恐怖を絶対至上とする世界的なブーム、
「ドレッド・カルチャー」。
ありとあらゆる表現活動に恐怖が求められるこの時流は、各地域で愛されていた芸能や創作物を蹂躙し
フェスタや木校長までもを飲み込む勢いで全世界に広がり始めていました。
しかしフェスタのアイドル達もまた
「ダイアトニック・メソッド」を修得し、
本来のエンターテインメントを取り戻すべくドレッド・カルチャーに反旗を翻したのです!
★☆★
――小世界セブンスフォール、カンタレーヴェ王国。
人と神獣が共生するこの世界でも、ドレッド・カルチャーは既に広く流行していました。
美しかった王都は今やそこかしこに気味の悪い装飾が施され、道行く人々もまるでモンスターのようなメイクをしています。
それでもセブンスフォールの人々がライブを求める気持ち自体は変わらないようで、
今日もカンタレーヴェの一角に設営されたライブ会場には多くの観客や神獣が集っていました。
「みんな、今日は集まってくれてありがとーっ! いっしょに楽しいライブにしようね♪」
神谷春人が屈託のない笑顔で観客に呼びかけます。
フェスタのアイドルたちは、ドレッド・カルチャーに対抗するため
恐怖に覆われた世界をめぐるライブツアーの開催を決定したのでした。
その最初の公演に選ばれたのがここ、セブンスフォールなのです。
「って、なんかめちゃくちゃやりにくいんだけど……っ!?」
「そりゃ、観客が求めてるのは恐怖なんだ。そんなぶりっ子したって白けるだけに決まってんだろ」
「ぐぬぬ……。いいよね、クロシェルは黙って立ってるだけでも顔が怖いんだから」
春人と共にステージに立つ
クロシェルは不機嫌そうにギロリと春人を睨みました。
その凶悪な眼光に観客席からは異様な歓声が上がります。
「クソッ、どこに行ったんだよリンアレル……。今日は兄妹でライブやるんじゃなかったのかよ」
「大丈夫だって、王宮の人達もリンアレルを探してくれてるしさ。心配な気持ちは分かるけど今はライブを――」
春人がクロシェルを励まそうとしたその時でした。
恐ろしい轟音を響かせてステージ上に雷が落ちたのです。
恐怖に飢えた観客の期待の視線が集まる中現れたのは、いつものように優しい微笑みを湛えた
リンアレルと
ノーマでした。
「ノーマ。分かっていますよね」
「わんわん!」
微笑むリンアレルの前でノーマは地面に四つん這いになりました。
そして、リンアレルは迷うことなくノーマの背中に座ったのです。
あまりの光景に春人は言葉を失い、クロシェルに至っては目を見開いたまま微動だにしなくなってしまいました。
「兄さん、春人さん、アイドルの皆さん、こんにちは。
私……今日はカンタレーヴェの人々へ素晴らしい“恐怖”を届けるために、皆さんにライブ対決を挑みたいんです」
「ええっ、いやいや……どこからツッコめばいいのか分かんないよっ! もしかしてリンアレルもドレッド・カルチャーに……!?」
春人たちが戸惑う一方で、観客席からはそんなリンアレルの乱入を歓迎する声が飛び交います。
ドレッド・カルチャーに染まっていない国民からしても、王国を統べる彼女のライブはそれだけで価値があるのでしょう。
ノーマもまた、ひどく楽しそうに下卑た笑みを浮かべています。
「くひひ、マジで暴君キャラのリンアレル様はイケてるだろ。この聖母みたいなバブみと悪魔みたいなサド……ギャップがたまんないぜ」
「? 犬が喋っていますね」
「く、くぅ~ん……」
ある意味仲の良さそうなノーマとリンアレルの様子に春人がドン引きしている傍らで、
ようやく意識を取り戻したらしいクロシェルが身のすくむような殺気を全方向に放ちながら1対の双剣を抜きました。
「――■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■!!!」
一国をドレッド・カルチャーに堕としてしまいそうな凶悪な暴言(恐ろしすぎるためお見せできません)を吐き、
クロシェルがノーマへ斬りかかろうとしますが――
「戦闘ではなく一緒にライブをする約束だったでしょう、兄さん。
あまりレーヴェをいじめないであげてくださいね」
クロシェルの剣を防いだのは、リンアレルたちを守るように立ち塞がる
神獣レーヴェの牙でした。
それだけではありません。なんとレーヴェの背後にはもう一体、
黒い姿のレーヴェも控えていたのです。
「……グレちまった妹に少しだけ灸を据えてやるのも兄の務めか。あとノーマは殺す」
「かわいそうな兄さん、押しつけがましいシスコンキャラはもう時代遅れなんですよ……?」
壮大な兄妹喧嘩が始まろうとしている中、はひはひと息を切らせながら会場の方へと走って来る人物の姿がありました。
それが時間を司る神
クロノスだと分かると、春人は嫌な予感に胸をざわつかせつつ駆け寄ります。
「ま、まずいよ……。
ドレッド・カルチャーのファンがこの近くで大暴れし始めた。
七色に光る巨大なサメやら、そこかしこを爆破するウサギやら……なんかそういうやばい動物を引き連れて」
「何そのやばい映画みたいな動物たち……って、
ウワーーッ!?」
次の瞬間、春人に飛びかかって来たのは
頭からチェーンソーの生えた恐ろしいヒグマでした。
あまりにも助かる見込みの無い捕食の様子に、さすがにクロノスも震えながら両手を合わせます。
「ちょ、ちょっと! 何こいつ……あははっ、くすぐったいって~!」
しかしヒグマの巨体の下からは春人の元気そうな声が上がりました。
クマにベロベロと顔を舐め回されていること以外は無事な様子です。
「ふーん。きみ、そんな才能があったんだ。悪いけどここ、任せていい?」
「うそでしょ、丸投げで押し付けてく気!?」
「ち、違うって。レーヴェを助けに行くんだよ。
もしここでライブ対決に勝ったって、あの分裂したレーヴェは元には戻らないんだから」
クロノスの言葉に春人はクマの下から不安そうに声を潜めます。
「それって、過去に行くってこと……?」
「そう……たぶん、彼女が分裂したのはダイアトニック・メソッドで世界の法則が歪められたから。
このままじゃこの世界の歴史が破綻する。最悪の場合、消滅もありうる……」
クロノスは少しだけ表情を暗くしましたが、すぐに拳を握って周りのアイドル達を見回しました。
「だから、みんな……いっしょに“歪みの起点”となる時間に来てくれない?
幸いにも目星はついてるんだ。数週間前、
悪魔みたいなアイドルをレーヴェの神殿の近くで見たって噂がある。
そのアイドルを止めれば、おそらくレーヴェをもとに戻すことができるはず」