――この世界はあまりにも歪だ。
★ ★ ★
“灰色の世界”ガイア。
「マナ・カタストロフィー」、
「大陸横断鉄道襲撃事件」、
「幽鬼事件」、
「偽アルセーヌ騒動」
……激動の世紀末を乗り越え、ガイアは新世紀を迎えました。
未だ星導技術や異人との関係、“マナとの付き合い方”に人々は大きな課題を抱えていますが、
それでも多くの者が前向きに新時代を生きていました。
しかし……そんな世界を根底から覆さんとする者たちが、新世紀の始まりと共に目覚めていたのです――。
★ ★ ★
――メトロポリス第一層第十一区。
「おい、何だ今の音は!?」
「親方ァ、人だ! 上層から人が降ってきたんだ!!」
弟子に呼ばれた工房の親方は屋根に上り、傷だらけで倒れている女性を見つけました。
「……息はある。!? この女、いやこの方は――」
メトロポリスに暮らす者で、彼女を知らぬ者はほとんどいません。
紛れもなく、
シャーロット・アドラーでした。
★ ★ ★
シャーロットの敗北。
その報せはギアーズ・ギルド総本部を震撼させました。
「至急、役員の招集を。
A級ウィザード、それもあのシャーロットを完膚なきまでに叩きのめした相手。
これはギアーズ・ギルド……いいえ、ウィザード史上最大の危機よ」
事態を重く見たギルドの総代表
シェリー・バイロンは幹部を招集し、ある決定を下しました。
「
A級の制限を緩和します。
この非常事態に、彼らを“温存”し続けるわけにはいかないわ。
それに……長い事、前線で戦えず退屈していた人も少なくないはずよ」
A級ウィザードはその能力の高さゆえに、制約がかかっています。
B級までのウィザードに対処できない状況が発生した時に限り、ギアの使用と戦闘行為が許可される、
というのが最もよく知られているものですが、それ以外にも細々とした規定が存在します。
幹部の中には渋い顔をする者もいましたが、最終的に全会一致で承認となりました。
(伯爵が懸念していた通りになったわね。でも、まさかシャーロットから潰してくるとは……)
★ ★ ★
――メトロポリス第二層第七区、ギアーズ・ギルドメトロポリス第七支部。
「シャロはどうにか一命は取り留めた。
アタシの相棒ながら、ホワイト・タワーのてっぺんから第一層まで叩き落とされてよく生きてたもんだって思うぜ。
バリツからの受け身がなきゃ間違いなく死んでいた」
『偽アルセーヌの警告。“薔薇”が目覚めた、ということか』
『警備部門の主戦力はメトロポリス支社に移しておいた。
街で異常が起こればすぐに動けるようにしてある!』
第七支部の隠された一室で、
ジェーン・モースタンは
クローデル卿、
アルベルト・アレクサンダー、
モスコヴィア連邦議会議員
アポストルと顔を合わせました。
彼らはマナによるホログラム映像で、この場にはいません。
「大体察しはついていたが、やはり君たちが“神秘の輪(ロータ・ミスティカ)”の構成メンバーか。
ワールドホライゾンの市長に代わり、挨拶させてもらうよ」
「まぁ、あたしは短い間だけど席に就いてたからねー。お久しぶり」
室内にはジェーンだけでなく、
キョウ・サワギと
エステル・リンドバーグもいました。
二人はガイアの“異変”に備え、“異世界”との折衝と、ガイアのバランスコントロールを担う秘密結社、
神秘の輪とワールドホライゾンを直接繋げるべく、行動を取っていました。
『伯爵のように直接的ではないが、我々は陰から君たちを支援してきた。
前は内部に“敵”がいたが、今はそうではない。
連邦の問題も一応の解決を見た今、もはや特異者に存在を隠す必要もなくなったからな』
これまでとは違い、「ガイアの管理者たち」からワールドホライゾンの特異者へと直接、“世界を助けてほしい”と依頼されます。
ジェーンは傷ついたマナフォンを見せました。
「シャロのこいつに、録音機能をつけておいた。アイツが何と戦ったのか、なぜ負けたのか。
その理由がここにある。ホライゾンの特異者の力が必要なワケもな」
真剣な表情のまま、ジェーンは告げます。
――今のギアだけじゃ奴らには勝てない、と。
★ ★ ★
――メトロポリス第一層第九区。
「な、なんだ、魔物か? あんな魔物見たことねぇぞ!?」
ギルドによるA級緩和が発表されるのとほぼ同時。
メトロポリスの各地に、突如未確認の魔物が大量に出現しました。
その姿は、どこか「幽鬼事件」の妖精崩れに似ています。
「コイツ、マナを吸収し……うわぁあああ!!!」
市民を助けようとしたウィザードが怪物に飲まれ、“同化”してしまいます。
肌は黒くなり、角と翼が生え、血走った目は、伝承にある「悪魔」を彷彿とさせます。
「所詮は偽物の力。だから、そうなって当然」
白衣の女が冷めた目でウィザードの成れの果てを見、命令を下します。
「ねぇ、あなたには聞こえる? 妖精の声」
「な、ななな、何を言って……」
「……その帽子の下の耳、獣人族」
男が怪物に襲われないよう路地裏に放り投げ、
女――
フェオドラ・ホーエンハイムは怪物を市街に放ちます。
「お、おおっ!? こりゃあ一体何の騒ぎだい?」
「のんびりしている場合じゃありませんよ、先生。早く避難を」
メトロポリスに滞在中だった
“名探偵”金田 一夫(かねだ かずお)と助手の
明智 彰子(あけち しょうこ)も、
この騒ぎに巻き込まれてしまいます。
二人の前に同郷の瑞穂出身と思しき、傘を携えた少女が現れました。
「早う行きなはれ。その子の“空の力”は、まだ悟られてはならんよ」
★ ★ ★
――メトロポリス第三層第二区、メトロポリス星導学校。
「学生の皆さんこーんにーちはっ♪」
警備についていたウィザードを倒し、本を抱えた少女が正門から堂々と入ってきました。
「何の御用ですか?」
使用人学生として、中庭の掃除をしていた
ノエルが警戒しつつ、少女を見遣ります。
(この雰囲気にマナの流れ。ただの女の子じゃないです)
ノエルはフレッチャー教授から与えられた任務を思い出しました。
『ここはギルドに連なる施設。シャーロットを襲ったヤツの狙いに入っているだろう。
外に“応援”は呼んである。シャーロットを倒した相手に、お前たちが勝てるとは思わん。
――“ギルドの敵”の情報を、少しでも多く集めろ。それがお前たちの今度の任務だ』
「えーっと、何だっけ? 世界の裏がどーのこーの……まぁいいや。
あたし、友達あまりいなかったから、同年代の子たちと遊びたくて。だからね」
少女が抱えていた本を開いて手をかざすと、地面から岩の杭が生え、中庭の草木が巨人となってノエルに襲い掛かります。
「あーそびーましょっ♪」
「……その力、魔術ですかっ?」
少女は指を振り、否定しました。
ノエルは攻撃を回避しつつ、正門の外から様子を窺うウィザードに目配せします。
「錬金術師
ニコル・フラメル。あたしにギアは効かないよ」
本から炎のドラゴンが飛び出し、背後から放たれたマナ弾を喰らいました。
「お嬢ちゃん、不法侵入って言葉知ってるか?」
「子供でも、悪い事をしたら罰せられるものよ」
駆け付けたのは、
ウィリアム・ヘルシングと
クラリス・バルサモです。
「お、来た来た♪ “妖精ちゃん”出番だよ」
ニコルの声で現れたのは、第一層の人々を襲っているのと同様の怪物でした。
★ ★ ★
――ヴィクトリア連合王国、メトロポリス最上層。
「聞こえますか、メトロポリスの市民の皆様」
ギルド総本部のマナ通信機に干渉し、シャーロットを倒した男は告げました。
「我々は“薔薇十字団”。
世界をあるべき姿に還し、人類を解放するために帰ってきた。
偽りの魔術師たちよ。君たちの時代は今、終焉を迎える。
まずはギアの象徴である、この街を無に還そう」
男は背後に立つ人物に気付きます。
「この世界では300年ぶり、といったところか。ディー」
「久しぶりですね、
サンジェルマン」
男の名は
ジョン・ディー。
かつてサンジェルマンが倒し“異界送り”にした、当時の薔薇十字団の幹部です。
「君が“界賊”になったのは知っていた。だが、まさかこの世界に帰って来れたとはね。
私はクリスチャン・ローゼンクロイツが蘇るものかと思ったよ」
「あの方はじきに目を覚ますでしょう。それまでに、この世界を整理するのが我ら『盟友』の役目」
サンジェルマンが空を見上げると、撃墜され、燃え盛る複数のスカイシップ。
そしてスカイシップと同等のサイズの“天使”が目に入りました。
「
アズラエル。死の天使というやつですよ。
ニコルさんの錬成、フェオドラさんの降霊、そして私の知識による合作です」
「この程度はまだ驚くことではないよ。
むしろ、頭でっかちだった君が、タイマンでこの世界最強候補の一人を倒すまでになっているとはね」
「鍛える時間は十分過ぎるほどにありました。知識を最大限に生かすには、肉体の強度も必要ですから」
サンジェルマンが杖を構えますが、
「今日のところは顔見せだけにしておきましょう。さて、今の特異者たちはどれほどでしょうか」
ジョンは帽子を目深に被り直し、姿を消します。
(錬金術、天使、悪魔……セフィロト由来と思しき力を何食わぬ顔でこの世界で使っている。
ゲートを越えて影響を与える。世界の上書き、いや、異世界の法則をねじ込んでいるのか。
そんな芸当ができるのは――)
『境界の鍵』。
鍵守の力の一部であり、持ち込まれた別世界の存在を起点に、一定範囲に異世界の法則を適用するもの。
「だが、こちらにも頼れる知り合いがいるのでね。君と同じ界賊ではあるが」
空が歪み、一隻の船――界域移動船ノーチラス号が転移してきたのを見て、サンジェルマンは笑みを浮かべました。
「来てくれると思ったよ。
グリム、
アンジェリカ」
ガイアは三千界の様々な力が特異点に強い影響を及ぼさないように受け止める、“堰”の役割を担った世界。
この世界に大きな歪みが生じれば、それは地球、ひいては三千界全体に波及しかねません。
……むしろ他の世界で何らかの兆候が表れていてもおかしくありません。
サンジェルマンはこの事をあらかじめ、ワールドホライゾンへ伝え、特異者への協力を求めました。
三千界での特異者たちの新たな戦いの幕が上がります!