恐怖を絶対至上とする世界的なブーム、
「ドレッド・カルチャー」。
これまでフェスタのアイドル達はその流行に対抗し、恐怖以外のカルチャーを守り、さらには作りだしてきました。
しかし、ドレッド・カルチャーの立役者である
ドン・ドレッドは、彼が率いていた組織「ドレッド・プロダクション」を解体。
さらには芸能界を力で破壊することによって、芸能界に存在する文化や芸能を物理的に失わせてしまったのです――
★☆★
芸能界に浮かぶフェスタ・チャンネルへ集められたアイドルたち。
そこで彼らに現況と今回の作戦を説明しているのは、
芸能界を取り纏める立場である最上位の芸能神
オニャンコポンと、聖歌庁から派遣された
アンラ・マンユでした。
「まず、今の
カルチャーシェアを見てちょうだい」
アンラが宙へ手をかざすと、空中に色分けされた円グラフが浮かびました。
「ダイアトニック・エイジ」内の流行状況を表したそのグラフは、半数をドレッド・カルチャーが占めているのですが……
「ドレッド・プロダクションの廃業により、ドレッド・カルチャーのファンは“推しロス”状態。
加えて、今回のドン・ドレッドの大暴れで他のカルチャーにおいても娯楽や推しコンテンツが次々に奪われて
今や“推しロス”の絶望は全ての世界に広がってしまったの」
アンラはあくまで淡々と説明していますが、芸能界での文化の消失とはつまり
ヒロイックソングス!の全ての世界からその文化・芸能が永遠に失われてしまうことを意味します。
芸能界出身の
木花子は顔面蒼白で口元を覆いました。
「芸能界の被害がそこまでのもだったなんて……
もしかしたら、私の好きな『ぽかぽかひなたぼっこ』もその内なくなっちゃうんでしょうか……?」
「ま、ユグドラシル・チャンネルまで破壊されない限り大丈夫だとは思うけど……それなのよ。
いつ自分の推しコンテンツも消えてしまうか、不安と恐怖に苛まれた人々も“推しロス”の絶望に飲まれかけてる」
これほどの規模の“推しロス”現象は、もちろんフェスタ生も無関係ではないでしょう。
馴染みの娯楽や推しコンテンツが突如オワコン化し、寮に引き籠っている生徒も少なくないようです。
次いでオニャンコポンが一歩前に出て、話を継ぎます。
「――とはいえね、まだ破壊された文化の“概念”は片鱗として残っとる。ギリ修復可能ではあるんやけど……
問題はドン・ドレッドが芸能界の中核であるセントラル・チャンネルを占拠してること。
我々芸能人は簡単には動けなくなって、せめて自分の司る文化はせめて守り切ろうと……オケアノスの海の底に身を隠すことを決めた」
つまり、文化の保存を最優先とした芸能界で、まともにドン・ドレッドと対峙できるのは
ここに集められた地球出身のゲスト・芸能人たちだけなのです。
「それと、もう一つ。“推しロス”になった人々を救えるのもまた、君たちだけや。
このフェスタ・チャンネルでライブをやってもらいた……
んん!?」
不意にオニャンコポンがカルチャーシェアを見て驚いた声を上げました。
なんと、円グラフの中に何やら濁ったピンク色のカルチャーの割合が表示されており
それがリアルタイムにどんどん割合を伸ばし始めていたのです。
「オニャンコポン様! これを見てください!」
オニャンコポンの部下の一人である
千代女が慌てた様子でとある映像を投影し始めます。
そこに映っていたのは――
『プロデューサーがまいんのために最高の舞台を整えてくれたんだからぁ、ちゃんとモノにしないとね~♪
推しロスのオタクたち、まいんで心の穴をぐっちゃぐちゃに埋めてこ?』
飛燕まいんが「まいんちゃんを崇めるch」なるライブ配信を始め、推しに飢える人々の関心を急激に集めていたのです。
推しコンテンツの代替、またはドレプロ解体により失われた刺激――病んだスリルを求めて、人々はまいんの配信に殺到していました。
それを把握したオニャンコポンは小さく咳ばらいをし、再び口を開きます。
「……ま、多少状況が変わろうがみんなにやってもらいたいことはひとつも変わらへん。
“推しロス”の人達に歌を届けて……
ほあっ!?」
またもオニャンコポンが素っ頓狂な声を上げました。
カルチャーシェアにはいつのまにかモヤのかかった紫色のカルチャーが表示され、これもまたぐんぐん割合を増していたのです。
「お、オニャンコポン様……! これを!」
再び千代女が映し出した映像は、ダークな雰囲気のミュージックビデオでした。
そこで歌っている人物を見て、アンラ・マンユは頭を抱えます。
「
夢喰らいと、
揺音ゆにか……そう言えば言ってたわ、近々新曲を発表するって。
ドレッド・カルチャーをオマージュした
ナイトメア・ポップっていう新ジャンル」
アンラ曰く、夢喰らいたちはドレッド・カルチャーに染まっているわけではないものの
純粋な音楽への探求心から『恐怖』を音楽に取り入れる試みをしていたそうなのです。
今の状況と彼女たちの実力では、まいんと同様に人々を恐怖のエンタメに夢中にさせてしまう可能性が高いでしょう。
「まったく、シラフでやってる分タチが悪いっての。私がバビプロでバリバリやってた頃にそっくり。
――あ、もしもし、ユメ? 今すぐMVを非公開にして。世界がかかってるの!」
流れるようにすぐさまノスタルジアの夢喰らいへ連絡を入れるアンラでしたが、
返って来たのは予想通りとも言える反発でした。
『――あのさ、何で悪を司るアンタが世界に忖度してるわけ? 僕はそんなダサい真似したくない。
ゆにかが僕のためにせっかく作ってくれた曲を、一瞬でも非公開になんかするもんかよ』
「はぁ~~!? あんたこそ何でこのアンちゃんを差し置いて楽しく悪を謳歌してんのよ。
そのまんまゆにかちゃんと仲良くやりなさいよ、バカ!」
親子喧嘩のような応酬を横目に小さく苦笑したオニャンコポンは、
再びアイドル達へと向き直ってパンと手を打ち鳴らしました。
「ええよ、ええよ。実際これくらいのトラブルがあった方が、みいんな燃えちゃうタイプやろ?
何にせよ、あの子たちより人の心に響くライブを届けて、この円グラフに幸せの彩りを取り戻せばええの。
で、そのためにはドン・ドレッドも確実に倒さなきゃいけない」
オニャンコポンは柔らかな微笑みを浮かべてアイドル達を見回していましたが、
ふと目つきを鋭くしてかつてなく真面目な声色で彼らへ言い聞かせます。
「……かつてマナシジャやアンラの起こした天変地異に次ぐほどの、神話級に近い災厄や。
歌うも踊るも戦うも、自分の身を最優先にしいや。危ないと思ったら、暴力や恐怖に飲まれる前に必ず戻ってくること」