あらゆる世界の人々の夢と繋がる人工世界、ノスタルジア。
ノスタルジアの住人がマイナス感情を抱くと“夢”を通じて他の世界の人々にも悪影響が及んでしまうため、
アイドルたちはノスタルジアに潜む悪夢の原因を探っていました。
一方で、ノスタルジアを創ったデミウルゴスという人物もこの世界に身を潜めているとされ、
聖歌庁とグランスタ、そしてワンダーランドからは
ユニがそれぞれの思惑の下で彼女の行方を追っています。
一時は人々に危険視され、ノスタルジア内の自由な移動を禁じられていたアイドルたちでしたが
グランスタ主催の“ジャッジメント・フェス”が功を奏し、真の意味で歓迎されるに至りました。
しかしノスタルジアの女神
DTMだけは、アイドルたちが危険であると
各区画のジャンルマスターたちに信号を発し続けているのでした。
★☆★
ノスタルジア、
ユーロビート区画。
「うぁー……」
「おぉ~……」
時刻は深夜2時半過ぎ。
だというのに、街のあちらこちらで夢遊病のように街を徘徊している住民が見受けられます。
「これ、ぞんび……なのよ?」
「人間だ。
“悪しきノイズ”に冒されているだけで」
聖歌庁の
白陽 秋太郎と
マルベル・クロル、
ユニと
時計ウサギ、
戦戯嘘、そしてアイドルたち――
静まり返るこの深夜の街の異様な光景に、彼らは息を潜めて様子を窺います。
疎らに見える住民たちはいずれも生気の無い顔をしているようです。
そして
街全体を微弱なノイズが覆っていました。
聖歌庁の調査によれば、街が弱いノイズで覆われる現象は以前から稀に起こっていたらしいとのこと。
秋太郎たちは今回、実地調査と対処を行うべく、秘密裏にノスタルジアにやってきていたのでした。
「このノイズは
一夜の内に全てが消えて無くなるようだ。
寝ている間に知らず知らずノイズに冒された者ならば、朝になって目覚めた際には記憶にも残らない……
そのためにこれまでノスタルジアでは表沙汰になりにくかったのだろう
だが、
他の世界の人々の夢や精神には着実に影響を及ぼしてはいる」
「調査した上で来てるとはいえ、やっぱ不気味だワ……。
あっちこっちで流れてるあの
変な映像、本当にノイズの発生源じゃないノ?」
顔をしかめたマルベルの言う通り、街頭ビジョンやモニター、携帯端末の画面のいくつかには
女性がさみしげな歌を歌っている、なんとも不気味な映像が流れていました。
しかし不気味なだけで、それがノイズを発しているわけではないようです。
「そうだ。しかし、人々はあの歌に反応して動いている……
それに彼女はこの世界の重要人物であるという情報も入っている」
ノスタルジアの中心の塔を調査したアイドルによれば、
彼女は塔の上層階にてカプセルのような容れ物の中で眠っていた人物で間違いないというのです。
「調査は後だ。ひとまず今はノイズの対処を――」
秋太郎がアイドルたちに指示を出そうとしたその時。
街頭で流れる女性の歌声が大きくなり、急激に濃いノイズがあたりに満ちました。
「うおぁあ……」
そして歌に呼応するように、突如あらゆるモニター、アイドルたちのスマートフォンの画面にまで女性の映像が流れ始め
あちらこちらから
更に多くのノイズに冒された人々が現れたのです!
「これは……いや、やはり映像からノイズは出ていない」
「っていうかこの感ジ、
ノイズの発生源って徘徊してる人のほうじゃナイ!?
どーなってんノヨ、過去にこんな事例はないワヨ……!?」
一般人から次々とノイズが発生し始めるという明らかな異常事態に慌てるマルベル。
さらにこれはユーロビート区画だけでなく
ノスタルジア全域で起こっているようだと秋太郎は告げました。
「この映像は
『ドリーム・レコメンド』。
あらゆるメディアに優先して、
ノスタルジア内の人気配信を強制表示するシステムを使って流されている。
全ての区画の対処となればとても間に合わない」
「こ、このままじゃみんなの夢がノイズでめちゃくちゃになっちゃうのよ……!」
――そのとき。
街角のビルについていたひとつのモニターに、気の抜けたタイトルロゴが表示されました。
正面に映っているのは、なんとネヴァーランドの
神様です!
『やっほーみんな、“ヤバいトラックメイカーの神様TV”の時間だよ!
これを見ている勇敢なアイドルは僕のスタジオにおいで。
一緒にノスタルジアのてっぺん目指そ!』
今の風景とギャップがありすぎる映像に、マルベルや嘘はあ然としていました。
しかし秋太郎と時計ウサギは、神様のやろうとしていることに気づいたようです。
「自分の配信を盛り上げてドリーム・レコメンドに表示されれば、あの映像を止めることができる。つまり――」
「システムを逆手に取って、この事態を納めようというわけですね」
そして秋太郎はアイドルたちに、神様のオファーに応じるよう呼びかけました。
アイドルの配信でドリーム・レコメンドを埋め尽くし、不気味な映像を塗り替えるという作戦です。
さらには画面越しとはいえアイドルがライブを行うことでノイズに冒されている人達も多少落ち着くだろうとのことでした。
神様は応援が来るまで自らトーク配信を続けようとします。
『やっぱ数字取るにはゴシップ&スキャンダルでしょ♪
ってことでー、みんなはデミウルゴスって人を知ってるかなぁ。
聖(規制音)とかいうヤバい組織に追われてるらしいんだけど、そのデミウルゴスって人も相当やらかしてるみたいで~
なんと色んな世界を炎上させて行方が分からないままなんだって! うわぁ怖いよね~』
いささか脚色を織り交ぜながら配信を続ける神様。
そのフランクなようでつかみどころのないトークを聞きながら、ユニは「そういえば」と口を開きます。
「あの神様ってひとも、わたしと同じように創られたんだよね。わたしのおにいちゃんだね!」
「なっ、おにいちゃん……!? わ、私は些か彼にはその器が足りないと思いますが……。
まあ、不特定多数への呼びかけにより、デミウルゴス様が動かざるを得ない状況にしたのは悪くはない策でしょう」
果たして神様がそこまで考えているかはさておき、神様の行動は
アイドルたちに打開のきっかけを作り、今後の状況を左右しうる状態にしたと言えるでしょう。
しかし。
『だから、何か情報があったらコメントに――』
ガシャン!!
「ゴシップ好きとかさ~、おまえらマジ陰キャか?
DTM様――ウチの女神様の歌を遮ってんじゃねーっつの」
たった一枚しかなかった神様の映る画面。それを破壊したのはギラギラしたハートのエフェクトでした。
そのアグレッシブなVボイスを放ったギャル風の少女は虚ろな目でアイドルたちを見回します。
彼女も明らかに
ノイズの影響を受けているようでした。
「ギャル系美少女追加なのよ!? それにあの怖い女の人が女神様!?
はふ、私ってば陰キャのオタクくんだから超混乱しちゃうのよっ」
「アンタみたいなのが陰キャなワケないデショ。
っていうか、これは無視して通れる感じじゃなさそうネ。それにあのコ、確か――」
身構えるマルベルだけでなく、アイドルたちも彼女が只者ではないことを直感します。
「ああ、あれはこの“ユーロビート”区画のジャンルマスターで間違いない。
それに……囲まれているな。我々の妨害をしたいようだ」
秋太郎の言葉に驚いてアイドルたちが周囲を見回すと、
濃いノイズの気配の中に一際強いノイズを発する者がもう二人、アイドルたちをじっと見つめていたのです。
その内1人は先日はノイズの兆候など無かったはずの
丹頂鶴で、さらに動揺は広がります。
そんな張りつめた空気に、
はー子と
D.Cちゃん――二人のジャンルマスターが割って入りました。
「夜中に辛気臭い配信が急上昇してると思ったら……ンだよ、このくっせぇ雰囲気はよ」
「むー、何ともないのは私たちの区画だけみたいです。パトロールに来て正解だったですねっ」
彼女たちは以前区画ごとノイズの被害を受けた際、アイドルがノイズを払い救った者たちでした。
理由は不明ながら、どうやら二人はDTMの歌の影響を受けていないようです。
彼女たちの援護があれば、アイドルたちは神様のスタジオにたどり着くことができるでしょう。
状況に光明が見え、秋太郎はつぶやきました。
「……蒔かれた悪夢の種が既に浄化された区画、か」
「意味深な台詞言う暇があったら走れクソガキ!」
怒号を飛ばすはー子。
しかしその内心では、姿の見えない後輩――
ゆにかを気にかけていたのでした。
(ゆにか、無事だよな。
あいつどうせ徹夜で曲作りでもしてて、こんな騒ぎ気づいてないだろうし……)