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“東方帝国”ボーショの町
長方形を描く防壁に囲まれたその町は混乱に包まれていました。各所で黒煙が吹き上がり、魔物の鳴き声が不気味に響き渡っています。
住民たちは既に魔物たちの餌食となってしまったのか、それともどこかに捕らえられているのか。ほとんど人間の姿が見られないその町の中で、数人の人影が大きな通りの中を駆けていました。
「俺たちが助けに来たからにはもう大丈夫だ! 魔物は俺とマルコで正面を押さえてるから、その間にカレンは速度で攪乱、ソフィアは回復と支援頼んだ!」
「おっしゃ、任せろ! ユウ、どっちが多く倒せるか競争だ!」
「魔物っていってもゴブリンやコボルトだし、サクッと片付けちゃいましょう」
「油断はしないでください、魔物を率いている魔族がどこかにいるはずです」
町が魔族の率いる魔物の群れに襲われて占拠された。という一報から急遽発せられた依頼をいの一番に引き受けた四人組です。
カレンと呼ばれたシーフの少女が素早く魔物の間を駆け抜けると共に、手足に一撃を入れて怯ませたところへ、ファイターの
ユウと
マルコが続きました。
ユウはバックラーでゴブリンのナイフを受け流すと、片手剣を鋭く突き刺し確実にとどめを刺していき、マルコは巨大な剣を力任せに振り回して近場の魔物を次々と薙ぎ払っていきます。
前のめりな三人ですが、少し年上の
ソフィアが冷静に状況を見極めてアコライトとして適切な支援を続けるため、非常に安定した立ち回りを続けて魔物の数がどんどんと減っていきます。
しかし、あるところで四人の手が止まりました。民家の壁が突き破られる轟音が響いたからです。
「なんだ!?」
「なんだ、じゃねぇんだよ。うるせぇぞ!!」
「!! あれは依頼にあった魔族です……?」
音のした方に振り返ったユウが誰何の声を投げかけると、赤黒く血に染まった鎧を纏い、背中から蝙蝠のような羽を生やした大男が現れました。
その姿は依頼書にあった人相書きと一致しており、すぐにソフィアはその正体に気付きます。しかし、何故か既に涙目になっているために首を傾げてしまいます。
「こっちはなぁ! ギャンブルで部下に有り金全部毟り取られて素寒貧なんだチクショウめ!」
「ゲギャギャギャギャ! ホント弱いッスよね。今日もゴチになります!」
「いや、知らねぇよ!?」
どうやら占拠した町の中で暇だったのか部下の魔物とギャンブルに興じていたようですが、よほど負けが込んだらしく壁に開けられた穴の奥で、にやにやと笑っているゴブリンやコボルトたちを恨めしそうに見ていました。
しかし、そんな事情など知った事ではないとマルコがツッコミを入れます。
「お前の事情なんて知るか! お前を倒して俺たちは名を上げるんだ!」
剣を構えたユウが気を取り直して斬りかかろうとします。が――
「待った!!」
魔族が大声を上げ、ユウたちはそれに反応し思わず動きを止めてしまいました。
「ちょっとだけ待っててくれよな」
そう言うと魔族の男はそそくさと民家の中へ入っていきます。
「なぁなぁ頼むよ。少しだけ、な?」
「えぇ……。でも、そのまま持ち逃げしないッスか? それとも、今すぐに借金返してくれます?」
「だから今は素寒貧なんだって! でも、それ取られたまんまじゃ流石にキツイって。お願い! 終わったらちゃんと返すから! ね? ね?」
「……しょうがないッスね、今回だけですよ?」
なにやら中の魔物に土下座までして何かを頼み込んだかと思えば、少ししてまた戻ってきました。が、その手には先ほどまでは持っていなかった漆黒の大鎌を携えていました。
「……待たせたな」
「今更かっこつけても……」
きりりとした表情で大鎌を構える魔族ですが、ギャンブルで借金のカタに取り上げられた武器を、必死に頼み込んで一時的に貸して貰っているという状況が丸見えだったためにカレンはじっとりとした視線を送ります。
そんな視線に居心地が悪くなったのか、咳払いをすると魔族は名乗りを上げます。
「俺様の名は
ブラックジャック・バースト! この町を魔王軍の侵略の足掛かりにさせて貰うぞ!」
「やはり魔王絡みか! そんなことはさせるものか!!」
ユウたちは全員が来訪者であり、転移した時にフィルマから魔族に関してある程度聞いていました。そのため、この魔族も魔王に関連していたのではないかと睨んでいたのですが、どうやらその予測は当たっていたようです。
「はぁあああっ!」
「舐めるな! 俺が弱いのはギャンブルだけなんだよ!!」
「ぐぅ! 流石は魔族か、ゴブリンどもとは比べ物にならねぇ強さだ!」
鋭く踏み込んだユウの剣を、僅かに上体を反らして躱すとブラックジャックは反撃に漆黒の大鎌で斬りつけます。そこにマルコが間に入り、大剣を盾として防ぎますが力負けし吹き飛ばされてしまいました。
何か悲しい事を叫んでいるブラックジャックですが、その強さは本物のようです。気配を殺して背後に回り込んだカレンがナイフで斬りかかり、同時に正面からユウの突撃を受けますが傷をつけることが出来ません。
その間にソフィアがマルコを治療し、戦線復帰したマルコを加えてもなお息を切らす事さえしないのです。
「こうなったらあれを使う!」
「はっ! いいぜ、やってみろよ!」
このままでは勝てないと感じたユウは迷わず天技を使う事を決めました。
両手に握り締めた剣に光が集まり、太陽のように輝き始めます。ブラックジャックはそれを正面から打ち破るつもりのようで、敢えて放置し他の三人への対処を続けます。
「マルコ、カレン、離れろ!」
「よし来た!」
「決めちゃって!」
ユウの放つ渾身の一撃はその光によって周囲を白く染め上げるほどでした。
そして、その光が消えた時、その場に立っていたのは――
「言っただろ、俺が弱いのはギャンブルだけだってな」
ブラックジャックただ一人でした。
■ □ ■
――冒険者ギルド
ボーショの町が魔物に襲撃されたことは依頼の際にギルド全体へと伝わり、多くの冒険者の知るところとなっています。しかし、依頼を受けた冒険者パーティは来訪者四名で構成された新進気鋭パーティで、結成間もなくでありながら早くも頭角を現し始めていたことから、今回も成功して帰ってくるのだろうと多くの冒険者が思っていました。
しかし、そんな楽観的な予測が容易く覆されてしまった事が判明してしまいます。
「襲撃された町へ向かった冒険者四名が魔族に敗れ捕らえられた……と?」
「は、はい。間違いなく……」
ユウたちがボーショの町へ向かって暫くすると、冒険者ギルドにボーショの町から来たという者が訪れてユウたちの敗北を伝えたのです。
町を占拠した魔族は何かの目的があるらしく、住民を殺さずに一か所へと集めると伝令役として度々放っており、この人物もそうした中の一人だと思われます。
(トアル村に現れた魔族といい、やはり魔王復活の時が近いのか……?)
「事態は思ったよりも深刻のようだ。緊急依頼を発令する、大至急動ける冒険者を集めてくれ!」
「はい!」
伝令役の町人を保護するように指示を出すと、ギルドマスターである
ギルは職員たちを通じて近場にいる冒険者たちへと緊急招集をかけたのでした。
■ □ ■
――ボーショの町近くの丘
「町の感じからすると、魔物の数もかなり多そうだな」
「ゴブリンやコボルトは問題ではありません。気を付けるべきは魔族です」
丘から見下ろした先ではまだ魔物たちに占領されたボーショの町が見えます。
突入前に少しでも情報をと考えた
セラスは、町の様子をじっと観察し荒れた具合から軍勢の規模を推察していました。しかし、
フリートの言う通りゴブリンやコボルトは数が多いことが厄介なくらいで、倒すことはさほど難しくはありません。
やはり、最大の障害は冒険者四名を返り討ちにした魔族でしょう。
「ゴブリンやコボルトにそこまで知恵が回るとは考えられません。となると……」
「町の奴らと冒険者が捕まっているとはここだな」
ギルから渡された町の地図を開き、二人が同時に指さしたのは、町長の家兼集会場でした。
「魔族が何を考えて町の人を捕らえているかは分かりませんが、少々嫌な感じがします」
「あたいらに残されて時間は少ないってことだろ? 救出は任せるよ。あたいはゴブリンとコボルトを狩ってくる」
町人たちが一か所に集められている事の意味るフリードに対して、セラスは考えるのは任せたとばかりには愛用の得物を構えて、魔物たちを狩る気満々でいます。
魔物の目的を推し量りつつ、あまり時間がないことに薄々感付いたフリードにセラスが得物を構えると、この依頼に参加した冒険者たちも力強く頷き、町を奪還し人々を救出すべく動き出すのでした。