――ワールドホライゾン、市庁舎。
ホライゾンの暦の上では新年となりました。
「新年を迎えるための最後の戦い」はまだ続いていますが、
不安は界霊の糧となってしまうため、特異者たちは表面上、普段と変わらずに過ごしています。
とはいえホライゾンは未だ不安定で、庁舎の中の空気はずっと張り詰めています。
「ヴォーパルさん、明夜さん。これを見て下さい」
クロニカ・グローリーはタブレットを操作し、モニターにホライゾンと近界域の界図を表示しました。
「これは……ホライゾンの周囲に、デブリが集まってる?
ヴォーパルの張っている結界に沿うようにして。まるで土星の環ね」
「どちらかというと小惑星帯(アステロイドベルト)ですね。とはいえ、イメージ的にはそんな感じです」
界市長の
紫藤 明夜が、界図からヴォーパルに視線を送ります。
バイザーで表情を悟らせないようにしているものの、ヴォーパルは焦っていました。
負の想念の昇華は順調に進んでいたものの、
それを上回る速さでホライゾンにはとめどなく流れ込んで来ているのです。
地球以外の世界からも流れて来るようになり、ホライゾンで受け止めきれずに溢れた想いは近界域に流れ、
それに呼応してワールドデブリや界霊が急速に集まり、ホライゾンを囲む環状帯を形成しました。
「鍵守の結界が作り上げたホライゾンを取り囲む円環。
さしずめ
ヴォーパルの首飾りってところね」
明夜はその一帯をそう名付けました。
「……ですが、妙ですね。
この前の界賊の襲撃の時とは界霊やデブリの波長が異なります」
「それはホライゾンから溢れた想いの力の影響でしょう。
界霊の負のエネルギーが中和され、変質しているのです。
それは滅びた世界の残骸であるワールドデブリも同様です」
「つまり、必ずしも悪いものではない、と?」
明夜の言葉に、ヴォーパルは強く頷きました。
「ホライゾンは新たな特異点になろうとしている。
だが、無から有は生じぬ。
今のこの街としてのホライゾンも時間をかけて資材を集め、拡張してきたもの。
そうだな、明夜?」
市長室に入ってきたのは、三千界管理委員会のトップである
ヴィシュヌでした。
彼女は現在、不安定なホライゾンを支えるために維持神としての力を行使しています。
「ええ。でも、大きな変化を伴うにも関わらず、私たちがかけられる時間は短い。
そうよね、ヴォーパル?」
「はい。どうにか流れを緩めてはいますが、それでも止めることはできません。
想いを還元し、新たな世界の礎としなければ……やがて行き場を失った不安定な想いは逆流し、
三千界は取り返しのつかない状態になってしまうでしょう。
一年。それが現状での、ホライゾン新生に掛けられる時間の限界です。
それまでにホライゾンを新たな大世界――特異点として確立しなければなりません」
「世界を創るというのは、街作りとはわけが違うぞ。
まずは新たな土地を確保しなければならん。
ホライゾンに繋ぎ合わせることのできる、適合し得る性質を持った土地がな。
……分かっておるな、ヴォーパル、明夜」
ヴォーパルの首飾りのワールドデブリ。
それを引っ張ってこいと、ヴィシュヌは言っているのです。
「
国引きじゃ。
界霊、デブリ、そして流れて来た想い。
それらが混ざり合い、この環は“生きている”
そして何者かになりたがってる……だが、自らの意思でそれを決めることはない。
お前たちのアバターに呼応し、その性質を決定する。
どのような礎となるかは集まった特異者の人数と各々の強さ、そしてアバター次第じゃ」
「しかしホライゾンに繋いだとしても、その後何もしなければ新たな土地に生命が芽吹くこともありません。
生命の種子が必要となります」
「生命の種子?」
明夜の疑問に、ヴォーパルは答えます。
「名前の通り、生命の源となるものです。
各世界に存在しますが、その命を他の世界に広めたい……別の世界に移りたい、という願望を持ちます。
しかし同時に、他の世界では生きられないだろうという諦念も持ち合わせています。
ゆえに種子を見つけたとしても、簡単には持ち帰ることはできません。
その世界に認められる必要があります」
かつてホライゾンでは
限界実験が行われ、世界に認められる者もいましたが、
その時認められていたとしても、それだけで無条件で認められるとは限らないとのこです。
「そうと決まれば、善は急げね。
ホライゾンの皆に呼びかけ、早速始めましょう」
こうして大々的にワールドホライゾンを新生するためのプロジェクト、
・新世界創造計画
がスタートしました。
■□■
――ホライゾンフィール、マーケット。
「世界創造ヨシにゃ!」
さんぜんかい いきたねこはツルハシを背負い、現場作業服に身を包んでビシッとポーズを決めました。
『新世界創造計画か。
ここ数年で地球の状況も大きく変わったが、今のホライゾンも、そのあおりを受けているのかもしれないな』
「そんな中で、しかも直接地球と三千界の行き来が困難な中、こうしてリモートで話せるだけの技術と環境が確立されたんだ。
悪い事ばかりじゃないさ、マンフレッド」
マーケットの一角に座り、
木戸 浩之はドリンク片手に、モニターの向こうのマンフレッドと向き合っていました。
『そうだな。うちの特務は迷惑かけてないか?』
「すっかり馴染んでホライゾン生活を満喫してるよ。今のところ面倒事は起こしてない……はずだ。
対セレクターメインで動いてもらってるが、このプロジェクトにも乗り気だ」
「かいちょー、今のホライゾンは神持ちいるし、ユニアバ持ちもずいぶん増えたじゃん。
世界を救ってきたし、越界聖具だってあるし……世界創造なんてあっという間じゃないの?」
木戸の隣に座った
九鬼 有栖に、マンフレッドが「否」と首を振りました。
『特異者としてのアバターの能力は、世界から借りて力を行使するもの。
いわば模倣と応用だ。
渡り歩いた世界の力を自分なりに昇華し、独自のアバターにしたとしても、それはゼロからの創出ではない。
しかし世界を創るというのは、文字通り神の御業に等しい。
そして世界というのは創って終わりではなく、維持していくもの。
むしろ創った後の方が難しいんだ。
読み切りの漫画で傑作がかけても、「連載を続ける」ことができるとは限らんようなもの』
「絶望のエンジェルって漫画読むんだね」
『……反応するのはそこか』
マンフレッドは目が伏せ、言葉を続けます。
『俺はそのことをよく知っている。
いや、三千界統合機関にいた時にそうだと気づけず……大きな過ちを犯した』
彼はかつてある特異者に創造神格のアバターを与え、ユグドラシルという世界を創造させました。
しかし創造主は限界に達し、世界は滅びかけています。
「君がそのことを後悔しているなら、協力して欲しい。
地球からではできることは限られるかもしれないが。
ホライゾンを新たな世界にするために」
『……分かった。ホライゾンの危機は地球の危機でもある。
だが、創り上げるのは特異点だ。
俺は鬼になるぞ』
「それは構わない」
「ならば遠慮なく」
木戸が肩を叩かれ振り返ると、そこにはマンフレッド立ってました。
「マンフレッド、なぜ!?」
「君のそんな顔が見れるとはな。言っただろう、この数年でリモート技術も進歩した、と。
頭のいい君ならもう答えが分かっているはずだ」
木戸は察しました。
ここにいるマンフレッドは生身ではなく、地球から遠隔操作している義体であると。
「米軍と取引したのか」
「ホライゾンにも鹵獲したポストヒューマンがあるのは知っていたからな。
“リスクに見合うだけの成果”は得られたからこうしてここにいる、とだけ言っておこう」
それは暗に、マンフレッドがアメリカの軍部を出し抜いたことを示していました。
「フッ、成長したな、絶望のエンジェル!
それでこそ俺様の絶対悪友にして、右腕だ。
お前には創造の鬼……“ハイパーインフェルノクリエイター”の称号をくれてやろう」
「待て、なんでお前がいる?」
突然腕組みしてカウンターの上に現れた
田中 是空を、マンフレッドが露骨に嫌そうな顔で見ました。
「あんな態度だが、一応アタシらホライゾンの捕虜なもんでね。
とりあえずここに居座らせてもらってんだ」
「傭兵
デュランダルか。是空に雇われたとは聞いてたが」
「なかなか退屈しないで済んでるよ」
「酔狂なヤツもいたものだ」
テーブルを挟んで木戸の向かいに座り、マンフレッドは言い放ちました。
「木戸、まずはホライゾンの特異者に“創造力”の素養があるか、試させてもらう」
「具体的には、何をさせるつもりだ?」
マンフレッドがテーブルの上に置いたのは、サンドイッチでした。
「アイデアを駆使し、オリジナリティ溢れるサンドイッチを作れ。
先に言っておくが、奇をてらう必要はない。
それと、あくまで人が食べるものだということを忘れるな。
食べられたものではなければ、審査に値しない。
食べたい、と思わせないような見た目のものもな!」
「いや、見た目は関係ないじゃん! せめて一口は食べようよ」
有栖の抗議は意に介さず、マンフレッドは続けます。
「特異者としてのスキルやアイテムは自由に使っていい。
地球の一般的なスーパーやコンビニで手に入るものであれば、それも許可しよう。
だが、アイテムやスキル頼りで俺を満足させられると思うな」
「おっ、面白そうじゃんか。アタシにも審査員をさせてくれよ」
「ククク……我ら絶対悪エンジェルズが貴様ら特異者を見定めてやろう。光栄に思うがよい。
我々を満足させられる品が一つもなければ、世界は創造される前に滅亡する!」
(ねぇかいちょー、これって世界創造の足しになるのかな?)
(一つ言えることは……マンフレッドが本気だということだけだ)