大地母神キュベレーによって創造された、相克(そうこく)の世界テルス。
そこでは幾度となく、二つの勢力がぶつかってきました。
太古には、
冥王と
人類たちが戦う「冥王大戦」が起き、冥王は封印されました。
その後、人類は魔力資源枯渇の危機をむかえ、惑星スフィアの
ラディア連合王国と、ワラセアの小惑星群
ベンセルムとに分かれることになります。
「大聖堂の悲劇」により、ワラセアの
グランディレクタ共和国は、スフィアの
ラディア連合王国へと宣戦を布告し、「第一次グランディレクタ戦争」が起こります。
その後、ラディア連合王国内では、
アディス・カウンターと
プリテンダーの両組織が対立し、「ディッカの乱」と呼ばれる内乱が起こります。
ワラセアでは、
ベンセルム同盟と
グランディレクタ共和国が対立し、「ベンセレム紛争」が勃発しました。
スフィアのバルティカ大陸では、
冥王に占領されているバルティカ公国に対して
人類の「バルティカ奪還戦」が行われました。
ワラセアでは、
ネオ・グランディレクタ共和国軍が発足し、対抗する
ラディア連合王国のバナント・ベルとの間に「第二次グランディレクタ戦争」が勃発しました。
スフィアでは
冥王が完全復活し、
ラディア連合王国との決戦の末に倒されました。
グランディレクタ共和国は、またも
ラディア連合王国への侵攻を開始しますが、必死の抵抗によってシュピール首相が戦死し、戦闘は終結したように思えました。
ワラセアでは、
マケドニア・キングダムが、
キュベレー教団の本拠地であるアクシス・ムンディへと侵攻しました。
そして……。
★ ★ ★
ケヴィン・ヤスハラの真の目的は、
キュベレー神を倒すことでした。
それによって、キュベレーの本拠地である航界惑星メガレンシアの技術を手に入れ、かつてのサクセサーたちと同様にスフィアを離れて外宇宙へと進出するつもりだったのです。
キュベレーの作り上げた惑星スフィアは、良くも悪くも魔力によって繁栄し、そして、魔力に依存していました。
そのことを、キュベレーが魔力という資源によって人々をスフィアに縛りつけていると考えたケヴィン・ヤスハラは、その支配からの脱却を外宇宙に求めたのです。
キュベレーの支配からの脱却という点で、ケヴィン・ヤスハラと
シュピール・アバルトは利害の一致を得ました。
ですが、キュベレーを倒すと言っても、テルスの人々のほとんどはキュベレーの信者です。作戦が知られてしまえば、守りを固められてしまう恐れがありました。そのため、執拗にスフィアのラディア連合王国を狙っているように装っていたのです。
ですが、いくら大義を振りかざしても、結局は独善でしかなかったのかもしれません。
★ ★ ★
「俺に、マケドニア・キングダムを継げと言うんですか!?」
“エクセリアの騎士”キリュウ・ヤスハラは、驚いて
“首相”エーデル・アバルトに聞き返しました。
主導者であるケヴィン夫妻を失ったマケドニア・キングダムは、かろうじて
カティア・ラッセ女王の下に国としての形を維持しています。今は、非常に不安定な状態です。
「別に、すべてを支配しろとは言っていないわ。でも、ケヴィン・ヤスハラの息子として、その責任は果たすべきよ。だから、ベンセレムⅢにいって、そこをあなたが統治しなさい」
エーデル・アバルトは、キリュウ・ヤスハラに対して、きっぱりと言い切りました。
彼女自身、父であるシュピール・アバルトの後を継いで、グランディレクタ共和国を統治するという重責を背負ったばかりです。本来であれば、好きな研究に没頭したいところですが、指導者を失ったグランディレクタ共和国を放置しておけば、混乱が広がるばかりです。それを防ぐには、エーデル・アバルトが、新たな首相につくことが最善手でした。
そのような自身の経験を踏まえた上で、エーデル・アバルトは、キリュウ・ヤスハラに自分と同じ道を歩めと言ったのです。
「もちろん、自信がないのであれば、やる必要はないわ。その場合は、ラディア連合王国かグランディレクタ共和国が武力によってマケドニア・キングダムを占領することになるけれど。できれば、さらなる戦いは避けたいところね」
「話し合いで解決はしないんですか」
「そのために、あなたがベンセルムⅢの代表となって、対話を始めるのよ」
すでにお膳立ては
“姿なき立役者”リチャードたちが整えています。
「俺は……、俺は自由でいたいです」
「そう。それじゃ仕方な……」
「だから、みんなにも自由でいてほしい。俺がみんなの自由を守ることができるのだとしたら、試してみたいと思います。でも、そのためには、エーデルさんの――みんなの力も貸してもらえますか?」
決意したようにキリュウ・ヤスハラが答えました。
「ええ、もちろんですとも」
そう言って、エーデル・アバルトはキリュウ・ヤスハラに手をさしのべました。
★ ★ ★
「それでは、キュベレー教団は、今回のことは不問とすると言われるのですか!?」
マケドニア・キングダムのカティア・ラッセは、驚きを隠せないままキュベレー教団のガルス司祭に聞き返しました。
つい先日、マケドニア・キングダムはキュベレーその人に攻撃をしかけたばかりなのです。
キュベレー教団からの使者が来ると聞かされたとき、当然、粛正の対象となり全面戦争になると覚悟していたのですが。
それが、これまでのことは不問にすると言われたのです。いったいどんな意図が隠されているのでしょうか。
「キュベレー様は、慈悲深いお方でございます。今回の事件はヤスハラ夫妻が独断で起こしたものと分かっております。それゆえ、特別にマケドニア・キングダムという国自体をどうこうしようという意図はございません。ただ……」
「ただ?」
カティア・ラッセが聞き返しました。
「ワラセアが、複数に分裂していることを、キュベレー様は憂いておられます」
ガルスと名乗ったそのキュベレーの高位司祭は、カティア・ラッセ女王にそう告げました。
「それは、どういう意味なのですか?」
「我が教団としては、人類は一つであってほしいと考えております。そのためには、あなた方マケドニアキングダムでワラセアを一つに纏めていただきたい。そうしていただけるのであれば、キュベレー教団は、人々に聖女であると認められているあなたに、最大限の協力をお約束いたします」
現在のワラセアは、グランディレクタ共和国が最も大きな力を持っています。さらにベンセルムⅢがマケドニア・キングダムから独立を宣言したこともあり、求心力の低下したマケドニア・キングダムから各ベンセルムが離脱を考え、分裂の混乱にあると言えました。
「つまり、それは……」
カティア・ラッセ女王は、次の言葉をすぐには口にできずにしばし沈黙しました。
★ ★ ★
「安心してください。これで、この都市も安全になりました」
オアシス・ドゥニアの中央に結界発生装置を設置して、キュベレー教団の神官が言いました。
最近、エルベ砂漠を中心に出没するウェイスターと呼ばれる者たちの脅威が問題となっています。
ウェイスター立ちは、トレジャーハンターとして各地の遺跡の盗掘を行っていますが、中には野盗のように中小の村落を襲う者もいるのです。
彼らの大半は、初期のグランディレクタ共和国軍の降下部隊の敗残兵で、エーデル・アバルトやラディア連合王国に従うことをよしとしなかった者たちです。
戦場に放置されたエアロシップをリストアしたグランシップを使って、各地で暴れ回っています。
ラディア連合王国も取り締まりに動いてはいますが、それぞれが独立した少人数の集団なので、ほとんど実態を把握できていないというのが実情です。
そのような状況の中、キュベレー教団は活発に動いていました。遺跡から発掘された結界発生装置を無償で提供して、中小規模の都市に設置して回っているのです。仕組み的にはドーヌム・マイリアの結界の縮小版のような物で、本来は魔物の侵入を許さないための物ですが、低出力のビームや小規模な爆発程度なら防ぐ力があります。気休め程度ではありますが、住民たちにとってはありがたいものです。
キュベレー教団の神官たちは物質的な見返りは求めませんでしたが、よりいっそうのキュベレー神への感謝は求めていきました。
★ ★ ★
「それで、こちらのデータが、そのお礼なのでしょうか?」
キュベレー教団から来た使節の代表に、
“宰相”ナティスは訊ね返しました。
「はい。此度のこと、教団としてはラディア連合王国に多大なる感謝をいだいております。これは、言葉を尽くしても尽くしたりません。そこで、こちらのデータをお役に立てていただければと思った次第であります」
使節が持ってきたデータとは、未だその所在が知られていなかった遺跡の位置データでした。
そこに眠る遺物が、今後役に立つだろうとキュベレー教団は言うのです。おそらくは、冥王大戦時代の兵器があるのでしょうが。それを役立てると言うことは、言外にまたキュベレーのために戦ってほしいと言うことなのでしょう。
「分かりました。ありがたくちょうだいいたしましょう」
ナティスは、その場をそう取り繕いました。
★ ★ ★
「左舷、ミドルグランシップ。砲塔をこちらへむけました」
望遠宝珠を覗き込んでいた
“翠の双星”ローレンが、艦長である
“要塞獅子”レーヴェ・アバルトに告げました。
砂塵をあげてエルベ砂漠を突き進むグランシップ・ブライト・プリンセスに併走するように、ミドルクラスのグランシップが追いかけてきます。
「信号弾をあげろ」
レーヴェ・アバルトの指示を受けて、
“翠の双星”リラがマイリティアの識別信号弾をあげますが、返ってきた物は敵の砲撃です。どうやら、ウェイスターの野盗のようです。
「どうします?」
レーヴェ・アバルトが、
“ラディアの華”マイリア・ラディアに指示を仰ぎました。ここのトップは、彼女です。
「そうですね……」
指揮官シートの後ろに立っていたマイリア・ラディアがちょっと考える仕草を見せました。
その時、ブライト・プリンセスのバリアオーブに敵の魔力弾が命中し、弾け飛ぶときの閃光がマイリア・ラディアの顔を一瞬照らしました。
くるりと指揮官シートを回転させたマイリア・ラディアが、大胆にもドンと音をたてて椅子に片足をかけました。
「身の程を教えてやれ!」
豪快にマイリア・ラディアが言い放ちました。
「お嬢の命令だ。吹き飛ばせ!」
「了解!」
レーヴェ・アバルトの言葉に、ローレンが、オートロックオンし続けていたミドルグランシップを中口径連装魔力砲で文字通り吹き飛ばしました。
「さて、義姉上……」
この後はどうしますかと、レーヴェ・アバルトがマイリア・ラディアを振り返りました。
「義姉上ではない。今の私は、謎のお嬢様だ」
ちょっと不満気に、マイリア・ラディアがどっかと指揮官シートにふんぞり返って座りました。“ラディアの華”という異名を知る者がそれを見たら卒倒しそうですが、母親である
ガートルード・ラディアの素の姿を知っていたり、女騎士の亡霊と呼ばれていたときの彼女を知っている者でしたら、ちょっと苦笑するだけですんだかもしれません。
それにしても、ラディア連合王国第一王女という肩書きをほっぽり出したせいか、実に楽しそうです。
対象的にまだアバルト家の後始末にこだわっているレーヴェ・アバルトは、自嘲気味に苦笑します。
「すみませんでした。それで?」
居住まいを正して一礼すると、レーヴェ・アバルトが改めて訊ねました。
「やはり、もっと戦力がほしいな。新しい遺跡――バルカン山脈の東だったか? そこへむかおう」
「了解しました。お前たち、聞いたな。お嬢の指令である。東北東に進路をとれ!」
★ ★ ★
「キリュウったら、今頃どうしてるのかなあ」
バルコニーから空を見上げて、
エクセリア・ラディアはつぶやきました。
スフィアを離れたキリュウ・ヤスハラは、順調にベンセルムⅢを纏めていると聞きます。それにひきかえ……。
「ここにいたの?」
そこへ、ガートルード・ラディアがやってきました。
部屋に戻ると、お茶を飲みながら、親子で他愛のない話をします。そう、いつもは、他愛のない話のはずでした。
「それで、あなたは決心がついた?」
それは、エクセリア・ラディアがキュベレーの依代となる件についてでした。本来であれば、それはラディア王家の者にとって、大変栄誉なことのはずでした。
「いいえ。――ねえ、なんで私なの?」
静かにかぶりを振って、エクセリア・ラディアは訊ね返しました。
「それは、あなたが聖女だからでしょう。そして、あなたがラディア連合王国の王女だからよ。みんなは言うでしょう、大変うらやましいことだって」
「本当にそうなの? だって、私がキュベレーになったって……」
「違うわよ。あなたがキュベレーになるんじゃないわ。キュベレーがあなたになるのよ」
ガートルード・ラディアが、エクセリア・ラディアの言葉を訂正しました。
「じゃあ、私はどうなるの? もう、お母様にも、キリュウにも、会えなくなるの? 誰も、私を私だと、エクセリアだと分からなくなるの?」
「そうなりますね」
「そんなの……、そんなの嫌だあ!」
思わず、感極まってエクセリア・ラディアが泣き出しました。
「そうね。だったら、あなた、私に王位を返しなさい。そして、やめちゃうの、聖女も、王女も、何もかも。エクセリア・ラディアなんか、MIA扱いでいいじゃない。あなたは、セリアなんでしょう?」
ガートルード・ラディアは、その瞳に悪戯っぽい光を宿して微笑みました。
★ ★ ★
「はい、これで調整はすんだわ。もう大丈夫だけれど、メンテナンスできる者は限られるんだから、大事に扱ってちょうだい」
「分かってはいるつもりです」
ナナに言われて、カティア・ラッセは答えました。
「よろしいでしょうか、カティア陛下……あっ、失礼しました」
そこへ飛び込んできたコマンダーが、カティアが素肌に下着の袖を通している最中であるのに気づいて、慌てて顔を伏せました。
ナターシャの姉である
エレイナです。人材不足のマケドニア・キングダムにおいて、彼女はケヴィン・ヤスハラにカティア・ラッセの身辺護衛を頼まれていたのでした。
「気にしなくていい。それで、何用ですか」
「それは……」
言いかけて、エレイナがナナの存在を気にしました。
「それじゃあ、私はグランディレクタに戻るわ。まあ、今は無職なので暇しているから、また何かあったら連絡してちょうだい」
そう言うと、ナナはカティア・ラッセの部屋を出ていきました。
「それで、どうしたの?」
「出撃の準備が整いました」
「そう」
エレイナの言葉に、カティア・ラッセは素っ気なく言いました。
「本当によろしいのですか?」
「仕方ないでしょう。一緒に来ると言うのだから」
諦めにも似た口調で、カティア・ラッセは答えました。そして、扉のむこうを気にします。ベンセルムⅣには、以前よりも多くのキュベレー教団の者たちがいるのです。
そして、艦隊を率いてベンセルムⅣを出撃するエレイナの操艦するバトルシップ級の艦橋には、カティア・ラッセとガルス司祭の姿があったのでした。
★ ★ ★
「マケドニア・キングダムが宣戦布告!?」
突然の知らせに、ナティスは目を通していた資料を机に叩きつけました。
「はい。ただし、ラディア連合王国ではなく、ベンセルムⅢに対してです。マケドニア・キングダム側は、クーデターの鎮圧だと説明しています」
報告に来た
“晴嵐の白薔薇”ルーニャ・プラズランがそう説明をします。
「詭弁を。それで、キリュウは?」
「幸いにも、先の戦いの後、アイアンボトム・サウンドとベンセルムⅢに艦隊戦力を残しておきましたから。それに、エーデル首相が動くそうです」
「エーデルさんにとって、放置できないというわけね」
それにしても、まともに戦ったとしても、現在の戦力では勝ち目は薄いはずです。いったい、何がマケドニア・キングダムを動かしているのでしょうか。
★ ★ ★
「ほんとうに、嫌になるわね」
報告を受けたエーデル・アバルトは、やれやれとため息をつきました。
予想の範疇とは言え、本当にこの展開になるとは……。
とはいえ、シュピール・アバルトの残した資料を調査した結果から、十分に予測できていました。そのための準備もすでに整えてあります。
そして、特異者として目覚めてしまった自分であるからこそ、父であるシュピール・アバルトよりも遙かに広い視野で物事を見ることができたのです。
「ほんとう、相談さえしてくれていれば、今とは違った結果になっていたでしょうに。まったく、バカだわ。だから、私は、その轍は踏まないわよ」
そうつぶやくと、エーデル・アバルトは
キキョウを呼び出しました。
「
リズに伝えなさい。マケドニア・キングダムを落とすわよ」