界賊
『セレクター』
一人一人が大世界を滅ぼせるだけの力を持つとされる、今のワールドホライゾンにとっての最大の脅威。
セレクターのリーダー、“鬼神”
ヤナギ サヤ。
神多品学園都市の英雄にしてアルカトラズ脱獄囚、
ペイルライダー。
アルテラ最高位の魔法使いであり、三千界の魔道を行く者、
赤のフラウス。
地球人特異者に激しい憎しみを抱く千国の英傑、復讐の軍師
黒田 官兵衛。
九鬼一族最高位の暗殺者の一人、“人形師”
九鬼 玖繰(くくり)。
出自不明の新メンバー、“文明に仇名す者”
グレムリン。
そして、別次元から三千界へとやってきた“滅亡の意思”
ギャラルホルン。
サヤがホライゾンに与えた「猶予期間」の中で特異者たちは力をつけ、
ヴォーパルの首飾りでフラウスを、
セレクターのアジトに乗り込み官兵衛を死闘の末に倒しました。
しかしアジトには既にサヤや他のメンバーの姿はなく、
ホライゾンが官兵衛の計略に気付いた時にはもう、
“青春の世界”神多品学園都市がペイルライダーによって滅ぼされていました。
セレクターは、その気になればホライゾンに介入する隙を与えず大世界を滅ぼせる、と見せつけたのです。
ですが、神多品は何もできずに滅んだわけではありませんでした。
山田 健司が遺したメッセージと、彼らの願いによって生まれたアバター
――“終末の戦士”
アーマゲドンフォースがゲートを越え、ホライゾンに届きます。
それが滅んだ神多品とホライゾンを繋ぐ鍵となり、
ゴダムで確保した聖具「ド・マリニーの大時計」と「アルハザードのランプ」の力で、
ゲートの出口を“滅びる直前の神多品学園都市、リージョン・ユニバース”にすることに成功しました。
その代償として聖具は失われましたが、神多品を取り戻せる可能性が生まれたのです。
一度は滅びた神多品学園都市――天儀球の運命を変えるべく、ホライゾンの反撃が始まろうとしていました――。
■□■
――神多品学園都市、リージョン・ユニバース本校舎。
「くっ……うう……!」
「利根君! ……ここまでか」
アポカリプスの巫女、
利根 志乃は鈿女と一体となったペイルライダーに抵抗していましたが、
その精神も力も限界に達しました。
“聖域”が破られ、リージョン・ユニバースにシャドウがなだれ込んできます。
もはやこれまでと健司が覚悟を決めたその時、
「間に合ったし!! るぅるぅ!」
「おっけー、スーちゃん。全力で――いくわよ」
太陽の如き眩しい光が差し込んだと思えば、シャドウが“嵐”に吹き飛ばされました。
それを為したのは健司の前に降り立った二人の少女
東郷 きららと
リタ・F・ローゼンバーグです。
「君たちは確か……そうか、間に合ったんだな」
「生きててよかったわぁ、えーっと……ヤマダタケシさん?」
「サンタケンジだ。スーリヤとルドラの適合者、まさかこれほどとは。あのシャドウの濁流を一瞬でかき消した」
リタは首を横に振りました。
「消してはいないわ。ただまとめて吹き飛ばしただけよ。
あれって、ペイルライダーに変えられちゃった人でしょ?」
「ま、元に戻せるかもしれないなら、消滅させないようにした方がいいよね。
あーしの力だと消さないよう加減するのはムズけど、るぅるぅなら心配ないし」
きららが機械槍を、リタが機械弓を構えました。
二人のユニークアバター用に、TRIAL技術部が製作した新装備です。
「ってことで、黒いのはあーしらで食い止めるから。
指示お願いするし、ヤマダ先輩」
「分かった。ペイルライダーは、今やアポカリプスそのもの。
この世界の人々をシャドウへと変え取り込んでいる。
奴はそのままの意味で世界と一つになり、“神格”を得た。
――世界の中心。
奴のいる領域と繋がっているのはそこだ。
だが、見ての通りそこまでの道はシャドウで塞がっている」
「ここじゃないの、中心って?」
「
神多品湖だ。鈿女の元々の本体――原初の火廣金は湖の底にある」
「……まだ鈿女様の精神は、完全に押し潰されたわけじゃない。
湖に飛び込めば、鈿女様の心の中に……世界の深層に入ることができる」
志乃が立ち上がり、言いました。
「鈿女様の心は、この世界に生きる人々の願いによって生じたもの。
ペイルライダーはその願いを都合のいいように解釈し、主導権を握った。
……主導権があるだけで、そこには数多の人々の意識が混ざり合っている」
「鈿女が主導権を取り戻し、この世界の人々が願えば
――ペイルライダーの意識を鈿女の中で永遠に眠らせることができる、ということか。
だが、そのためには……」
取り込まれた人々の心を一つにする必要がある。
そのために必要なものを、健司はよく知っていました。
越界聖具“戦旗”ファナティックです。
「ゲートは繋がっているが、ホライゾンとの連絡はできないまま、か」
「山田先輩!」
その力を知り、ホライゾンから持ち出す者がいることを期待するなど都合が良過ぎる。
しかし、意外な人物がそれを持って現れました。
「張子、なのか?」
「神多品が滅んだって聞いて……でも、なんとか間に合った」
小世界ボックスの管理者、
張子 コハクです。
彼女は神多品学園都市の出身であり、かつては健司の下で働いていたこともありました。
「ペイルライダーはこれを狙いに来る。でも、もう手は打ってあるよ」
コハクの目配せに頷き、健司はリタときららに告げます。
「神多品湖への道を開いてくれ。
高遠君、こちらは俺たちが押さえる。だから」
「みなまで言う必要ないわ。消えてった人の分も、ペイルライダーをぶん殴ってくるわよ」
開かれた道を突き進み、
高遠 愛美は神多品湖に飛び込みました。
「あとはただ耐えて待つだけ……ってわけにはいかないよね」
動きを鈍らせていたシャドウが集まり、七つの頭を持つ竜のような姿となります。
「アポカリプスビースト――黙示録の獣といったところか」
■□■
――???
「ペイルライダー、いや、零は儂の戦友だった。
戦いの中でしか生きられぬ性格であることも知っていたが
……それでも、あいつの抱える闇までは見抜けなかった」
力を解放し、全盛期の姿となった
神流 貞市が、愛美にペイルライダーとの関係を語りました。
その手にはコハクが持っていたはずの戦旗が握られています。
「世界を建て直すのに、あなたの力が必要になるわ。
だから命と引き換えに、なんて言わないで」
「一人生き残ってしまった大人として、務めは果たす。死ぬつもりなどないさ」
いつの間にか周囲は戦火が広がる街になっていました。
廃墟に背中を預け、佇むペイルライダーの姿が目に入ります。
「今、俺は世界を背負っている。天儀球全ての人間の想いを一つにして、大きな戦に臨もうとしているんだ。
なかなか熱いと思うだろ、貞市?」
「共に故郷を守るために戦い、生き抜くと誓った。あの時の言葉は偽りだったのか、零よ」
「いいや、本気だったさ。俺は大好きだよ、この世界が。
だから全て持っていくことにした。
サヤが“神域”にいる連中に喧嘩を売ろうって言うんだ。
だったら一つの世界全てを己の力にするくらい、必要だろ?」
「……その果てに、お前は何を望んでいる?」
ペイルライダーが楽しそうに笑いました。
「飽くなき闘争。
永遠に争い、破壊と再生を繰り返す修羅の世界。
サヤが神を滅ぼした先に創るのはそういう世界だ。
だから俺はサヤについていくことにしたのさ」
愛美の前に一振りの黒い剣が降ってきて、地面に刺さりました。
それに触れると溶けるように消え、愛美と一つになります。
「あなたは世界を背負っているっていうけど、認めてない人、結構いるみたいよ。
ミランダ・ヴァレンシュタイン、雲龍寺 麗香。高槻 榛名、オリヴィア・ヴァレンシュタイン。
……あなたたちの想い、確かに受け取ったわ」
アポカリプスに取り込まれてなお、まだ仲間の心は生きており、抗っているということを愛美は実感します。
「私たちは一人じゃない。本当の“想いを背負って戦う”っていうのがどういうものか……教えてあげるわ」
■□■
――ブランク、コロニー。
「お前……
ランファに何をした!?」
「何って? “仲良く”なっただけだよ。ねっ♪」
「は、離れてタクミ! 体が言うことを聞かないのよ!」
最近になってコロニー周囲のテュポーンの活動が活発化し、
タクミと
メロディアは様子を見に行ってました。
一時期はノーライフキングの大人の姿になっていたメロディアですが、今は子供の姿に戻っています。
離れていたのは短い時間でしたが、戻った時には一人の少女により、コロニーは制圧されていました。
「この世界の力は、私様ちゃんと相性が良くてね。
そんな怖い顔しないでよ、ゆっくりお話しするにはこうするのが手っ取り早かったんだから」
「よせ、メロディア!」
少女――九鬼 玖繰に飛び掛かろうとするメロディアを、タクミが制止しました。
「! プラーナの糸とファミリア?」
「この世界じゃそう見えるよね。少年、君、鋭いね。もう少しでそこの可愛い子がお人形になったのに」
「そうじゃなきゃこの世界で生きてらんねぇよ。お前、マリスと同じ匂いがするな」
玖繰が両手を広げると、コロニーの子供たちが一斉に動き、タクミとメロディアを取り囲みます。
「タクミサン、大変デス。幸福指数ノ数値ガバグッテマス!」
「なんだって!?」
ピュータの報告は、
もう一つのブランク――フェルドでも何らかの異変が起こっていることを示すものでした。
「ふぅん、“君”があっちと繋がってるんだね。探す手間が省けたよ」
「アババババ!!」
玖繰は妖艶に微笑み、タクミを見上げました。
「取引しよっか。この変なロボットをくれれば、もう何もしないよ」
「嫌だと言ったら?」
「君は大事な物を全部なくすことになる」
「タクミサン、ワタシノコトヨリ皆サンヲ……」
「そいつが約束を守るって保証がどこにある?」
「ひどいなぁ、私様だって傷つくよ」
タクミは逡巡しました。
(ピュータを渡したところであいつらが助かるとは思えない。
だが……どうやって“糸”を断ち切る?)
「お困りのようですね、タクミ様」
その時、地面から這い出てきたのは――
鄭国然でした。