人が“闇”に抗う剣と魔法の世界
ローランド。
大陸全土を巻き込んだ魔族との大戦「魔王祭」から500年。
その長きに渡り、北部地方の大国
レガリス王国は、魔障壁を越えてくる魔族から人々を守ってきました。
しかしその守護は、“魔王”ヴェイロン率いる魔界の軍勢によって崩壊しました。
首都ルクサスは陥落し、魔族に支配されてしまいます。
レガリスの諸侯らは『王都奪還』を掲げて戦力を結集。
ヴェイロン軍との本格的な戦争へと突入しました。
しかし――。
■ □ ■
――城塞都市アーデン。
「
テュリンが落ちる、だと? 騎士団は何をやっておるのだ。使えぬ奴らめ!」
領主の
アーデン侯が伝令からの報告を受け、吐き捨てました。
「落ち着きなされ、アーデン侯。騎士たちは皆レガリスのため、勇敢に戦っている。
こうして円卓を囲っている我々とは違ってな。
……できることなら、私も今すぐ彼らの元へ向かいたいくらいだ」
ウェストリア辺境伯ティーゼルはアーデン侯を窘めました。
小太りで戦いとは無縁そうなアーデン侯とは違い、
ティーゼルは剣の名手として名高く、初老に差し掛かった現在も鍛え上げられた肉体を維持しており、
今なおその実力は健在です。
「貴公の腕前は我々の誰もが知るところ。
ですが、貴公が死ねばデルクやグラン・グリフォンに隙を与えることになります。
このような状況だからこそ、国境を預かる貴公には慎重になって頂きたい、ティーゼル将軍」
諸侯たちは一様に渋い顔をしていました。
魔王軍に押されつつある状況を苦く思っているのは共通ですが、それ以上に、
(……いかんな。なまじ腕がある分、警戒されている。
救国の手柄を独占したいと思っているのは貴様たちの方だろう)
魔王軍を倒し、自らが途絶えた王家に代わり――この国の支配者となる。
権力欲が壁となり、レガリス六大貴族全員が協力するのは絶望的でした。
「ですが、テュリン砦はアーデン領の要所。
完全に落とされれば遠からず魔王軍はここ、アーデンに到達するでしょう。
早急に手を打たねばならない状況ですが、アーデン侯のお考えはいかがですか?」
「ふん、ちょうどいい者たちがいるではないか。我々は王国騎士団を温存する必要がある。
ならば、答えは一つ」
「冒険者、ですか。ですが、国の一大事を託すなど……」
「いや、国の一大事だからこそ、だ」
ティーゼルは諸侯を強く睨みました。
「レガリスを興したのは十英雄が一人、剣聖ルクス。彼は特定の国に属さない、流浪の剣士だったという。
我々の祖先は彼と共に戦い、魔王を打ち倒した者たちだ。
今の我々の地位は冒険者ありきだということを忘れてはならぬぞ」
その言葉は、冒険者を使い捨ての道具のように見ているアーデン侯を牽制するものでもありました。
「分かっておるわそんなことは。ワシの領地で働いてもらうのだ。報酬もアーデン領から出すとしよう。
働き次第では、特別報酬も出さねばな。かっかっか!」
(相変わらず下衆な男だ。だが……冒険者を見くびると、後悔することになるぞ)
ティーゼルは密かに、
“盟友”である黄金等級の冒険者に声を掛け、テュリン奪還戦に向かわせました。
■ □ ■
――テュリン近郊、シル村。
「えー、あ、はい。そんなわけでテュリンのアーデン騎士団の救援が皆さんへの依頼、です。
あ、申し遅れました。自分、教会のクレリックで
キキと言います」
案内役であるキキは酒場の中で、依頼を受けて集まった冒険者たちを見遣りました。
「普段教会の者は依頼に同行しない決まりなのですが、今回は支援役として皆さんのお手伝いをします、です。
現在分かっている状況をお伝えしますと――」
キキは淡々と事前調査報告を読み上げていきます。
・テュリンは魔族に包囲されており、騎士団が砦に籠城し抵抗を続けている。
・抵抗できているのは砦に大戦期の兵器があるためであり、それを失えば敗北必至。
・魔王軍の幹部が直々に主力を引き連れ、攻城のためテュリンに向かっている。
「
四魔将。ヴェイロン直属の四人の幹部です。その一人がテュリンを目指して動き始めた、です。
その部下も精鋭ぞろい。合流されたらひとたまりもない、です」
「つまり砦を包囲している魔族を殲滅し、態勢を立て直すまで幹部の部隊を足止めすればいい、ということだね?
幹部、四魔将。実に心が躍る!」
全身を金色の装備で固めた男が大げさに声を張りました。
「お、おいあの金ピカってまさか……」
「ああ、知ってるぞ。
金色(こんじき)のゴールディ。黄金等級の冒険者だ」
「いかにも。この僕がゴールディだ! 冒険者諸君、幹部たちは僕が引き受けよう!」
見た目そのままの二つ名を与えられたゴールディですが、過去に単身巨獣を屠り、
魔界の剣豪“魔剣鬼”をウェストリア辺境伯と共に打ち倒した伝説の持ち主です。
「ああ、キキ君といったか。時間稼ぎはいいが、別に四魔将を討ちとっても構わないかい?」
「……できるものならお好きに、です。まぁ、黄金等級ですし好きにすればいいと思います、です」
(転生者の気配はしませんし、まぁ死んだらその時はその時です。がんばれー)
キキはゴールディから目をそらしました。
「一つ、忘れてました、です。ここはテュリンに近いので、
この村も魔物や魔族に狙われる可能性があります。
ただの小さな村なので優先順位は低いでしょうが、何人か残って頂けると助かります、です」
■ □ ■
「随分手こずっているようだな」
「はい、
ミダス様。思わぬものを隠し持っていたようで」
筋骨隆々の肉体を持つ牛頭の巨漢が、部下の女魔人を見下ろしました。
「ですがミダス様の力をもってすれば、兵器はおろか砦の破壊も容易いでしょう」
「だが、ただ叩き潰すだけでは張り合いがない。少しは歯ごたえのある相手が欲しいものだ」
ヴェイロン四魔将のミダスは、ヴェイロンの使い魔であるゲイザーを目に留めた。
「俺が興味を持てる者はすなわち、俺よりも強いヴェイロン様の気も引くということだ」
「ミダス様、マダ着カネェンデスカ? 腹減リヤシタゼ」
「メシモイイガ、少シ“ウンドウ”シテェナ」
「まったく辛抱ないわねぇ」
手下の下級魔族が騒ぎ出したのを見て、魔人は嘆息しました。
「
ネラ、その者たちはお前に任せる。少し欠けたところで、最終的に俺さえいれば済む話だ」
「はっ。ご武運を」
レガリス王国を取り戻す“英雄”になるための大きな戦いが、今幕を開けます――。