――芸能界。
そこはアイドル達の目指す憧れの世界であると共に、
ヒロイックソングス!の全ての世界の力や芸能が生まれ、集まり、発展していく神聖な場所です。
しかし悪を司る
アンラ・マンユが生み出した悪しきイドラや、愛を司る
マナシジャが歪めた愛の定義によって
一時の芸能界は今も暗黒期として語り継がれるほどに混沌を極めていました。
そしてその影響を受けた地球や各小世界の人々は歪み、次第に全ての世界が暴虐や絶望、悲しみで溢れていったのです。
「けれど
ノアたゃだけは、何者にも穢されず全き心を持つ唯一の清き人間だったのですよね。
たゃに手を出そうとした時に私は出禁されたので、その後のあの子のことは知りませんけどぉ……」
頬に手を当てて溜息を吐くマナシジャこと
マナPを見て、
バス=テトは暗闇の中でギラリと猫の目を光らせました。
「“聖人ノア”の存在は重要だったからニャ、お主の毒牙にかけさせる訳にはいかぬ。
芸能界も既に腐敗している以上、誰よりも清きを知るノアが最後の希望だった。
そしてワガハイが橋渡し役として“主”を名乗り、神々の総意としての力と使命をあやつに与えたニャ。
人々の悪しき文化や風習、流行を全て流し去り世を浄化(リセット)する――
それが
「ノアの方舟計画」だったニャ」
★☆★
「そう、ぼくは世界を救ったんだ。大好きなあるじ様の期待に正しく応えたよ。
だからもっともっとあなたのために働きたかった、それだけなのに……」
スカイタワーの天辺から夜の東京を見下ろしながら、ノアと呼ばれたその子供は呟きました。
元は同一の存在である
仙道 にあの視覚と聴覚からバス=テト達の会話を盗み聞いているようですが
視界が暗くいまいち状況が分からないのは、にあの存在がノアから独立し始めているからなのでしょう。
少し前までの彼なら容易くアイドル達の元へ意識を移動できたのですが、どうやら今はその力は失われているようです。
代わりに、今のノアには水と同化したような姿になっておりこれまでの彼とは異なる力を持っていることが見て取れます。
「ビーストラリアでは失敗しちゃったけど、今度はもっとうまくやるよ。
相応しくない文化、それを受け入れる人々、全て僕の雨で洗い流そう」
ノアが空中に手をかざすと、そこに巨大な船が出現しました。
ビーストラリアの船のどーぶつえんを訪れた者ならそれが同じ船であることが分かるでしょう。
そして、ノアが目を向けた先――夜空には水をそのまま浮かべたようなおかしな透明の雨雲が広がっていたのでした。
★☆★
「あんなん降らされたら地上は一瞬で大洪水や。バベルの塔の時と同じ、あのヤバい水やで?
流行どころか文化、文明……果ては種族やあらゆる概念まで真っさらになりえるシロモノやで」
――芸能界。文化のバランスを司る為の聖域、グロリア・チャンネル。
芸能界で最高位の権力を持つ
オニャンコポンは「ま、ウチらが与えた力やしなぁ」と肩を竦めました。
彼女と向き合って悩ましげに目を伏せるのは
木馬太郎校長です。
「ムムム。地球の裏側やサンタクロースがサーフィンする地域まで、全てあの雲にすっぽり覆われています。
アイドル、かの世界の特異者や契約者……あらゆるコネを使っても全ての人々を守ることは到底不可能です」
「判断が遅ぉい! 芸能界への報・連・相はどしたんスレイプニル!
互いに腰据えてしっかり情報共有が出来てたら、もうちょい……」
頭を抱えるオニャンコポンは、木校長の瞳がまだ強い意思を持っているのを見て苦笑しました。
「フェスタのアイドルたちは人々を救うこと、ノアに手を伸ばすこと、いずれも成し遂げるつもりです」
「……心配になるわぁ、かつての頑張り屋さんのあの子みたいで。
ノアはあの小さな身に余る力と使命を背負いきれず、最後には自らの存在自体をすっかり流し去ってしもた。
流れたノアの欠片が少しずつ再構築されて今のあの子になったみたいやけど……
力を取り戻したとて、まぁだ大事な欠片が足りてへんのね」
木校長を品定めするようにじっと見つめてから、オニャンコポンも表情を引き締めます。
「その最後の1ピースをそちらさんで見つけてくれるんなら、確かにウチらは人々を守ることに集中できる。
洪水で全世界が壊れる前に、全世界に干渉して人々を救うことができるのは――ここ、芸能界だけやしね」
★☆★
「世界を救うにはノアを叩かなきゃ。ノアを叩くにはまず船を墜とさなきゃ。
船を墜とすには、なーんも知らないパンピたちをまず避難させなきゃ。オーケー?」
「やることが……多いですっ……!」
――地球、陽が落ちてもまだ人が賑わう東京。
ノアの対処や人々の避難にあたるアイドルたちと行動を共にしていたのは
アンラ・マンユでした。
木花子は今回の作戦の重圧にぐるぐると目を回しているようです。
アンラは溜息を吐いてから、町行く人々に向かって黒く禍々しいオーラを放ちました。
「アンラさん、そ、それって……ノイズですか!?」
「なぁに、あなただって
ガンダルヴァの力を地球でも使えるようになったんでしょ。
恐怖や不安は人を動かすことも出来るのよ、私は
プルートとして出来ることは全部やるわ」
軽微なノイズに冒され不安そうな顔をする人々にアンラが「死にたくなきゃ今すぐ逃げなさい!」と叫ぶと
彼らはパニックに陥りながらも一目散に少しでも遠くへと逃げ出しました。
「……それに、誰に咎められなくても責任は感じてるの。
よりによって“聖人”の心に人知れず巣食う……絶望フェチの私のイドラちゃんがやってくれそうなことだわ」
「ノアさんの心に、ノイズが……?」
「アイドルが払えないレベルじゃないと思うわ。今一番問題なのは、あの子の力の大きさの方ね。
だから花子、あんたはライブに自信がある子たちを連れてグロリア・チャンネルに向かいなさい」
頷いてアイドルたちに声を掛け始める花子を見送り、アンラは先程まで花子の影に隠れていたにあに目を向けました。
「で、あなたはどうしたいの?」
「にあは……にあは、やっぱりノアを止めたい。だけどにあだけじゃ届かない。
だから、センパイたちの力を借りたいにゃ……!」