小世界パトリア。
南のオアシス
アゴンの入り口には観客席が組まれ、大勢の人々が集まっていました。
しかし人々の中には緊張感が漂い、ピリピリとしています。
理由は集まった人々の中に
新生パトリア帝国の皇帝を自称する
ダーガンと彼に従う軍の兵士達、
そしてそれに反発する
レジスタンス側の人々の両方がいる事でした。
「ヴェントスちゃんと、セプタティオさんは……あっち側のライブに参加するんだよね……」
そう、少し不安げに口にするのは
「恥」の楽巫
トリオナリスです。
新生帝国軍側の観客席の最前列には玉座に座ったダーガンがおり、2人の人物が傍らに従っていました。
8人の楽巫の中で現在新生帝国軍側についている
「怒り」の楽巫
ヴェントス、
そして
「嫌悪」の楽巫
セプタティオです。
「焦ってはだめよ、トリオナリス。今日はとにかく、ライブを成功させることだけを考えましょう」
「愛情(信頼)」の楽巫
ザウシータがトリオナリスにそう声をかけました。
その傍らで、
「不安」の楽巫
オリエムも頷きます。
「セプタティオとヴェントスをこのままにしておきたくない気持ちは私達も同じだ。
だが、2人を取り戻すためにもまずは……この地下に眠る
アトリビュートに相応しい王を選ばせ、
残虐なダーガンに皇帝の資格などないことを明らかにしなければならん」
レジスタンスのリーダー
プラジアは「頑張ろうね!」とアイドル達に声をかけます。
「この中から、アトリビュートが王様に相応しい誰かを選ぶ。オリエム様のお考えだと、
伝承歌にある
南、
南東、
東の地域に所縁のある3つのアトリビュートが現れる可能性があるんだって」
「南、南東、東は果物や穀物などの豊かな農作物が育ち、豊かな土壌が広がるこの世界の『台所』ともいうべき地です。
未来永劫、この世界の人々が飢える事がないよう……よい王様が選ばれるといいですね」
ミイレンもそう言って頷きます。
セピアナの歌姫であるミイレンはダーガンの1人娘ですが、ダーガンがアトリビュートに選ばれ、
このまま権力を持ち続ける事はやはり望んでいないようです。
「ダーガンは、この豊かな3地域を手に入れることで、新生パトリア帝国皇帝としての地位を確かなものにできると考えているようだな」
愁いを帯びた表情で、
「悲しみ」の楽巫
メリディムはそう口にしました。
「そして、アトリビュートがダーガンを選ぶ事があれば、自分に反発する者達も黙らせることができるだろう、と」
「そうだね、兄さん。ダーガンも自分でライブする気満々だもんね」
「喜び(興奮)」の楽巫
メリディスもそう言って頷きます。
ダーガンは早々とステージに上がり、発声練習を始めています。
セピアナとは思えぬ透明感のない毒々しい赤黒さが際立つ皮膚に尖った耳、ギラギラした金色の大きな瞳は、
何か底知れぬものを秘めているような怪しげな光をもっています。
しかしダーガンが歌い始めると、地の底から響くようなその力強い歌声に反応し、大地が大きく震え始めました。
「ライブに関しては、なかなかの実力者のようですね……あのダーガンという方も」
セブンスフォールのカンタレーヴェ国王
リンアレル・シングラントがごくりと唾を飲み込みました。
パトリアはこの音楽と呼応する「ガラテア」という元素で構成されており、
その結晶であるアトリビュートも同じく力強いライブに反応し、王を選ぶと考えられています。
そのため、ダーガンや彼を支持する者達も自分達が選ばれることに自信を持っているようでした。
★☆★
「ねー、早く始めようよー。やるんならさっさと決めたいじゃん?」
ヴェントスが立ち上がり、つかつかとトリオナリスに近づきます。
そして腰に差した剣を抜くと、こう口にしました。
「てかさ、ライブでアトリビュートの所有者を決める、って言われたけど、
アタシがダーガン様から聞かせてもらったのとちょっと違うんだよねぇ」
「ヴェ、ヴェントスちゃん……どういうこと?」
トリオナリスがおどおどと口を開きます。
するとヴェントスはニヤリと笑ってこう言いました。
「オリエムがそっちで研究してる間に、ダーガン様もとっくにアトリビュートに関する情報は手に入れてたって事!
『誰よりも強さを示す者にアトリビュートはもたらされん』ってね!」
ヴェントスはその剣に、真っ赤な炎を纏わせました。
そして何らかの短いメロディーを口ずさむと、真っすぐに刃を振り下ろします。
「咲け! 狂い火のアザレア!!」
爆発するように炎が上がり、辺り一面真っ赤に咲き乱れるように燃え広がりました。
トリオナリスが「下がって!」と周囲の者達に向かって声を上げ、前へ出ます。
「ま、守って……! 流砂のダーズンローズ!!」
トリオナリスが高速でステップを踏むと、飴色に輝く12輪の結晶の花が周囲を取り囲み、防御壁を築きました。
その時――砂の中から大きな光の球体が飛び出すのが見えました。
光は空中を浮遊し、ヴェントスの周囲をぐるぐると回り始めました。
「……強力なガラテアの光球……まさか、アトリビュート……なの?」
「ハハハッ! あの伝承歌のとおりじゃん! どーするトリオナリス!? このままだと、この子はアタシを選んじゃうよ?」
ヴェントスがそう、トリオナリスや周囲のアイドル達に向かって挑発するように声を上げました。
トリオナリスは戸惑っていますが、ヴェントスが言うように、このアトリビュートは強い力を持つ者を選ぼうとしているようです。
★☆★
そしてさらにアゴンの入り口では別の異変が起きようとしていました。
ダーガンやヴェントス、トリオナリス等がライブを始めたことにより、地下に眠るアトリビュートが反応し、動き始めたのです。
「ハハァ!! 来るぞ来るぞ、でかいのが!!」
ダーガンが笑い声をあげます。
周囲にある砂のガラテアが何かに引き寄せられ――そしてそこに現れたのは、大きな翼と3本の尾を持つ巨大な獅子(ライオン)でした。
「オォオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
ライオンは大きく頭を振って咆哮し、その口からは金色の光線が吐き出されました。
「驚き」の楽巫
ウェスタが「危ない!」と声を上げ、その前方に飛び出します。
ウェスタが手にした弦楽器をかき鳴らすと、光線は弾き飛ばされ、方向を逸らしました。
すると逸れた光線の先にあった数十メートルもの大きな岩が1つ、その威力に弾かれ、一瞬にして粉々に砕けり散りました。
「見たかセプタティオよ! これこそがアトリビュートが真の力を示した姿だ!」
ダーガンが興奮気味に声を上げます。
さらにダーガンはセプタティオにこう命じました。
「俺が1つ、ヴェントスが1つ、それからてめぇが1つだ。
アトリビュートは3つとも我が新生パトリア帝国軍のものとする。あの獅子を従えて来い」
「御意。必ずや陛下のご期待に応えて見せましょう」
セプタティオはダーガンの命に従い、2丁の銃を手に獅子に向かっていきます。
そしてそれに続き、周囲にいたセピアナの兵士達もセプタティオと共に武器を取ります。
ダーガンはそれを見ながら、ニヤニヤと笑っていました。
「あいつと手下どもだけじゃいかんせん不安だが、セプタティオは
ピスキルだからなぁ。
いざとなれば
あの手もある。そうすればセプタティオ1人でもあれくらいは……
まぁ、
その後は使い物にならなくなるかもしれないがな」
「お前……まさか!」
「兄さん、まずいよ! セプタティオを1人で戦わせたら……!」
ダーガンとセプタティオの会話を聞いていたメリディムとメリディスの表情が変わりました。
獅子は向かってきたセプタティオを見ると、素早く身をかわしました。
そして彼の銃撃を避けながら、部下のセピアナ兵たちに向かって突っ込んでいきます。
「馬鹿者! 下がれ!!」
セプタティオは声を上げますが、間に合いません。
攻撃を受けたセピアナ兵達は地面に叩きつけられ、一瞬にして総崩れとなりました。
「何をしてる。さっさと倒せ」
ダーガンの声が低く響きます。
すると「御意」と口にしたセプタティオの目が黒と金の色を帯びました。
「なんかよく分かんねぇが、あの赤い羽が生えてる奴を1人で戦わせるとやべえんだな!」
リンアレルの傍についていた兄の
クロシェルも剣を手にし、飛び出していきます。
そんな周囲の動揺を見ながら、ダーガンは笑い声を上げ続けていました。
「さぁ、ライブを始めようか! そっちが言い出したことだぜ? 誰からステージに上がるんだい?」