――さあ、素晴らしき新世界の幕を開こう。
★ ★ ★
“灰色の世界”ガイア。
ジョン・ディーの手によって復活した秘密結社
薔薇十字団は、
ヴィクトリア連合王国のメトロポリスを襲撃し、その存在を世に知らしめました。
ジョンに呼応するように“薔薇十字団の理念を継ぐ者たち”が行動を始め、各地で様々な事件が起こります。
蘇ったルーシ大帝国の偉人――“雷帝”イヴァン。
狂気のサーカス『グラン・ギニョール』の座長ポリシネル。
マフィアを牛耳り、パダーニャ王国とカンパニア公国の支配を目論むドン・ナポリターノ。
かつての薔薇十字団が錬金術で生み出した人喰い魔人ソニー・ビーン。
当初は星導技術だけでは太刀打ちできない相手に苦戦を強いられましたが、
多くの世界の冒険を経てきた特異者たちによって対抗手段が見出され、
ガイアの力として応用されたことで状況は好転しました。
各地の強敵は倒され、
ジョンの同志である
ニコル・フラメル、
フェオドラ・ホーエンハイムとの戦いにも決着がつきます。
残すはジョン・ディーのみ……と、なるはずでした。
★ ★ ★
――コロンビア合衆国、首都ヨークシティ『エンパイア・スクウェア』
特異者たちは『星友会』の一員にされた異人の洗脳を解き、
「アレッサンドロ・ファミリー」のボス、
ケリー・“アレクサンダー”・ルチアーノを捕えることにも成功しました。
しかし
レディ・セイラムは旧アレクサンダー社オフィスビルの最上階から飛び降りて逃走。
……したかに見えましたが。
「メェエエエエエエ」
ビルに絡みつくように黒くて太い木の枝のようなものが伸び、その下には無数の口が蠢く不気味な肉塊がありました。
その肉塊にセブンスの構成員である魔女たちが飛び込み……おぞましい異形となって吐き出されます。
その姿は樹のようにも見えますが、四本の足が生え、胴体には巨大な口があります。
異形は口から山羊のような鳴き声を上げながらエンパイア・スクウェアに広がっていきました。
「……マズイわね。何とかしないと」
クラリス・バルサモがビルから飛び、異形へと向かっていきます。
「ウルフマン、お前はここにいろ。あれは魔物や薔薇十字団の怪物とは違う何かだ」
「舐めるなよウィル。あの怪物から街の人を逃がすくらいのことはできるさ」
ウィリアム・ヘルシングと
ウルフマンもビルを駆け下りました。
「不純物。お主、あれが何か分かるのかニャ?」
「
元々は魔女の守り手で、マナを分け与えていた『バフォメット』という黒山羊に似た幻獣。多分。
それが汚染され、さらにこの世界にない何かと混ざった……」
フェオドラが
武田 信玄の問いに答えました。
直後、何かが空から飛来し、肉塊に巨大なメイスを叩きつけました。
「やはりこの程度では効かぬか」
「貴方は確か……」
「
フリーデン。“外なる神”とその眷属……スポーンの気配を感じて参上した」
フェオドラたちがいる階まで飛翔したフリーデンが、
霞ヶ城 光祈に答えました。
「見るからに
シュブ=ニグラスと黒い仔山羊だが、俺が知るものとは雰囲気が違う。
違和感の正体が分からないのが不気味だが、倒さねば多くの犠牲が出るのは確実だ」
そう言ってフリーデンは再び突撃します。
「どうしましたタケさん?」
「……あの中からも“異物”の力を感じるニャ」
その正体を見極めようとする信玄の隣で、フェオドラがいつの間にか失ったはずの杖を手にしていました。
「あれ、さっき折れましたよね?」
「予備。ただの杖。……ないよりマシ」
折りたたみ式で白衣のポケットに入ることをフェオドラがアピールします。
「あれはわたしたちにとっても想定外。多分、あの幻獣自身も不本意なはず。
……やれる限りのことは頑張るわ」
アゾットと妖精を失ったフェオドラですが、街の人々――特に異人を救うべく戦う覚悟は決まっていました。
★ ★ ★
――メトロポリス第二層第七区、ギアーズ・ギルドメトロポリス第七支部。
工房の機械式コンピュータからけたたましいアラート音が響きました。
「ようやく探知に引っ掛かったか」
「ああ。だが、少し妙だね。
これまで痕跡を辿らせなかったというのに……まるで向こうから知らせているみたいだ」
ジェーン・モースタンと
キョウ・サワギは“神秘の輪”の力を借り、
各国の星霊機関を通じてジョン・ディーの居場所を探っていました。
ライン帝国のシュヴァルツヴァルトを最後に途絶えていたマナの反応が、今確認されたのです。
しかし、座標を確認したキョウは首を傾げました。
「場所は大西洋。海の上で止まっている。
この地図がどの程度正確かは分からないが、少なくとも座標の一帯に島はないはずだ」
「合衆国と連合王国の定期航路からも離れている。
いや、待て……ここは
“魔の海”だ」
ジェーンによれば、ガイアの大航海時代から「迷い込んだら生きて出ることはできない」と言われ、
現在も船はもちろん、空を飛ぶスカイシップも度々消失している海域とのことです。
「その手の話は私の故郷ゼストや地球にもある。
なるほど、この魔の海に薔薇十字団に関係する何かがある、というわけか」
「先史時代――
アトランティス文明の遺跡。
“表の歴史”じゃ『古代人の考えた文明の理想像』を、
胡散臭い神秘学者がさも実在したかのように吹聴したものってなってるが……」
「確かにそうだ、地球でもね。
だが、この世界には薔薇十字団もクリスチャン・ローゼンクロイツも実在した。
アトランティスも何らかの形で存在した先史文明と考えていいだろう。
問題は、我々がどうやって魔の海を突破するか、だが」
キョウはアレクサンダー社に通信を繋ぎました。
「やぁ、私だ。天下のアレクサンダー社に頼みたい仕事があってね」
『皆まで言わないでくれたまえ。既に用意はできている』
アルベルト・アレクサンダーが自信のに満ちた声で答えます。
『我々も全力を挙げて君たちを支援しよう』
★ ★ ★
――“魔の海”、海底遺跡。
「失望したよ、ディー。君は全てを理解した上で私と共にあったと思っていたのに」
「ええ、本当に残念です。私とあなたが望む世界は、最初から違っていた!」
片膝をついたジョンを、
クリスチャン・ローゼンクロイツが憐れむように見下ろしました。
彼は
サンジェルマンを糧とすることで肉体と精神を安定させ、
ディーに真意を告げるべくこの場所まで連れてきたのです。
「星霊との合一。人類は世界と融合し、永遠の生を得る。
肉体と言う名の檻から完全に解放され、世界の全てを識る完全な生命になる。
それを実現するために薔薇十字団を結成したのだよ」
「それはもはや人と呼べるものではありません。
道具に頼らずとも人類がマナに触れることで世界を肌に感じ、星の導きの下に文明を築いていく。
そのための叡智を、星の深層に至ることで得ようとしているのだと、私は信じてました」
サンジェルマンからローゼンクロイツの真意は聞かされていましたが、
ジョンは直接確かめるまでは半信半疑でした。
偉人であり厳密には本人ではないとはいえ、記憶と精神の核は同一です。
判断するにはそれだけで十分でした。
「……君では私を止められない。分かっているだろう?」
「ええ。ですが、私は今この時戦うべき相手を間違えてはいないつもりです」
特異者と決着をつけるためにも、蘇らせた以上はけじめをつけなければならない。
その上でマナを高め、自らの存在を外に知らせます。
「かつて“神々”の血を引く者たちは星の導きの下に国を築き、世界のバランスを保っていた。
当時は“潜る”ことで星の深層に触れ、星の声を聞いていた。
だが、やがて力に溺れて声を聞かなくなり、最後は星の怒りによって滅びた。
君の考え方では、やがてその繰り返しになるだけだよ。
――ウィリディタス」
ローゼンクロイツが青ざめた肌を持つ怪物を召喚し、自身は遺跡の深部へと進んでいきます。
怪物は増殖し、行く手を遮るように広がっていきました。
「……さすがは主。我々の力をより高めて使うなど造作もありませんか」
立ち上がり、ジョンは拳に力を入れました。
そこへ、
「やっほー、ジョンおにーちゃん♪」
「ニコルさん!? なぜあなたが」
特異者に敗れ、今は捕まっているはずのニコルが現れます。
「“入学試験”だよ。ギルドの一番偉い人に言われたんだー」
“本”を失った彼女に以前ほどの力はありませんが、錬成技術は健在です。
「わたしたちは『卒業要件満たしてやる』って言われましたけどね。
……失敗したら学校どころじゃありませんがっ」
「入学や卒業試験で世界救って来い、なんて凄い学校だねぇ」
わずかに震える
ノエルと、苦笑する
金田 一夫。
ジョンのマナの反応を察知し、出動した特異者たちが到着したのです。
「しかし奇妙な状況だ。ジョン某は手負い。目の前には怪物。
この状況から導き出される答えは……」
「仲間割れ、ですか。で、今は戦う意思はないと」
明智 彰子がジョンを睨みながら刀の柄を握りました。
彼は手短に説明し、怪物に向き直ります。
「……道は拓きます。なに、背中を襲ったりはしませんよ。
この戦いが終わったらちゃんと決着をつけましょう」
「まぁ、ここまで来たらもう出し惜しみしてる場合じゃないね。
彰子君、“空”の使用を許可するよ」
さらに二つの影が怪物の前に立ちました。
「セフィロトの力に似ているけど違う錬金術。向こうを知っていると実に興奮するねぇ!」
「敵は斬り伏せる。それだけだ」
椚 狂介と
水元 環です。
環は装備を一新し、ギアからTRIAL技術部謹製の機械刀になっていました。
「ようやく駆け付けることができたんだ。
アザゼル、久しぶりに楽しもうじゃないか」
ガイアを巡る薔薇十字団との最後の戦いが今、始まります。