界賊
『セレクター』。
一人一人が大世界を滅ぼせるだけの力を持つ、現在の三千界そのものにとっての最大の脅威。
セレクターのリーダー、“鬼神”
ヤナギ サヤ。
神多品学園都市の英雄にしてアルカトラズ脱獄囚、“ペイルライダー”
雲龍寺 零。
アルテラ最高位の魔法使いであり、三千界の魔道を行く者、
赤のフラウス。
地球人特異者に激しい憎しみを抱く千国の英傑、復讐の軍師
黒田 官兵衛。
九鬼一族最高位の暗殺者の一人、“人形師”
九鬼 玖繰(くくり)。
別次元から三千界へとやってきた“滅亡の意思”
ギャラルホルン。
そして、そのギャラルホルンの器とみられる“文明に仇名す者”
グレムリン。
九鬼 玖繰は数多の世界のプレイヤーをRWOに集結させて傀儡とし、特異者に“ゲーム”を挑みました。
その裏ではグレムリンが開発領域に侵入し、サーバーを通じて三千界を破壊することを目論んでいました。
死闘の末に玖繰もグレムリンも倒され、傀儡となったプレイヤーたちは解放され、
RWOも正常な状態へと戻ります。
残るセレクターは、リーダーであるサヤのみ。
しかしサヤは既にメール山の山頂に開いたゲートを越え、“神域”に向けて進んでいました――。
■□■
(ここは……? 確か、メール山のゲートに飛び込んで……。
あれ、アクアマリンの姿じゃなくなってる)
アクアマリンは、現実世界の
マリナ・アクアノートの姿になっている事に気付きました。
周囲は暗闇であるにも関わらず、どういうわけか自分の姿がはっきりと認識できています。
(ゲートは消えてない。KODC経由でシャドーステートに行った時はこうじゃなかった。
強制アバターチェンジの力が働いている……?)
『そのアバターが、君の本質に最も近いものだということだ。マリナ』
「先輩!? いや、そんなはずない。だって先輩は、ヴァン中尉は……」
決して現れるはずのない人物の出現に、マリナは動揺します。
「ああ。これは君の記憶に深く刻まれている者の姿を借りているに過ぎない。
俺は
ヴェーダ、この世界の管理だ。
厳密には
“神々”が創った世界シミュレーターのメインシステムになる」
戸惑うマリナに、ヴェーダは説明を始めました。
■□■
――ワールドホライゾン、市庁舎。
「地球と神域は重なっている? 詳しく聞かせて頂戴」
『あくまで俺の推論だがな。
RWO第一サーバの中に保存されていた、読み込めないアクセスデータ。
一鯖は元々、RWOではないゲームを動かすためのものだったんだ。
ゲーム、という言い方が適切かは微妙だが、そいつの名前は――ヴェーダ。
世界を創るシミュレーション、のようだ』
市長の
紫藤 明夜は、三千界管理委員会の
タイル・影山から、
RWOのメール山のゲートの接続先の情報を得ました。
『大世界を創造する前に、まずはどんな世界になるのか試してみる。
あるいは、今ある世界のデータを入力、辿り得る未来を仮定し、対策を考える。
三千界の神々――管理者たちがやるゲームとしては妥当なところよねん』
市長室のモニターには、TRIALの代表
リサ・グッドマンも映っています。
『もちろん、神々が創ったものだ。ただのシミュレータではない。
その根底には三大アバターの力があり、神話級アバターの根源と通じている。
ブラフマン。
ユニークアバターも、特異者の創造力も、全てはブラフマンから引き出されたもの。
異論を唱える者も少なくないが、俺はそう考えている』
「つまり、ただシミュレーションするだけじゃなく、実際に新たな大世界を創造することができる。
そういうことね」
『そうだ。曲がりなりにもブラフマーそのものの力が働いているのだからな』
『ん、ちょい待ち。第一サーバのリミッターを解除したら、ヴェーダのリミッターも外れるわよねん?
ってことは、一時的にヴェーダの持つ三大アバターの力が増幅されるわけで』
影山はリサに指摘され、苦い顔をしました。
『ヴェーダに再現性の高いトリムルティが誕生しているだろうな。
セレクターのサヤ、そして九鬼一族の狙いは……おそらくそれだ』
■□■
――ヴェーダ。
「“神域”と地球は重なっているらしい、とは聞いたけど。
ここはまだ神域じゃないんだよね」
「ですが、懐かしい風景が広がってますね。
人の姿はありませんが2000年代の地球、上野でしょうか」
椚 狂介、
鄭国然、
フリーデンの三人は、セフィロトからヴェーダに入りました。
天界の門を開く鍵は手にしていましたが、先のRWOの騒動を受け、
交渉に赴いた狂介は天界の天使と魔界の悪魔たちから「門を超えたければ先にヴェーダへの侵入者に対処せよ」と、
命じられたのです。
「地球とはこのようなところなのか」
「宇宙進出の時代の君からすれば、古めかしい街に見えるかな。
修理は終わったみたいだけど、身体の調子はどうだい?」
「問題ない。今なら外なる神とも問題なく戦えるだろう」
ヴェーダが再現したのは地球の日本でした。
多くの特異者がワールドホライゾンに呼ばれるよりも少し前の時代です。
「多くの特異者にとって馴染みのある風景を再現しているようですね。
では、探すとし」
「国然!!」
一歩踏み出した国然の身体が真っ二つ割れましたが、フリーデンが押さえてくっつけます。
「あまりの切れ味に、斬られたと認識できてませんでした。……少し物足りませんね」
「君じゃなければ致命傷だよ、っと!」
狂介、フリーデンが見えない斬撃を防御し、襲撃者を見据えました。
「知り合いか、狂介?」
「いや、初対面のはずだよ。向こうは一方的に僕の事を知ってるみたいだけど」
太刀を携えた着流しの青年――
九鬼 士堵(シド)。
彼はゲート操作に長けた狂介を最優先で始末すべき標的としていました。
■□■
「ここ、渋谷だ……。あたしが中学生の時の」
「こんな形で地球に帰って来るなんてね」
「いや、ここ違うし。でもカミサマ、どうして急に“神域”に行くだなんて」
九鬼 有栖は、何かに突き動かされるように神域へ向かおうとする
田中 全能神を放っておけず、
RWO経由でヴェーダへのゲートに入りました。
本人は「ただの里帰り」と言ってますが……。
護衛として自衛隊の
神代 琢磨と
椚 節子を伴っています。
「九鬼一族もここにいるはずだ。ならば、君たちを狙って仕掛けてくるだろう」
「いえ、既に仕掛けられていると判断した方がいいわ」
――その通り。
声が響いた直後、神代の意識は飛びそうになりましたが、タケミカズチの力を解放することで踏みとどまりました。
「有栖君、全能神君、大丈夫か!?」
「あたしは平気、毒への対処は小さい頃から教えられてるから。でも、カミサマは」
「僕は全てを受け入れる。だから効かないさ」
命に別状はないものの、仰向けになって倒れています。
「神代。こうして顔を合わせるのは久しぶりだな」
「一左……あなたが九鬼一族だったとは。だから紛れ込ませることができたのですか」
「
九鬼 亜蓮(アレン)。それが九鬼としての名だ。
アートマンたるその男はブラフマーを継承しなかったが、三千界の根源へと接続し、創造力を引き出すための鍵となる」
「そうまでしてカミサマを手に入れて、何をするつもりなの!?」
「答えるつもりはない。アリス、お前はここで死ぬ。
“九鬼を滅ぼし得る九鬼の血”は完全に絶やさねばならん」
「有栖君、全能神君を連れて早く行くんだ!」
有栖はどうにか全能神を起き上がらせ、駆け出しました。
「有栖、援護する」
「マリナっち!?」
マリナの砲撃による支援を受け逃げますが、彼女たちの前にぬいぐるみを抱えたゴスロリ少女が立ち塞がります。
「ようこそアリス姉、“クロエの世界”へ」
九鬼 黒江(クロエ)。
九鬼一族最強の毒使いが、マスク越しに微笑みました。
■□■
「……始まったようじゃな。九鬼一族、どの程度持ちこたえられるかの。
どうれ、少しばかり手伝ってやろう」
ヴェーダの防衛システムを斬り伏せたサヤは鬼神の血を流し込み、眷属へと変えました。
般若の面を被った鬼もどきを解き放ち、自身はヴェーダの中枢を目指します。
――三大神の力の欠片を手にし、“神域”への穴を穿つために。
「よお、サヤ」
「ほう、汝まで来るとはの」
「くくく。喜ぶがいい。お前を俺様の新たな配下に引き入れに来た!」
サヤの前に現れたのは、
デュランダルと
田中 是空でした。
「紛い物とはいえ、アートマンの分身。……使えるか」
「こんなんでもアタシの雇い主でね。指一本触れさせないよ」
「案ずるな。汝らの相手をしているほど暇ではない」
黒雷と共に、一体の怪物が出現します。
それは先の戦いで倒された
グレムリンでした。
「そいつ、中身がなくなったんじゃなかったか?」
「然り。じゃが、見ての通り“器”は無事じゃからの。
単純に暴れさせるだけなら、鬼の血に刻まれた本能があれば十分じゃ」
理性なきモンスターと化したグレムリンを見据え、デュランダルは背中の大剣を抜きました。
「前哨戦……準備運動には丁度いい。あんたは後ろに離れ」
振り返ると、是空の姿がない事に気付きました。
サヤがデュランダルの目を盗んで連れ去ったのではありません。
「クソ、また消えやがった! ほんと手間がかかる奴だよ」