が勢いよく開かれました。その音に驚きびくりと体を震わせた神官は、扉を突き破るような勢いで部屋内に乱入してきた大男の姿を見て更に驚きます。
「なぁに、噂の聖剣とやらを見てみたくてたまたま来ていたのだ。
そしたら冒険者どもが神殿内に入っていくのが見えるだろう? 気になってついてきたのだ。
……そっちが冒険者のパーティだな? 俺の名は
ベンケイ! この帝国騎士団で客将を務めている」
ベンケイと名乗った巨漢はメビウスやミュラーと同じく来訪者とのことですが、冒険者にならず各地を放浪していた折に帝国騎士団で客将としてスカウトされたとのことです。
北王国の“抜かず”のネーベルに対抗しうる戦力として期待されているようですが、なんでも無類の武器マニアらしく、こうしてたびたび各地で有名な武器を見たり、手に入れたりといった事をしているのだとか。
その中で今回の一件を聞き、自らも魔族退治に参加すると名乗りを上げたようですが、それは完全な善意という訳ではないようです。
「もし、魔族どもを無事に退治出来た暁には……その聖剣ティルフィングを俺にくれ!」
「…………えぇえええええ!?」
続くベンケイの発言がすぐに飲み込めないのか、暫くの沈黙ののちに漸く飲み込むと神官の男性はまさかの要求に驚きの声を上げたのでした。
「なんだ、ダメなのか? なら俺はこの一件から手を引くぞ」
「え、あの、その……」
半ば脅迫のようですが、ベンケイは実力も確からしく神殿側としてはここで手を引かれることは避けたいようであり、非常に迷っていましたが熟考の末に結論を出しました。
「………………分かりました! 分かりましたよ! 無事に神殿を守り切れれば聖剣ティルフィングをお譲りできるように、上級の神官様たちを説得しましょう!」
「おぉ! その言葉を待っていたぞ!」
「ただし! 私に出来るのはあくまでも相談までです。決定権は私にはないので、上級神官様を納得させるだけの活躍を見せてください」
「それだけで十分だ。なに、俺に掛かれば魔族どもなど物の数ではないわ! ガハハハハッ!」
言質を取るとベンケイは満足したように豪快に笑いながら、神官の男性と呆気に取られていたメビウスたちを残して部屋の外へと出ていきます。
「……なんていうか、ものすごい勢いのある人だったね?」
「実力は確かではあるのですが……。あ、聖剣ティルフィングの件は冒険者の方々も同様ですので」
「ギルドで既に依頼を受けてるから、僕たちは別に要らないといえば要らないんだけど、貰えるのなら狙ってみるのも悪くないかもな」
ベンケイだけが聖剣ティルフィングを得られる可能性があるという事は不公平だろうと、メビウスたちや他にこの依頼を受けてくれる冒険者たちも同様だと付け加えた依頼主の言葉に答えながら、メビウスは必要な話は聞き終えて仲間たちと共に襲撃へと備えるのだった。
■ □ ■
――神殿近くの崖上
岩肌が大きく露出する切り立った崖に囲まれ、天然の要塞のような場所に立つ神殿を見下ろす一人の人物がいました。
赤い肌をした大柄なその人物は、額から二本の大きく伸びた角を生やし、来訪者であれば鬼と呼ぶ存在に近しい外見をしています。
その鬼が腕を組んで多数の参拝客が列をなしている神殿の様子を伺っていると、近くの茂みががさりと動き奥から別の誰かが現れました。
「お嬢、用意が整いました。いつでも出撃できます」
「おぉっし! それじゃあやるぞ、野郎ども!」
お嬢と呼ばれたその鬼は、配下であるオーガの言葉を待っていたのです。地面に突き刺した巨大な金棒を軽々と持ち上げると、戦いが楽しみで仕方がないとばかりに大きく肩を回しながら配下の軍勢が控える場所まで戻っていきます。
「それで、作戦などは?」
「あ゛ぁん? そんなもん、正面突破に決まってんだろ! オラ、行くぞ!」
「は、はいっ!」
機嫌を損ねないようにと精一杯下手に出ているオーガを睨みつけた鬼姫は、部下たちに号令をかけて進軍を開始するのでした。